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第13話 これから (リュート視点)

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  こうして私は子爵家から、強引にティアナを連れ出す事になった。
  ティアナは、自室にほとんど私物を持っていなかった。……ティアナの受けていた仕打ちにますます心が痛む。
  それでも、彼女の中で大事にしている物もあったかもしれないので全て公爵邸に持ち込ませる事にした。





「ティアナ、今日から一緒に我が家で暮らそう?」
「…………」

  ベッドに腰掛けている彼女の前にしゃがみ込み、目線を合わせ両手を握ってそう伝えるも反応は無い。

「もうこんな思いを二度とさせない。この先、ずっと私が君を守るから」
「…………」

  彼女の頬にそっと触れる。
  以前、腫れていた箇所だ。
  あの時の事を思い出すと見ているだけで怒りが湧いてくる。

  ティアナに残っている傷跡から、暴力をふるわれたのは最近だけだ。
  ……自分の求婚が関係しているのかもしれない……
  守りたかったのに、自分のせいで悪化したのではないか?
  そう思うと、やるせなくなる。


「……私にはもう告げる資格など無いかもしれないが……君が好きだよ、ティアナ」
「…………」

  ピクッ

  彼女の肩が微かに震えた。
  これはどういう意味を表す反応か……

「…………拒否だったら立ち直れないな」

  私は苦笑しながらも、着々と準備を進めた。


  移動の際、ティアナは拒否反応を示す事なく静かに馬車へと乗り込んだ。

  倒れた際に身体を打ちつけたと聞いたし、あまり身体を動かしていないはずだから、足腰が弱っているのではないか?
  本気で人攫いみたいになるが、抱えていく方が良いのだろうか?
  と、心配したが問題は無いはずだと子爵家の使用人は言った。

  今のティアナは、人や物事に対してほとんど反応を示さない。
  基本はベッドの上でぼんやりしているが、 (殆ど口にしないそうだが)食事をとったり、読書をしたりと、家での過ごし方は以前と大きく変化は無い。
  怪我が癒えたら、散歩程度で構わないから徐々に身体を動かさせるよう医師に言われており、義母達の目がないところで時々散歩もさせていたので問題なく動けるはずだ。

  ……と。

  しかも、今までも屋敷では義母と義妹に当たられてる時以外は、殆ど喋る事が無かったので、使用人からすると今の状態がそんなに以前とは違うと感じないそうだ。

  ……以前と変わらない?  どこがだ。コイツらは何を見て来たんだ?  
  この家の人間達のティアナに対する扱いは想像以上に酷かった。
  
「こんな家で何年も……」

  子爵家の使用人達にも言いたい事はあるが、逆らえなかった彼らの気持ちも分からなくもないので私からは何も言えない。
  それに、この状態のティアナの面倒を見ていた人間がいる事も事実だ。
  そのためか、見送りの際に使用人の中の数人が、そっと溢していた涙は確かにティアナを想ってのものだった。

  (一応、ティアナの身を案じてた人間もいたんだな……だが今更だ。ここには二度と返さない)


  義母と義妹はそんな様子を終始、憎々し気に見ていた。
  口こそは出してこなかったが、これで終わるとは私自身も思っていない。
  本音はさっさと始末してしまいたいのだが。



  公爵家の使用人は、リーバスのように噂を真に受けてティアナに対して不信感を抱いていた者達は全員解雇し、紹介状を書くことも無く放り出した。
  紹介状も無しに公爵家から放り出された彼らは今後まともな職にはつけないだろう。

  ティアナが勉強で通っていた際に、親しくなっていた者達を正式にティアナ付きとする事にもした。
  彼ら、彼女らはティアナのあの噂を聞いても、
「ティアナ様はそんな事をする方には見えません!!  何かの間違いです!」
  と、ずっと主張していたそうだ。
  料理人は、「また、太らせましょう!!」と意気込みどこか嬉しそうだった。
 

  ──ティアナ。君は気付いていなかったかもしれないが、ちゃんとティアナの事を知って君を好きだと思う人間は私以外にもいるんだよ。
  決して独りじゃないのだと、早く教えてあげたい。


  まだ、婚約者という立場でしかないティアナを無理やり公爵家に連れて来た事はしばらくすれば明るみに出るだろう。
  そうでなくても、ユレグナー家は子爵家だ。
  無理やり押さえ込んできたが、求婚までの根回しに身分差の反発が無かった訳では無い。
  ……今後は、ティアナの公爵夫人としての資質に関してもあちこちから言われる事になるはずだ。

  それでも、私はティアナが欲しかった。
  初めて出会った3年前……
  そう、彼女の社交界デビューの夜会。
  あの日、周りに何を言われてもどんな嘲笑を受けていても真っ直ぐ前を見ていた少女。

  あの真っ直ぐな瞳が忘れられなかった。その中に自分を映して欲しい……そう思った。


  それが、始まりだった。


  一方的に彼女を見初めて、自分の妻にしたいと望んだ。
  今、思えば単純な一目惚れだったのだろう。
  昔から女性に嫌気がさしていた自分にこんな感情が生まれた事にひたすら驚いた。

  だが、それには問題しかなかった。
  立ちはだかる身分差の壁。
  デビューの日以降、一向に表舞台に現れない彼女。
  そもそも、あのデビューの日の様子……

  数々の根回しを終えて、求婚できる状態になるまで3年もかかってしまった。

  ようやく手筈が整い、子爵家に向かい──何故か化け物のような化粧をした義妹が出てきたが──ティアナへの求婚。

  ……動揺していた彼女は可愛かった。
  どこか大きく勘違いしてしまったが、とりあえず頷いてくれた求婚。

  私の贈ったドレスで着飾ったティアナは本当に可愛かった。
  ……何故か自分の魅力を分かっていなかったが。

  一生懸命、勉強する姿。

  何もかもが愛しすぎて可愛いくて仕方ない。

  


「ティアナ、好きだよ」

  馬車に揺られながら、相変わらず光を感じない瞳のまま窓の外をぼんやり眺めているティアナにそう囁いた。

  ティアナはピクリと反応を示し私の方に顔を向けたけど、表情も変わらず何か言葉を発する様子は無かった。

  子爵家の使用人達は、声をかけても反応を示さないと言っていたが、ティアナは私の言葉には少しだけ反応を示している気がする。それが良い意味か悪い意味かは分からないが。

  
  ──だけど、きっと私の言葉は届いてる。


  今は無理でもまたあの瞳に自分を映してくれる日が来るまで、私は決して諦めない。

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