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4章
9.花束と資料
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「あ、来たよ」
「どこぉ?」
「ほらあの馬車」
まだ少し離れているが、ジゼルが見つけられるほどの距離だ。たーちゃんだって見えるはず。そう思ったのだが、たーちゃんの表情は曇るばかり。
「まえとちがう」
「え? 同じデザインだよ?」
「ちがうよぉ。ぜんぜんちがう」
ジゼルの目には以前と同じにしか見えない。だがたーちゃんがあんな立派な馬車を見間違えるとも思えない。
どういうことだろう。
疑問に思っていると、ドランが答えを教えてくれた。
「変身魔法で偽造してるのか」
「でも何でそんなことする必要が……」
「上位貴族が個人的にジゼルに依頼することで、ランプ好きの王家に睨まれないように、とか?」
「王家はそんな小さなこと気にするほど暇じゃないと思う。でもわざわざ変身魔法を使うなんて、何か事情はありそう」
たーちゃんの言葉を借りるなら、いや~な感じである。浮上した心が再び重くなる。
同時にドランの警戒も強くなっていく。ジゼルも頬に少しだけピリッとしたものを感じた。だが怖いとは思わない。
ドランが自分に敵意を示すことはないと断言できるから。なにより警戒すると同時にスッと抱かれた腰に意識が持っていかれてそれどころではない。
「どらんよんでよかったねぇ」
たーちゃんはジゼルの気持ちを知ってか知らずか、のんびりと呟く。
三人でそのまま待ち続ける。
ジゼルが見つけた馬車はやはり宿屋の前に泊まり、前回と同じ男性が降りてきた。なぜか花束を持っている。
手紙に書かれた通り、今回妹はいないようだ。そこにまずホッとする。
「少し遅れてすまない。行きがけに馬車の中に隠れる妹を見つけてな……」
「お気になさらず。どうぞこちらへ」
「ああ」
客間に通し、お茶を用意する。
ジゼルが少し外に出ている間、たーちゃんとドランは机を挟んで向こう側の男を睨みつけている。態度はよろしくないが、追い返さなかっただけマシだろう。
「お待たせしました。よろしければお茶を」
「ありがとう。私からもこれを君に。受け取ってほしい」
どうやらジゼルへの贈り物だったようだ。
花束を差し出されたことで、部屋が一気に冷え込んだ。隣に腰掛けるドランとたーちゃんの機嫌が急降下しているのもヒシヒシと感じる。
「まだ二回しか会ってないのに赤薔薇を渡すなんて、一体どういうつもりだ?」
「たーちゃんしってるぅ。けーはくおとこぉっていうんだよ」
「二人とも、これ、赤薔薇じゃないよ。薔薇の香りが全くしない。多分ニセバラじゃないかな」
「ニセバラ?」
「薔薇によく似た植物で、脱色してから着色をしたものをインテリアとして飾るのが一般的だけど、染料としても使えるんだ」
「さすがはジゼルだ。是非この花を君の錬金術に役立ててもらいたい」
「なんだ、紛らわしい」
「ねぇ。たーちゃんすきじゃないなぁ」
相変わらず敵意剥き出したが、相手はまるで気にしない。それどころか笑みを深めていく。
「もちろんジゼルが望むのなら、薔薇園ごとプレゼントするがな」
「手入れが大変そうなのでお断りします」
「手入れくらい庭師を手配する」
「必要ありません」
「つれないな……。まぁいい。今日ここに来たのはランプ作りについて再検討してもらいたいからだ」
「その件については」
「待ってくれ。俺に話させてほしい。資料を作ってきたんだ」
「し、資料?」
男の合図でジゼル達の目の前にはクリップで止められた紙の束が置かれる。ジゼルはもちろん、たーちゃんとドランにも一人ひと束ずつ用意されている。
男は資料が行き渡ったのを確認するように大きく頷く。
そして資料に沿ってジゼルがランプ作りにシフトした際のメリットをツラツラと挙げ始めた。
こんなに分厚い書類を渡されたのなんて、姫様のランプ制作依頼ぶりだ。
項目ごとに分かれており、前から順に読んでいけばいいので見やすいのだが、書かれていることが専門的すぎる。
経済のことを言われてもジゼルはおろか、ドランとたーちゃんにもちんぷんかんぷんだ。それに長々としていて、眠くなる。
たーちゃんなんて大きな欠伸を隠そうともしない。まるで興味のない演説を聞いている気分だ。
説明が終わるまで、ゆうに四半刻は経過していた。長い。長すぎる。
全く出てくる様子がないのを訝しんだ女将さんが途中、小窓から覗いていた。そしてお茶がほとんど減ってないのを確認して去っていった。ジゼルもそれが正解だと思う。
