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「──ジャスパーが修道院で、刃傷沙汰に及んだそうだな」

 ランゲ公爵の問いに、シュルツ伯爵が、はい、と答える。ルイスは隣に座るマリーの服の袖を軽く引っ張った。

「にんじょうざたってなんですか?」

 マリーは「……ナイフなどで人を傷付ることよ」と、哀しそうに笑った。ルイスがひゅっと息を呑んだ。

 シュルツ伯爵は、長いため息をついた。

「これからの一生を、あいつは修道院の地下牢で送ることでしょう……こう言っては何ですが、少しほっとしています。あいつは世に放ってはいけない人間だったことが、これで誰もが認識したでしょうから」

「修道院に入ったばかりのころは、違っていたようだからな」

「ええ。聞いたところによると、博識で、誰にでも優しく、笑顔で接していたようですが……誰にも八つ当たり出来ずに、精神が限界を迎えたのでしょう」

「あいつの演技も、もって三ヶ月だったわけか」

「そのようです。大人しくしていれば、修道院から出られるとでも目論んでいたのかもしれませんが……あいつは頭がいいのか悪いのか、私にもよくわかりません」

 ランゲ公爵とシュルツ伯爵の会話を黙って聞いていたマリーが、重い口を開いた。

「……ジャスパーに傷付けられた人は、大丈夫だったのですか?」

「傷は大したことなかったようですが……ショックが大きいらしく」

「そうですか……誰でもそんな経験をすれば、怖いですものね」

「それもあるのかもしれませんが……その、女人禁制の修道院で暮らしていて、どこでどう知り合ったのかはまだ不明なのですが……被害者は何度か密会していた年上の女性だったそうです。当然ジャスパーに好意を持っていたはずでしょうから、その分、ショックは大きいのではないかと」

 言いにくそうに語るシュルツ伯爵。ランゲ公爵とマリーは、そろって顔を青ざめさせた。

「──恐ろしいことだ。地下牢に監禁されて、本当に良かったな」

「はい。わたしのような目になんて、もう誰にも合ってもらいたくないですから」

 マリーは首飾りを握った。どうしてよりにもよって、戻った日が婚約が成立した日だったのか。恨めしく思ったときもあったが、もしあの日より前に戻っていたら、自分は果たして、同じように動けていただろうか。そんなことをふと考えるときがある。

 嫌悪と恐怖の対象となってしまったジャスパーの本性を暴こうと思ったきっかけは、婚約破棄により請求されるであろう慰謝料を決して渡したくないとの強い決意からだったから。

 今ならはっきりと言える。戻れたのが婚約成立の日で良かったのだと。だからこそ、ルイスたちを救うことが出来た。マリーは心から、見えない何かに感謝した。

「マ、マリー嬢。もしや、ジャスパーはあなたを身体的にも傷付けたりしていたのでしょうか?」

 震える声音に顔をあげれば、シュルツ伯爵の顔からさあっと血の気が引いていた。

「──いいえ。大丈夫です。今回は、ですが」

 シュルツ伯爵とルイスは、キョトンとした。

「……ええと。意味がよく」

 ふふ。
 マリーは「ルイス。シュルツ伯爵。どうかわたしのお話しを、聞いてください」と小さく笑った。

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