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変わる環境とそれぞれの門出
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しおりを挟むクラウスの話 王都編㉗
冬夜は目の前に俺がいるのにすがることはなく、小さな体を更に小さくして泣くことすら罪であるかの様に声を殺して涙をこぼした。
その姿は余りに痛々しくて簡単には慰めの言葉が見つからない。
2度とこんな風に泣かせないと何度も誓ったクセに俺はまた見ている事しかできなくてひとりで抱えてしまった罪の意識に耐えられなくなったのか気を失い倒れ込んできた身体をようやく胸に抱きとめた。
「───私はお喜びになるものだと思っておりました。」
年老いた魔法士長の言葉に頷くものは少なくなかった。
冬夜を手離すことが嫌で次の行動を迷う俺にアルフレッド様が『そのままでいい』と言ってくれた。寝かせるつもりだったソファーに冬夜を抱えたまま座らせて貰い国王陛下に促され俺の知っている限りの冬夜の事をお伝えした。
出会った時はその身一つで自分を『迷子』だと話したこと、言葉は話せるけれど読み書きができなかった事、ギルドの水晶で出身地が読み取れなかった事、親から捨てられた者として育ち人に愛されることに不慣れで誰かに頼るという考えを持ち合わせていないこと、それでも『桜の庭』で暮らすうちに院長や子供達に愛され幸せだと感じていた事、けれどずっと自分がこの世界に転移した理由が見つからず不意に元の世界に戻されてしまうことに怯えながら生活していた事。そしてその不安を終わらせるために教会へ赴いた事。
短くはない話を誰一人急かすこと無く黙って耳を傾けていた中最初に言葉を発したのはやっぱり王国魔法士長だった。
「例え受け容れられなくともトウヤ様が『ガーデニア皇子』であることは間違いのない事実にございます。100年の時を超えお姿をあらわされたのはガーデニア王の魔法の効力が切れたのかそれとも皇子様に見合う平和の地になったと認められたのかわかりませんがどちらにせよ私は刻の魔法士と呼ばれたガーデニア王の偉大さを改めて実感いたしました。」
「私達はずっとこの時を待っていたのですから容易にこの事実を受け容れられたのです。しかし他の者ではなかなか難しい事かも知れません。この地で育った者ならまだしも異なる地で何も知らずお育ちになられたのであれば尚更でありましょうな。」
王国教会首席司祭の言う事は最もな事だ。
実際、なんの知識もなかった俺には100年前に行方のわからなくなった『失われた皇子』と異世界から転移して来たと話した冬夜を結び付ける事は出来なかった。
それが出来ていたら洗礼が受けられた事を心底喜んでいた冬夜をこの様に自身を責めさせてしまう事にはならなかったかも知れない。
腕の中、シワを寄せたまま眠る冬夜の眉間をそっと撫でても黒曜石の瞳は固く閉じられたままだった。
「トウヤ様のお心に考えが及ばず申し訳ないことを致しました。」
冬夜が一番わかり易い物を指し示した宰相も深くため息をつく。交渉事に長けている彼は相手に首を縦に振らせる以外の選択肢を与えないことで知られているがその結果に満足しないことは稀だった。
「我が子を護りたい一心で発動したのだろうその魔法が素晴らしい魔法であったのは間違いない。だがトウヤ殿はそこではあまり幸せでは無かったのだな。」
国王陛下はそう言った後静かに立ち上がると俺が抱かえたままの眠る冬夜の傍に来てしゃがみこんだ。
「確かに100年前、闇雲に転移させただけではその先で生き延びれた可能性は無かったかも知れない。ハインツが申した様にガーデニア王の魔力の為せる技なのかそれとも願い姫の強い祈りの賜物か、行方のわからなくなった当時のお姿ではなく成人し今この時に再びこの地に戻られたのには何か意味はあるのであろうかと考えもする。しかし幸せを願った愛し子のこの様に悲しみ泣く姿は同じ子を持つ親としては胸を掻きむしられる様な思いだ。それはきっとガーデニア両陛下も同じであろう。」
親の顔をした国王陛下は冬夜の髪に伸ばしかけた手を途中で握り込んだ。触れて起きてしまうと思われたのかも知れない。代わりに視線を俺に向けられた。
「クラウスよ。トウヤ殿がこの事実を受け入れるのは難しいと思うか?」
国王陛下の問いかけに俺は「いいえ」と答えた。
「私の知る彼はとても心の優しい人間です。今はそうとは知らず亡きご両親に対し恨み言を言ってしまったこれまでの自分が許せないのだと思います。ですが冬夜はずっといつか自分が育った元の世界に戻るのではないかと言う不安の中にいました。教会でもここにいるべき人間だと知ってとても喜んでいたんです。」
自分がこの世界にあるべき人間だと聞かされ冬夜が喜んだのは間違いなかった。
『じゃあいいの?俺はこの世界にいていいの?』
洗礼の匙を握りしめ何度も俺に確かめた。
『うれしい……こんなの夢みたいだ。』
そう言って花のように笑い嬉し涙を零した。
「だから落ち着けばきっと誰よりも喜ぶと思います。」
何も知らない冬夜がご両親を恨んでしまったのは当然のことで誰も責めたりしないのに冬夜はそれが大罪であるかのように感じてしまった。だけどこの世界で生きることを何よりも望んでいたのだからすぐには無理でも必ず受け入れるだろう確信はある。
「我がフランディールが揺るぎない大国となったのはガーデニアの恩恵に他ならないのは歴史を知るものなら皆知っておろう。ようやくその恩を返せる時が来たのだ。このままこの愛し子を悲しませたままではいられない。そう思わぬか?」
国王陛下はそう話すとこの場にいる全員の顔をゆっくりと見渡す。
それに異論のある者などここにはいなかった。
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