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18 魔法のような世界
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腹が減っては戦ができぬ。そんな気持ちで、私は用意した料理をしっかりと食べ進める。
すると、隣に座るアールが声をかけてきた。
「オーロラさん、美味しいです~!」
「ふふっ、ありがとう」
手を抜いたわけではないが、手の込んだ料理を作ったわけではない。だからこそ、少し不安だったがどうやら満足してくれているみたいだ。
目の前に座るベリーも、声こそ出さないが、目をランランと輝かせながら、すごい勢いでパクパクと食ベてくれている。
――良かった……。
双子の様子に、とりあえずホッとする。そして、私は対角線上のシドにチラリと視線を移した。
彼の胃袋を掴むこと、それこそが今の私にとって最も肝心なのだ。
――ベリーとアールが喜んでくれているから、シドもきっと……。
ついつい、淡い期待が心に湧く。しかし、シドの顔を見た途端、その考えは空しく散った。
目に映ったのは、どこまでも無表情な彼が、淡々と料理をただ口に運んでいるだけの姿だったからだ。
――あまり美味しくなかったのかな……?
胸にそんな不安が過ぎる。そのため、私は怖いながらも、彼に単刀直入に訊ねてみた。
「シド、どうですか……?」
「何が?」
「あ、味とか……お口に合うかなって……」
少し不機嫌な彼の言葉から圧を感じ、躊躇いがちに告げる。すると、予想外の答えが返ってきた。
「美味しいけど……」
「えっ……美味しいですか!? 嬉しいっ!」
まさか美味しいと思ってくれているとは。思わず、喜びの声を上げてしまう。
途端に、彼はそんな私の反応に怪訝な表情を浮かべた。そして、ジーっと私を見つめて呟いた。
「何なんだ? 変なやつ……」
聞こえた言葉に反応し、私は慌てて平静を装うため、食事を再開した。
だけど、勝手に頬が緩むことは止められなかった。
それからしばらくすると、シドが何か思い出したように声をかけてきた。
「食べ終わったら仕事に行って、帰ってきたらすぐ風呂に行くから」
「え……また仕事に行くんですか?」
「うん。一時間くらいしたら戻ってくる」
――なんか……だいぶブラックじゃない?
死神って言ってたけど、私が知らないだけで何人も死んでるのかな……?
込み上げる思いはあるが、私はそれらを堪えて答えた。
「では、準備しておきますね」
「ああ」
温くなってるかもしれないから、また熱湯を用意しないと。なんて考えているうちに、シドは食事を終え仕事に行った。
そして、取り残された私は急いで食事を済ませ、シドが帰ってきた時のためにお風呂の準備を始めた。
◇◇◇
最後の水をザバザバと流し込み、ようやく水汲み作業が終わった。
「ふぅー、これで温まるのを待つだけね」
目の前の水瓶に蓋を被せた私は、水瓶をポンポンと軽く叩き改めて感心した。
このお風呂のお湯の溜め方が、とても特殊だったからだ。
まず驚いたのは、浴室内に井戸が設置されていることだ。その井戸の水を、猫足のバスタブに近接するように設置された水瓶に注ぐ。
またこの水瓶が特殊で、側面に蛇口が付いており、しかも中の水を温められる。
その機能を利用することにより、簡単にバスタブにお湯を張ることが出来るという仕組みだったのだ。
水瓶の中の水は沸点まで温めることが出来るため注意は必要だ。しかし、上手く使えば利便性の高い代物だった。