妹さえいなければもう少し話しやすくなると思ったのが間違いだった。別方向に面倒臭さが加速している。
「どこぉ?」
「ほらあの馬車」
まだ少し離れているが、ジゼルが見つけられるほどの距離だ。たーちゃんだって見えるはず。そう思ったのだが、たーちゃんの表情は曇るばかり。
「まえとちがう」
「え? 同じデザインだよ?」
「ちがうよぉ。ぜんぜんちがう」
ジゼルの目には以前と同じにしか見えない。だがたーちゃんがあんな立派な馬車を見間違えるとも思えない。
どういうことだろう。
疑問に思っていると、ドランが答えを教えてくれた。
「変身魔法で偽造してるのか」
「でも何でそんなことする必要が……」
「上位貴族が個人的にジゼルに依頼することで、ランプ好きの王家に睨まれないように、とか?」
「王家はそんな小さなこと気にするほど暇じゃないと思う。でもわざわざ変身魔法を使うなんて、何か事情はありそう」
たーちゃんの言葉を借りるなら、いや~な感じである。浮上した心が再び重くなる。
同時にドランの警戒も強くなっていく。ジゼルも頬に少しだけピリッとしたものを感じた。だが怖いとは思わない。
ドランが自分に敵意を示すことはないと断言できるから。なにより警戒すると同時にスッと抱かれた腰に意識が持っていかれてそれどころではない。
「どらんよんでよかったねぇ」
たーちゃんはジゼルの気持ちを知ってか知らずか、のんびりと呟く。
三人でそのまま待ち続ける。
ジゼルが見つけた馬車はやはり宿屋の前に泊まり、前回と同じ男性が降りてきた。なぜか花束を持っている。
手紙に書かれた通り、今回妹はいないようだ。そこにまずホッとする。
「少し遅れてすまない。行きがけに馬車の中に隠れる妹を見つけてな……」
「お気になさらず。どうぞこちらへ」
「ああ」
客間に通し、お茶を用意する。
ジゼルが少し外に出ている間、たーちゃんとドランは机を挟んで向こう側の男を睨みつけている。態度はよろしくないが、追い返さなかっただけマシだろう。
「お待たせしました。よろしければお茶を」
「ありがとう。私からもこれを君に。受け取ってほしい」
どうやらジゼルへの贈り物だったようだ。
花束を差し出されたことで、部屋が一気に冷え込んだ。隣に腰掛けるドランとたーちゃんの機嫌が急降下しているのもヒシヒシと感じる。
「まだ二回しか会ってないのに赤薔薇を渡すなんて、一体どういうつもりだ?」
「たーちゃんしってるぅ。けーはくおとこぉっていうんだよ」
「二人とも、これ、赤薔薇じゃないよ。薔薇の香りが全くしない。多分ニセバラじゃないかな」
「ニセバラ?」
「薔薇によく似た植物で、脱色してから着色をしたものをインテリアとして飾るのが一般的だけど、染料としても使えるんだ」
「さすがはジゼルだ。是非この花を君の錬金術に役立ててもらいたい」
「なんだ、紛らわしい」
「ねぇ。たーちゃんすきじゃないなぁ」
相変わらず敵意剥き出したが、相手はまるで気にしない。それどころか笑みを深めていく。
「もちろんジゼルが望むのなら、薔薇園ごとプレゼントするがな」
「手入れが大変そうなのでお断りします」
「手入れくらい庭師を手配する」
「必要ありません」
「つれないな……。まぁいい。今日ここに来たのはランプ作りについて再検討してもらいたいからだ」
「その件については」
「待ってくれ。俺に話させてほしい。資料を作ってきたんだ」
「し、資料?」
男の合図でジゼル達の目の前にはクリップで止められた紙の束が置かれる。ジゼルはもちろん、たーちゃんとドランにも一人ひと束ずつ用意されている。
男は資料が行き渡ったのを確認するように大きく頷く。
そして資料に沿ってジゼルがランプ作りにシフトした際のメリットをツラツラと挙げ始めた。
こんなに分厚い書類を渡されたのなんて、姫様のランプ制作依頼ぶりだ。
項目ごとに分かれており、前から順に読んでいけばいいので見やすいのだが、書かれていることが専門的すぎる。
経済のことを言われてもジゼルはおろか、ドランとたーちゃんにもちんぷんかんぷんだ。それに長々としていて、眠くなる。
たーちゃんなんて大きな欠伸を隠そうともしない。まるで興味のない演説を聞いている気分だ。
説明が終わるまで、ゆうに四半刻は経過していた。長い。長すぎる。
全く出てくる様子がないのを訝しんだ女将さんが途中、小窓から覗いていた。そしてお茶がほとんど減ってないのを確認して去っていった。ジゼルもそれが正解だと思う。
妹さえいなければもう少し話しやすくなると思ったのが間違いだった。別方向に面倒臭さが加速している。
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