小さな恋とシロツメクサ

能登原あめ

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25   side ミア

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* 後半に残酷表現があります。(※印以降)
 ミアのざまぁはもう十分、という方はこのままバックしてデーヴィド視点をお待ちくださいませ。
  








******



 小さい頃から母に贔屓されてるのは感じてた。
 それは私がかわいいからだってずっと信じていた。
 我がまま言ってもたいてい許してくれるし、父に内緒で色々買ってくれたのも母だった。

 父は子どものほうを見ない。
 いつも黙々と仕事をしている。
 そう、思っていたけど、ごくたまにエラやデーヴィドのことは優しく見つめていた。
 私を見ることはないのに。
 二人とも父と同じ髪色と瞳だし、似てるけど、母似の私は好きじゃないのかも。
 あんまり夫婦仲もよくないから。

 だから。私をかわいい、綺麗という男と一緒にいると満たされた。
 オーブリーはエラを可愛がっているけど、結婚するのは私。

 あんな子どものエラが恋しそうにオーブリーを見ているから優越感に浸った。
 特別好きではないけど、村一番の金持ちだし、見た目もまあまあいいから一緒に連れ歩くと周りの羨ましそうな視線を集めてますますいい気分になる。

 小さい頃からの許嫁とはいえ、結婚するまでは遊びたかったから、十六になる前に男を知った。
 あの瞬間は、わたしが男を支配している気分になれて、楽しくて満たされる。

 特に知らない男と寝るのはこっちも自由に振る舞えて気持ちよかった。
 ただ、結婚前に妊娠するとは思わなかったけど。

 慌てて、オーブリーの部屋に行って抱いてもらう必要があったから、疲れていて眠りにつこうとした彼を強引に誘ってなんとかコトを成し遂げた。

 これまでエラに証拠隠滅させていたから、オーブリーに告げ口されないためにも頭を捻って、ソフィアおばさんの元へ追いやることを思いついたし、それもあっさりうまくいった。

 だけど、まさか、あんな子が産まれるなんて。

 
 父に育てる気のない赤ん坊とともに山奥の村はずれにある小さな家に連れてこられた。
 そこには母ちゃんの母親……私の祖母が一人で住んでいた。
 祖父は数年前に亡くなったらしい。

「しばらく二人の面倒をみてほしい。落ち着いたらあいつもここに来るので詳しくはその時に聞いてください」

 私のことは一度も見ないまま、お金を置いて父は帰った。

 母とよく似たばあちゃんは大きくため息をついた。

「今はひとつだけ訊くけど。未婚?」
「違うわよ」
「……そう」

 嫌々赤ん坊の面倒をみながらのつましい生活はつまらない。
 私は赤ん坊に名前もつけなかったから、祖母が息子と言う意味のルーベンと名付けた。

 産後すぐに山奥に連れてこられたからか、身体が回復するのに時間がかかった。
 ふにゃふにゃした赤ん坊が、丸々としてきた頃に母がやってきた。
 
 私は赤ん坊を預けて、時々郵便配達員に近づいた。
 なんとかこの場所から逃げたいと思っていたから。
 早く金を持っている男をみつけないと。
 次は間違えないんだから。

「血は争えないねぇ。……あんたらはよく似てるよ」

 ある日ぽつりと祖母が言った。

「なんのこと?」
「あんたは父親のこと聞いてるのかい? 本当に目も髪も父親似だねぇ」

 父は淡い金髪だけど、私の髪は赤みがかった金髪で、母の髪は赤い。
 私は両方の髪を受け継いだと思っていた。

「あんたは不義の子だよ……ルーベンもだろう?」

 祖母の話では、母は男遊びが激しく、見かねた祖父が真面目な弟子の父と結婚させたと言う。
 それも、無理やり恋人と別れさせて。
 それなのになぜか生まれたのは弟弟子にそっくりな私だったという。

 その時には父の元恋人も他の人と結婚していたから、祖父は責任を感じて仕事を譲り渡して隠居。
 弟弟子は私が産まれた日に消えてしまったから、そのまま結婚を継続したらしい。
 ただ、さすがにその村に住み続けることが出来なくなって新しい土地に移った、あの村に。

 きっと夫婦はやり直そうとして二人も子どもを作ったのかもね。
 それがうまくいったとは思えないけど。

「私がこんな山奥に住んだきっかけはお前の母親のせいだけど、孫も同じことをするとはねぇ……」
 
 私が彼から愛されない理由はわかった。
 でも、私のせいじゃない。
 



 
 しばらくして私は家を出た。
 母と祖母が赤ん坊を可愛がっていたし、赤ん坊も私より二人に懐いていたから。
 私が抱っこする時だけ泣くなんて小さくても腹立つ男だ。

 やっぱり大人の男がいい。
 金を持っている男は、すぐわかる。
 それに私は若くてきれいだから、男なんて思いのまま。
 そんな風にしながら、二十三歳になる頃に出会ったのが、商人のジルだ。

 他国で商会の会頭をしているという彼は船で買いつけに来ていたらしい。
 私も船に乗せてもらい、新しい街で素敵なドレスに靴に宝飾品を買ってもらい、見たことのない世界で新しい経験をたくさんさせてもらった。
 私より十歳ほど年上だから穏やかで優しく、たいていのわがままも怒らずきいてくれた。

 二年はうまくいっていたけど、ある日私はうっかり商談を聞いてしまった。
 小さな子どもたちを性奴隷にして売買する話を。
 犯罪に巻き込まれるのは無理。

 この男とはそろそろ終わりと思って表面上は取り繕いつつ、次の男を物色していたのを気づかれたのか、ある日私に取引先の客と一晩過ごしてほしいと言ってきた。
 穏やかな顔で。

 私の好みとは対極にいる、しかも嗜虐的な男相手に頷くことができなかった。
 その晩は泣き落としで一日待ってもらうことにして私は隙を見て逃げ出した。

 そこがたまたま、エラたちのいる港町だったから、匿ってもらおうと思ったのに、デーヴィドもいるし、オーブリーまで出てきた。
 しかも出航間近のジルを連れて。
 エラにソフィア叔母さんに言わないように言ったけど、それより誰か探しにきても内緒にしてって言うべきだったんだ。

 オーブリーはエラと結婚すると幸せそうに言う。
 昔は少年らしさの残る細身だったのに、今は筋肉もついて歳を重ねて色気のあるいい男になっていた。

 頬の傷だって私がつけたのに。
 私のものだったのに。
 エラを見つめる目は愛おしそうで幸せそうで、あんな目で私は見られたことがない。

 悔しい。
 思わず、悪態をついた私に、ジルが薔薇の花束を持たせた。
 強く握らされて棘が私の手のひらにくい込む。
 
 私はどこで間違えたんだろう。











 馬車が走る中、足枷をつけられる。
 ジルの穏やかすぎる声が私を震わせた。

「ミア……わかってるね? 戻ったらきれいな洋服を着せてあげよう。君に会わせてあげたい人が何人もいるんだ。いい子にしていれば、みんな優しいはずだよ。……わかるよね?」







 初めて入ったジルの部屋で、私はうつ伏せに倒れ込んだ。
 がっちりとした体躯の男が身体を押さえつける。
 振り向いた私が見たのはジルの穏やかな笑みとー。

「ヒッ……!」

 彼は優しく私の髪をかきあげてから、頭を押さえつける。

「いい子にしていて」

 うなじに焼きごてをあてられて、あまりの衝撃に声も出ない。
 肉の焼ける臭いが鼻につく。
 薄れていく意識の中で、ジルが囁いた。

「さあ、ミア。お楽しみの時間まで、ゆっくりおやすみ」



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