「よし! 次は洗い物ね」
水瓶の中の水が温まるまでに洗い物を終わらせるため、浴室の出口に身体を向けた。すると、正面の扉から小さな影がひょっこりと覗いた。
「オーロラ、今何してるの?」
「あら、ベリー。ちょうど、水瓶に水を入れ終わったから、洗い物に行こうとしていたところよ。温め待ちなの」
突然やって来たベリーは、納得したように「そっか」と声を漏らす。
よく考えれば、彼の二人きりで話すのは始めてだ。そのため、少しでも仲良くなろうと、今度は私から話しかけてみた。
「この水瓶、すごく便利ね。見たことが無いから、とっても驚いたわ」
大袈裟でもなく、本当に驚いたままを伝える。すると、ベリーはふふんと誇らしげに口角を上げた。
「まあ、オーロラたちのいる人間界には無いものだもんね」
「えっ……」
さりげないベリーの発言を聞き、私の頭にふと疑問が湧いた。
そう言えば、ここはどこなのだろうかと。
逃げ出したい一心で来たから、どんなところか考えていなかった。それに、着いた先が建物の中でいきなり仕事を任されたから、そんなことを考える暇もなかった。
「ベリー、ここって人間界じゃないの?」
我ながらうっかりし過ぎだろう。そんな気持ちでベリーを見つめると、彼はきょとん顔で口を開いた。
「知らないの? ここはエテルニテの中の中有界だよ」
「エテルニテの……中有界?」
聞いたことの無い言葉の羅列に混乱する。ベリーは私のその様子に気付き、言葉を続けた。
「一回しか言わないから、ちゃんと聞いといてよね」
「はい……」
「ここはね、エテルニテって言う三層の階層構造で成り立っているんだ」
階層構造なんて、日本の授業でしか聞かないような言葉を聞き、不思議な感覚に陥りながら耳を傾ける。
「エテルニテの一番上は天界、下は冥界、そしてその間がここ、中有界なんだよ」
「じゃあ、人間界はどこにあるの?」
「人間界は中有界の中にあるよ」
「そう、なんだ……?」
そうと説明されれば、それで納得するしかない。
正直、意味は分からないし実感はわかないけど、きっとそうなんだろう。
「今ので分かった?」
「うん、分かったわ。ありがとう、ベリー」
感謝の言葉を伝えてニコッと笑いかける。すると、突然ベリーはフンっと顔を逸らし、扉に向かって歩き始めた。
だが急に振り返って、声をかけてきた。
「あ、洗い物するんでしょ……。行くよ!」
「それはそうだけど……ベリーも来るの?」
何か洗い方のルールがあるんだろうかと首を傾げる。ベリーはそんな私に、意外な言葉を告げた。
「そうだよ。だって、洗い物はぼくがするから」
「え? でも大変よ?」
手伝うのではなく洗い物をするという言葉に、思わずネガティブな声をかけてしまう。すると、ベリーはそんな私の元へ歩み寄り、手を握った。
「ついて来てよ。見せてあげる」
その言葉の意図が分からず、私はますます混乱する。一方、ベリーは私の反応を見てワクワクする子どものように頬を赤らめ、私の手を引き一歩を踏み出した。
◇◇◇
ダイニングに戻ると、キッチンのシンクのような場所に食器を移動させるよう頼まれた。そのベリーの言葉に従い、素直に食器を移動させる。
――水も無いのに、どうやって洗うのかしら?
そう思っていると、持って来た台に乗ったベリーがこちらに振り返った。
「これがボクの力だよ」
彼はそう言葉を発すると、食器に向かって空中で指をクルクルと回し始めた。
直後、私は驚きのあまり絶句した。
どこからともなく現れた水が、集めた使用済みの食器を、瞬く間にピカピカにしたからだ。
――これは魔法なの……?
