はな かほる とき ー 鏡花水月
誰かに憧れ、近付きたいと思うのは自然な事で、日本舞踊の名門である『八城家』に生まれた彼もまた、例外なくそんな存在に出会った。ただ…それは強いヒーローでもなく、カッコいいアーティストでもなかった。彼が憧れの感情を抱いたのは、夢かも知れないと思う程に幻想的な舞台で舞う、一人の舞姫。
その出逢いは間違いなく彼の人生を決定づけるものとなった。
何度も繰り返して観る夢の世界から抜け出せなくなってしまった彼、八城柊稀は舞台上で生きる美しき舞姫の魅力に惹かれ、いつか自分も彼女のように舞いたいと思い始めた頃、偶然目にした父である家元が舞うしなやかで優美な姿に後押しされ、日本舞踊の道を進み始めた。
どんな過酷な稽古でも諦めず、誰が見ても納得できる仕上がりを求め続ける。彼はいつだって掲げた目標の更に上を目指していた。そんな彼は流れゆく時間以上に多くの技術や知識を得ていく。まるで乾ききった大地が瞬間的に水を吸い込むように…
舞踊を始めて数年後、最年少で挑んだ師範試験に見事合格し、いつの間にか誰からも称賛される憧れの存在になっていた。
夢の世界へと誘う舞姫の名は…『紫姫』
そこにたどり着くまで、ずっと彼の心に寄り添い支えてくれていた親友の存在があったからこそ成し得た結果なのだが、当人はまるで気付いていない。
美しい舞姿は時折妖しさを装い、観る者の心をつかんで離さない。
しかし、紫姫として舞台で生きる柊稀はある日、不可解な感情にぶつかり立ち止まってしまう。訳も分からず急に不安になって自分の居場所を確かめたくなった。
今までずっとがむしゃらに走り続けてきた彼は、目標としている憧れの舞姫へとそっと手を伸ばしてみた。だが、そこにいるはずの存在に手が届かないという事実に戸惑った。
やがてひとつの答えにたどり着く。
憧れだったはずの舞姫はいつの間にか、もう一人の自分の姿…『紫姫』に変わっていて、その存在があまりにも大きくなり過ぎたのかもしれない、と。
俺は八城柊稀であって紫姫じゃない。当然二人は別々の存在なのだ。そう、彼女は舞台で生きる舞姫であり、幻だ。何度も言い聞かせるように繰り返す言葉はあまりにも頼りなく、彼は困惑した。
そんなある日、舞台を観た親友から「舞台に柊稀はいなかった。」と言われ、彼は一大決心をする。
「俺、引退する。」
成長し続けている舞姫が引退を決意した理由とは…
「まだ教えてやらない。」
新たな世界への幕が上がる。
その出逢いは間違いなく彼の人生を決定づけるものとなった。
何度も繰り返して観る夢の世界から抜け出せなくなってしまった彼、八城柊稀は舞台上で生きる美しき舞姫の魅力に惹かれ、いつか自分も彼女のように舞いたいと思い始めた頃、偶然目にした父である家元が舞うしなやかで優美な姿に後押しされ、日本舞踊の道を進み始めた。
どんな過酷な稽古でも諦めず、誰が見ても納得できる仕上がりを求め続ける。彼はいつだって掲げた目標の更に上を目指していた。そんな彼は流れゆく時間以上に多くの技術や知識を得ていく。まるで乾ききった大地が瞬間的に水を吸い込むように…
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しかし、紫姫として舞台で生きる柊稀はある日、不可解な感情にぶつかり立ち止まってしまう。訳も分からず急に不安になって自分の居場所を確かめたくなった。
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俺は八城柊稀であって紫姫じゃない。当然二人は別々の存在なのだ。そう、彼女は舞台で生きる舞姫であり、幻だ。何度も言い聞かせるように繰り返す言葉はあまりにも頼りなく、彼は困惑した。
そんなある日、舞台を観た親友から「舞台に柊稀はいなかった。」と言われ、彼は一大決心をする。
「俺、引退する。」
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「まだ教えてやらない。」
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