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8章 2021年 十羽が見た現実

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 十羽の大きな瞳から涙が零れた。やっぱり彼が好きだ、心から愛している。
「蓮也君とキス、したい」
「うん」
 彼の首に腕を回し、桃色の唇を薄い唇に重ねた。
「ん……」

 唇を食んで甘いキスを交す。彼と交す、多分、最後のキス。
 そう思うと寂しさで胸が震え、また涙が零れ落ちた。柔らかな唇の感触を忘れたくない。力強く抱いてくれる温もりも、匂いも、何もかも。

「泣かないで、十羽さん。また会えるよ」
 鼻先を触れ合わせて、蓮也が眉尻を下げる。

 十羽は至近距離で彼を見つめた。少し釣り目の大好きな面立ちを心に焼きつける。決して忘れないように。

「蓮也君、今までほんとにありがとう。すごく、幸せだった。二人の作品をもっと作りたかったけど……」
「また作れるよ。再会したときには俺、今より上手くなってるからな」
「うん」

 どうにか笑みを作り、彼から体を離した。
 22年間、絶対に待っていて、と言って蓮也を縛りつけることが彼の幸せに繋がるのか、十羽にはわからない。ただ、蓮也には幸せな人生を歩んでほしい。だから彼の未来は、彼自身の意志に委ねるしかないと思った。

 ぬるくなったタオルを蓮也に手渡す。
「これも……ありがと」
「ああ。首、もっと冷やしたほうがいいな。タオルをまた湿らせてくるよ」

 蓮也がキッチンに向かったのを見計らい、十羽は立ち上がってリビングのドアのほうへ向かった。途中、テーブルの上に十羽のスマホが置いてあるのを見つけたので、パーカーのポケットに入れた。体が透けたら物に触れなくなる。透けていないうちに未来へ帰らなければ。

 強く、ドアノブを掴んだ。
「蓮也君、幸せになってね」
 振り返らず、思いきりドアを開けた。
「十羽さん? ……十羽さん!? もう帰るのか!?」

 ドアの向こうから眩しい光が差した。真っ直ぐ白い光りの中へダイブする。
「十羽さん! 俺は十羽さんを絶対に諦めない! 諦めないからな……!」

 頭上から声が聞こえた。
 固い決意を感じさせる声が──。
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