訳が分からず、私はベリーと綺麗になった食器を見比べる。そのとき、とことことアールがこちらにやって来た。
「ベリー、もう終わったですか?」
「うん、終わったよ」
「じゃあ、次はぼくの出番なのです!」
そう言うと、さきほどまでベリーが乗っていた台に、今度はアールが乗った。そして、ベリーのようにアールが指先を空で回すと、食器の水気が飛び始めた。
「二人とも、魔法使いなの……?」
「魔法使いじゃないよ。ボクたちの能力だ。さあ、後はアールがやってくれるから、オーロラはこっちに来て」
ベリーはそう言うと、私の手を引っ張りリビングの方に連れて行こうとした。
だが、アールに任せきるわけには……。そう思っていると、アールが朗らかな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「オーロラさん、大丈夫なのです。ぼくにまかせてください!」
そう言われてしまえば、それ以上は何も言えない。
そんな私は、素直にベリーに導かれるまま、リビングへと向かった。
すると、隣に座るアールが声をかけてきた。
「オーロラさん、美味しいです~!」
「ふふっ、ありがとう」
手を抜いたわけではないが、手の込んだ料理を作ったわけではない。だからこそ、少し不安だったがどうやら満足してくれているみたいだ。
目の前に座るベリーも、声こそ出さないが、目をランランと輝かせながら、すごい勢いでパクパクと食ベてくれている。
――良かった……。
双子の様子に、とりあえずホッとする。そして、私は対角線上のシドにチラリと視線を移した。
彼の胃袋を掴むこと、それこそが今の私にとって最も肝心なのだ。
――ベリーとアールが喜んでくれているから、シドもきっと……。
ついつい、淡い期待が心に湧く。しかし、シドの顔を見た途端、その考えは空しく散った。
目に映ったのは、どこまでも無表情な彼が、淡々と料理をただ口に運んでいるだけの姿だったからだ。
――あまり美味しくなかったのかな……?
胸にそんな不安が過ぎる。そのため、私は怖いながらも、彼に単刀直入に訊ねてみた。
「シド、どうですか……?」
「何が?」
「あ、味とか……お口に合うかなって……」
少し不機嫌な彼の言葉から圧を感じ、躊躇いがちに告げる。すると、予想外の答えが返ってきた。
「美味しいけど……」
「えっ……美味しいですか!? 嬉しいっ!」
まさか美味しいと思ってくれているとは。思わず、喜びの声を上げてしまう。
途端に、彼はそんな私の反応に怪訝な表情を浮かべた。そして、ジーっと私を見つめて呟いた。
「何なんだ? 変なやつ……」
聞こえた言葉に反応し、私は慌てて平静を装うため、食事を再開した。
だけど、勝手に頬が緩むことは止められなかった。
それからしばらくすると、シドが何か思い出したように声をかけてきた。
「食べ終わったら仕事に行って、帰ってきたらすぐ風呂に行くから」
「え……また仕事に行くんですか?」
「うん。一時間くらいしたら戻ってくる」
――なんか……だいぶブラックじゃない?
死神って言ってたけど、私が知らないだけで何人も死んでるのかな……?
込み上げる思いはあるが、私はそれらを堪えて答えた。
「では、準備しておきますね」
「ああ」
温くなってるかもしれないから、また熱湯を用意しないと。なんて考えているうちに、シドは食事を終え仕事に行った。
そして、取り残された私は急いで食事を済ませ、シドが帰ってきた時のためにお風呂の準備を始めた。
◇◇◇
最後の水をザバザバと流し込み、ようやく水汲み作業が終わった。
「ふぅー、これで温まるのを待つだけね」
目の前の水瓶に蓋を被せた私は、水瓶をポンポンと軽く叩き改めて感心した。
このお風呂のお湯の溜め方が、とても特殊だったからだ。
まず驚いたのは、浴室内に井戸が設置されていることだ。その井戸の水を、猫足のバスタブに近接するように設置された水瓶に注ぐ。
またこの水瓶が特殊で、側面に蛇口が付いており、しかも中の水を温められる。
その機能を利用することにより、簡単にバスタブにお湯を張ることが出来るという仕組みだったのだ。
水瓶の中の水は沸点まで温めることが出来るため注意は必要だ。しかし、上手く使えば利便性の高い代物だった。
「よし! 次は洗い物ね」
水瓶の中の水が温まるまでに洗い物を終わらせるため、浴室の出口に身体を向けた。すると、正面の扉から小さな影がひょっこりと覗いた。
「オーロラ、今何してるの?」
