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3.治癒の占い師?

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 教えてもらった場所に着いた頃には辺りは夕焼けに染まっていた。

「もう帰っちゃったかしら?」
「どうだろうな。人通りもまだ多いからいるかもしれないな」

 町の住人の他に、旅人や巡礼者らしき人達も歩いている。
 皆目的があるのか寄り道をせずに迷いなく歩いているようだった。
 
 その中で、石壁に身を寄せて通りを眺めている女性がいた。
 
 褐色の、肌の焼けたすらりとした痩せた女性だ。髪を布で隠すように覆っている。
 服装は、頭からかぶるような踝まである白いワンピースの上から、大きな織物の布を一方の肩から斜めに他方の脇の下を通すように身に着けている。いわゆる、袈裟懸けのような恰好をしていた。
 織物の布はこの辺りではあまり見られないデザインだった。
 緑と赤の玉のついたネックレスを首から下げ、両腕にはオシャレだろうか? 腕輪が何本もつけられていた。

「占いをしてくれるのは彼女かしら……」
「あら? あの方は移動民族ですね」
「そうね」

 呟いた声は思ったよりも暗かった。
 私は外国人を後継者にするつもりはなかった。
 絶対に自分と同じ思いはさせない。
 それが後継者を探し始めるにあたって心に決めたことだった。
 
 少しだけ過去を思い出して胸を痛めているとジュストが明るく聞いてきた。

「で、誰が行く?」
「え?」
「このまま見てても進まないだろ。誰か行って見てきてもらった方が早い」
「そうですね。私が行ってきましょうか。お金も私が預かってますし。占いって、いくらくらいが相場なのでしょうね」
 
 ほぅ、と息を吐いて悩まし気な顔をしているカーラ。
 このままカーラが行く流れになりかけて、私は慌てて手を上げた。

「はい、私! 私が行くわ!」

 ふたりが心配そうな目で見てくる。

「アリーチェが? 大丈夫か?」

 ジュストの眉間にシワがよっている。
 全く信用されてないようだ。
 カーラも口には出さないけれど、ブラウンの瞳が不安そうに揺れている。
 こっちにも信用されていなかった。
 何故なのか。

「大丈夫よ! ちょっと占ってもらうだけだもの。危険なんてないわ」
「そうですけど……」

 ちらりとカーラとジュストの視線が交わる。
 どうやら視線で会話をしているらしいけど、やめて欲しい。

「私がやるって言いだしたんだから。責任持ってやり遂げるわ。いいでしょ? カーラお金ちょうだい」
「まぁ、いいですけど……」

 しぶしぶ手提げから小銭を取り出して渡してくれる。

「中銀貨と小銀貨です。銅貨も渡しておきますね。路上ですから多分、小銀貨もあれば十分なはずですが、相場がわからないので払い過ぎないように気を付けてくださいね」

 私はお金をほとんど触ったことがないので、カーラがとても心配してしまっている。
 気を付けるってどうやって? と思ったけれど、あまり聞くとやっぱりカーラが行くと言い出しそうなので黙って頷いた。
 
 お父さんやお兄ちゃんが商売をしていた時はどうしてたっけ?
 私ははるか昔の記憶を手繰りながら占い師の女性に近づいた。

「あの、占いをしてもらえるって聞いたんですけど」

 ドキドキする心臓をなだめながら、平静を装う。
 勇気を出して声をかけたのに、占い師は私を一瞥するなりフィっと視線をそらしてしまった。
 手でシッシッと追い払われる。

「へ?」
「占い、忙しい」

 少しだけ片言だけれど聞き取りやすい。
 忙しいと言われたけれど、道行く誰かが彼女に占いを頼んでる様子はない。

「ええと、占いは……」
「そう、忙しい」

 私を占うつもりはないようで、全く取り合ってくれない。占い師の視線は通りを歩く人達に向いている。
 
 こんな時お父さんはどうしていたっけ? 粘るのが良いんだっけ? 一旦帰るのがいいんだっけ?
 私がおろおろと占い師を見つめていたら、何かに気が付いた彼女がさっと動いた。
 
「お兄さん、何か悩みあるみたいね? 占いで見てあげようか?」

 占い師が声をかけたのは艶やかな絹の衣服を身に着けた、いかにもお金持ちの男性だった。
 帽子には鮮やかな鳥の羽が飾られているし、胸元にはブローチ。指にも何個も指輪をしている。
 後ろには若い従者も従えている。
 
 男性は見知らぬ女性に話しかけられて煩わしそうにしていたが、素早くまわりこまれて強引に手を取られていた。

「お金持ちしかお呼びじゃないってこと……?」

 嫌そうな顔をしていた男性だったが、強引な占い師の押しに負けてしまったのか話し込んでいる。占い師はもう男性との会話が終わるまで私の相手なんかしてくれないだろう。
 
 私はがっかりした気持ちのまま、ふたりの元に戻った。
 戻って来た私に労いの言葉をかけてくれるが気持ちは晴れない。

「頑張ったな」
「お疲れ様です」
「何も聞けなかったんだけど」

 上手くいかなくて肩を落とす。
 ジュストには、ずれたフードをなおすように頭の上から撫でられる。
 励ましてくれているらしい。
 
「最初からなんでも上手くいくわけじゃないさ」
「ええ。少し観察してみましょう? 見ているだけでも分かることもありそうです」

 カーラにふふっと笑われて、占い師を見るように促される。
 
 見ると、男性が占い師に手を取られてにこにこと話している。
 手相占いをしているのかな?
 さっきまでの鬱陶しそうな姿とは大違いだ。
 どんな言葉であの男性の警戒を解いたのだろう?

「あっ」

 思わず声をあげる。
 占い師が男性の手を離すと、たくさんあった指輪のひとつがなくなっていたからだ。
 大粒の石のついたリングが。

「まさか盗んだの?」
「そのようですね」

 指にあったものが抜かれてるのだ。
 気が付くだろうと思っていたのに、従者に支払いをさせると男性は何事もなかったかのようにその場を去って行ってしまった。

「泥棒じゃない」
「ええ」

 考えるように難しい顔をしているカーラ。
 ジュストはあまり興味がなさそうな顔をしている。

「どうしよう、何かした方がいいかしら」
「そうですねぇ……」

 カーラも「自警団に言った方がいいでしょうか」と呟いているが、ジュストは首を横に振っている。
 まつげが青い瞳に影を作る。

「相手にされないからやめとけ。スリはこのあたりじゃ日常茶飯事だから」
「そんな」
「隙を見せている方も悪いって考えなんだよ」
「なんだか悲しいわ」

 私は心に生まれた黒い影を吐き出すように小さくため息を吐いた。

「まぁ、これで一応の決着にはなったよな?」
「スリの女性を聖女にするのはちょっと……」
「占いというのも嘘だったのでしょうか?」

 カーラが腕を組んで首をかしげる。

「どうだろうな。占ってもらえればわかるけれどな」
「私じゃ占ってもらえなかったわ。きっと修道女の恰好だったからお金がないと思ったのね」
「相手を選んでるんだろう。聖女をスリの標的にしなかったのは、勘が冴えてるといえなくもないな」
 
 その物言いがおかしくて私は少し笑ってしまった。
 せっかく探してくれた噂だったけれど、今回はハズレだったようだ。
 
 まぁ、こんな近くの町ですぐに見つかるわけないわよね。
 またすぐ他の何か手掛かりが見つかると思う。
 私は気を取り直すとふたりを振り返った。

「じゃあ教会に戻りましょ」
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