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9 献身的な妻の尽力

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 ラルセン侯爵夫妻が唯一の懸念材料だったのだけれど、ウィリアム卿の人柄に惚れ込んでいた夫妻は私の存在をも快く受け入れてくれた。
 私の両親は、降って湧いた良縁に大喜び。
 身重な妹は結婚式に参列できないだろうという事で、ウィリアム卿を招いての前祝となったその日、当の妹は相変わらずキィキィと喚いた。


「やっぱり私を犠牲にしてたのね! なんて厚かましくて非情な女なの!? そんな事で由緒正しい侯爵家の妻が務まると思っているの!? 絶対に化けの皮が剥がれるに決まってるわ! せいぜい澄まし顔でしらばっくれてなさい! みんなお見通しなんですからね!?」

「未来のラルセン侯爵の前でその愛する婚約者を罵ったと知ったら、グルストランド伯爵はきっと悲しむわよ。ねえ、グルストランド伯爵夫人? その辺り、自覚あるのかしら?」

「うるさい、うるさい、うるさい!」


 日に日に大きくなるお腹に手を添えて、そこだけ見れば母親らしい妹。但しヒステリーと私を侮辱する事にかけては、日々凶悪さを増している。
 私を庇いたいのか私に縋りつきたいのか、ウィリアム卿の巨体がぴったりとくっついてくる。


「ごめんなさいね。妊婦なの」

「君もあんなふうになる?」

「いいえ。私は良妻賢母たるものを心得ているから」

「さすがアスター」


 とコソコソ囁きあって、頬にキスを受けたりしていると、弟エリクが言った。


「僕が結婚するときは、怒鳴らない人にしよう」


 まだ7才、実に賢い。


「仲良く過ごせる相手がいちばんよ。あなたはどうか愛妻家になってね、エリク。会話を重ねて、その人の理解者になってあげて。心が通い合うのはいいものよ」

「お姉様が幸せそうで、僕も嬉しいです。少し、寂しいけど……っ」


 これは記念すべき会食となった。

 ラルセン侯爵領がそもそも遠方である。
 加えて「同じ顔なら若いほうがいい」とレベッカを妻に迎えた私の元婚約者は、第一子が女児だったので落胆し、そこから医者に禁じられるまで数年間ひたすら励んだ。二回目の里帰り出産も許さなかった。妹レベッカから「絶対に男児を産んでやる」という旨の手紙が毎回届いたものの、彼女は実に6人の女児を産んで、医者に「次は命がない」と通告されたようだ。
 その頃、私は4男2女の母になっていたので、末の男児を養子にしたいと元婚約者から歎願されたが、断った。

 そういうわけで、次に私の肉親が集合したのは、なんとエリクの結婚式だった。
 晩餐会の出会いから大恋愛を経た仲睦まじいふたりの姿に、私の胸は弾んだ。


「次はルドヴィグの結婚式ですね」


 すっかり成長したエリクが素敵な笑顔で言ってくれた。
 私とウィリアムの第一子ルドヴィグは、この日初めて顔を合わせた年の近い叔父であるエリクと、生涯に渡って素晴らしい友情を築いていった。
 
 ところで、私に愛を教えてくれたと言っても過言ではないウィリアムは、ラルセン侯爵令息としてよくやっている。双子の娘が相次いで結婚する頃には爵位を継ぎ、美を愛する優しい侯爵となった。私はウィリアムが絵を描く時間を捻出し、政務の効率化に務めたりもした。公の場でも彼は比較的うまくやったし、私が少し支えるだけでよかった。
 私は良き妻であり、良き母であり、良き教師であると自負している。

 今度、美術館を建てる。
 私たちが結ばれるきっかけとなったあの肖像画も、しれっと展示する。夫婦で題を決めたけれど、それは、ふたりだけの秘密。



                                (終)
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