「あら、ベリー。ちょうど、水瓶に水を入れ終わったから、洗い物に行こうとしていたところよ。温め待ちなの」
突然やって来たベリーは、納得したように「そっか」と声を漏らす。
よく考えれば、彼の二人きりで話すのは始めてだ。そのため、少しでも仲良くなろうと、今度は私から話しかけてみた。
「この水瓶、すごく便利ね。見たことが無いから、とっても驚いたわ」
大袈裟でもなく、本当に驚いたままを伝える。すると、ベリーはふふんと誇らしげに口角を上げた。
「まあ、オーロラたちのいる人間界には無いものだもんね」
「えっ……」
さりげないベリーの発言を聞き、私の頭にふと疑問が湧いた。
そう言えば、ここはどこなのだろうかと。
逃げ出したい一心で来たから、どんなところか考えていなかった。それに、着いた先が建物の中でいきなり仕事を任されたから、そんなことを考える暇もなかった。
「ベリー、ここって人間界じゃないの?」
我ながらうっかりし過ぎだろう。そんな気持ちでベリーを見つめると、彼はきょとん顔で口を開いた。
「知らないの? ここはエテルニテの中の中有界だよ」
「エテルニテの……中有界?」
聞いたことの無い言葉の羅列に混乱する。ベリーは私のその様子に気付き、言葉を続けた。
「一回しか言わないから、ちゃんと聞いといてよね」
「はい……」
「ここはね、エテルニテって言う三層の階層構造で成り立っているんだ」
階層構造なんて、日本の授業でしか聞かないような言葉を聞き、不思議な感覚に陥りながら耳を傾ける。
「エテルニテの一番上は天界、下は冥界、そしてその間がここ、中有界なんだよ」
「じゃあ、人間界はどこにあるの?」
「人間界は中有界の中にあるよ」
「そう、なんだ……?」
そうと説明されれば、それで納得するしかない。
正直、意味は分からないし実感はわかないけど、きっとそうなんだろう。
「今ので分かった?」
「うん、分かったわ。ありがとう、ベリー」
感謝の言葉を伝えてニコッと笑いかける。すると、突然ベリーはフンっと顔を逸らし、扉に向かって歩き始めた。
だが急に振り返って、声をかけてきた。
「あ、洗い物するんでしょ……。行くよ!」
「それはそうだけど……ベリーも来るの?」
何か洗い方のルールがあるんだろうかと首を傾げる。ベリーはそんな私に、意外な言葉を告げた。
「そうだよ。だって、洗い物はぼくがするから」
「え? でも大変よ?」
手伝うのではなく洗い物をするという言葉に、思わずネガティブな声をかけてしまう。すると、ベリーはそんな私の元へ歩み寄り、手を握った。
「ついて来てよ。見せてあげる」
その言葉の意図が分からず、私はますます混乱する。一方、ベリーは私の反応を見てワクワクする子どものように頬を赤らめ、私の手を引き一歩を踏み出した。
◇◇◇
ダイニングに戻ると、キッチンのシンクのような場所に食器を移動させるよう頼まれた。そのベリーの言葉に従い、素直に食器を移動させる。
――水も無いのに、どうやって洗うのかしら?
そう思っていると、持って来た台に乗ったベリーがこちらに振り返った。
「これがボクの力だよ」
彼はそう言葉を発すると、食器に向かって空中で指をクルクルと回し始めた。
直後、私は驚きのあまり絶句した。
どこからともなく現れた水が、集めた使用済みの食器を、瞬く間にピカピカにしたからだ。
――これは魔法なの……?
訳が分からず、私はベリーと綺麗になった食器を見比べる。そのとき、とことことアールがこちらにやって来た。
「ベリー、もう終わったですか?」
「うん、終わったよ」
「じゃあ、次はぼくの出番なのです!」
そう言うと、さきほどまでベリーが乗っていた台に、今度はアールが乗った。そして、ベリーのようにアールが指先を空で回すと、食器の水気が飛び始めた。
「二人とも、魔法使いなの……?」
「魔法使いじゃないよ。ボクたちの能力だ。さあ、後はアールがやってくれるから、オーロラはこっちに来て」
ベリーはそう言うと、私の手を引っ張りリビングの方に連れて行こうとした。
だが、アールに任せきるわけには……。そう思っていると、アールが朗らかな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「オーロラさん、大丈夫なのです。ぼくにまかせてください!」
そう言われてしまえば、それ以上は何も言えない。
そんな私は、素直にベリーに導かれるまま、リビングへと向かった。
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