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27 訪問客
しおりを挟むデーヴィドが旅立つ頃、トム父さんが短時間だけどカウンターに立つようになった。
適量の薬は父さんの回復を促したのだと思う。
「エラがもっとのんびりできるくらい、父さんは元気になるからね」
父さんの笑顔は気持ちが明るくなる。
だから、カウンターに立つと馴染みのお客さんもただいまって言っちゃうくらいに。
「いらっしゃいませ。……お二人ですか?」
私が休憩に入ろうとしたその時、父さんがお客さんを迎え入れた。
私のいらっしゃいませ、と言う言葉尻が小さくなったのはオーブリーの両親が立っていたから。
「エラちゃん?」
「……ご無沙汰してます、あの……ご挨拶に伺わなくてすみません、あの……」
内心パニックになった私に、父さんが肩を叩いて落ち着かせてくれた。
「この宿の主人をしているトムと申します。よろしければ中へどうぞ」
「ありがとうございます。息子のオーブリーがお世話になっています」
誰もいない食堂に案内しながら、私は戸惑っていた。
「エラちゃん、もういいのよ。……私は初めからこうした方がいいと思っていたもの」
オーブリーの母さんが笑顔でそう言うから。
小さな村だから、元々お互い知り合いだけど、私は不貞を働いたミアの妹で、今はオーブリーの妻で。
嫌な顔一つ見せない二人に、本当に言葉通り受け取っていいのか私はわからなくなる。
「……あの……色々と、ご迷惑かけて、すみません……」
「あなたはあの時、まだ子どもでしょ? しかも一人家を出されたじゃない……。悪いのは見る目のない男たちね」
オーブリーの父さんが居心地悪そうにしている。
ミアが上手に隠して逢引していたのかもしれないし、彼は昔から尊敬されているから往診の時も村人が気遣ってミアの噂を耳に入れないようにしていたのかもしれない……なんとなくそう思った。
「あ、来たわね」
今日は休みのオーブリーと一緒にランチの約束をしていたから、戻らない私を迎えに来てくれたみたい。
「久しぶり。俺の妻をいじめないでくれよ」
「あら、やだ。数年ぶりに会う親にいたわりの言葉もないの?」
ふぅっと息を吐いて、オーブリーが両親を順番に抱きしめた。
「ここまで来てくれてありがとう。変わりない? 俺の大切な妻、エラだ。……二人こそ、お祝いの言葉をもらってないけど?」
オーブリーが笑いながら私の隣に立って肩を抱き寄せる。
「おめでとう。結婚式には間に合わずすまなかった。これから二人、力を合わせてがんばりなさい」
「おめでとう、エラちゃん。さっきも言ったけど、気にしなくていいから。息子をよろしくね……オーブリー、私が言った通りじゃない。あの時、ちゃんとよく考えないから、遠回りするのよ」
何かを言いたくて言いたくてうずうずした様子を見せるオーブリーの両親と、一緒に食事をとりに出かけた。
「オーブリーが十四、五歳の頃にシロツメクサの花冠の作り方を知りたいって言ってね。エラちゃんにあげるって言うから……私は彼女が大人になるまで待ったらって言ったの」
「……それはおぼえてないな」
私はまだその頃七、八歳だから、オーブリーもそんなこと考えられなかったと思う。
「……結婚前にちゃんと考えろって言われたのは覚えているが」
「そう、何度か忠告したのにね。……まぁ、いいわ。二人の幸せそうな様子を見たら、安心したわ」
オーブリーが優しい顔で私を見つめる。
恥ずかしくなった私が視線を下げると、オーブリーの父さんが咳払いをしてグラスを掲げるから、みんなで乾杯することになった。
二人は数日宿屋の特別室に泊まって観光をしてから帰ることになり、私とオーブリーは帰る前に一度夕食をとることを約束して別れた。
「二人とも優しいね……」
「エラが優しくて綺麗で素直でかわいいんだから、当たり前だろ」
首を傾げる私にオーブリーが口づけを落とす。
「オーブリー、ほめ過ぎ。……恥ずかしい……」
「まだ慣れない?」
「慣れないよ……」
熱っぽい瞳に見つめられて、私は顔が赤くなる。
「……愛してる」
「私も……愛してる」
海豚亭で過ごした五日間は、気持ちもふわふわしていたけど、足元もふわふわしてほとんど床に足をついた記憶がない。
ずっと抱っこされていたから。
オーブリーに、恥ずかしさはなくなるって言われたけど……普段人目にさらさないところをじっと見られたり、理性が残っている時にあられもない姿勢をとらされるのはやっぱり恥ずかしい。
わけがわからなくなってくると、何でも受け入れてしまうのだけど……みんなもそうしてるってオーブリーが言う。
さらに愛し合う方法がたくさんあるから飽きることはないんだって言われて、それじゃあ、いつまで経っても慣れないと思う。
そう言ったら、時間をかければ大丈夫ってオーブリーが力強い笑顔で答えた。
「エラ、今日はここでしようか?」
「ここ? でもここは……」
「いろんな場所で愛し合ったら、早く慣れるよ」
「……本当に? でもここは……」
「大丈夫だよ」
私が頷くと同時にふわりと身体が浮いた。
そのまま彼にしがみついて頬を寄せる。
「オーブリー、大好き」
「俺も大好きだよ、エラ」
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