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第31話 パーティでの顛末 2
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バーバラ夫人は、横に妙な例の男を引っ付けている。男前でいかにも丁重だが、どこか卑屈に見える男だ。
彼女たちは不安そうな顔をしていた。そして、誰かを探しているようだった。
虐げられた二年間。
私の社交界デビューの機会を奪った。
婚約も台無しにして、私の生きる道をふさいだ。
イアン王太子も簡単に婚約破棄に同意した。カサンドラ夫人も国王も。
この国、フリージアに未練はない。
この半年で、私には自信がついた。
私は、貴族でなくたって生きていける。魔術ギルドに登録さえできれば、フリージアを捨ててマグリナで暮らす。
もし、今晩、カサンドラ夫人かイアン王太子から、ロビア公爵家の継承権を否定されても、かえって都合がいいのだ。
なぜなら、私は、追放されたような身の上になる。マグリナ国にとっては、より信頼できる存在になるだろう。
それに……
私には、愛してくれる人がいた。
彼は私を大事にしてくれて……そしてその価値を認めてくれたのだ。
一生忘れられない思い出だ。
彼を思うと胸が痛む。だけど、私は唯一出来る正しいことをしたのだ。森の中では彼は輝けない。
でも大事にしたい人が出来て、その人に大事されたと言う思い出は、バーバラ夫人やエミリの妨害や嫌がらせを、ものすごくつまらないものに見せてくれた。
本当にくだらない。私はあんなことでは、もう傷つかない。
バーバラ夫人とその愛人……姓は知らない。名前は確か、オスカーとか言っていた。それにエミリがこちらに向かってやって来た。
私は黙っていた。
「アンジェリーナ」
バーバラ夫人が声をかけた。
「早く家に戻りなさい!」
周り中が、いや、公爵だの他国の大使だの、もっと重要な人々がたくさん集まっていたのに、その高貴な人々を含めた全員が、黙ってバーバラ夫人の言葉に耳を傾けた。
「どうしてですの?」
「それは! あなたのためだからですよ! あなたは、こんな大事なパーティーに出られる状態ではありません!」
「私のどこが、そうだとおっしゃいますの?」
私は落ち着いて尋ねた。
「そのおかしな……顔。いえ、態度! 頭もカツラでしょう! さあ、早く戻りなさい!」
「顔と態度が、おかしいのでしょうか。それに、カツラではございませんわ。バーバラ夫人、では、外してご覧なさいな」
誰もが押し黙る。
ダメね。バーバラ夫人。私が怖れていた唯一のことは、ここにいるアンジェリーナは偽物だ、本物は家にいると言われることだった。
だから、最初の一言で、私の勝ちが決まったわ。
横から参加してきたのはエミリだった。
「お姉さま! 家にいないとダメでしょう! あなたは病気なのだから」
私はチラリと微笑んだ。私を姉だと認めてはダメよ。ウソがばれてしまうわ。
この笑いがエミリの気に障ったらしかった。
彼女は突如、私につかみかかった。
避けようとしたが、エミリは私の髪の一部をつかんで転んでしまった。
解けてしまう髪。ばさりと肩の上に髪が広がった。侍女があんなに苦労して結ってくれた傑作なのに。
「まあ。なんてことを!」
人ごみをかき分けて現れたのは、オリビア伯母さま、マラテスタ侯爵夫人だった。
「エミリとやら。リナに何をするのです。リナは当マラテスタ家の大切な客人なのですよ?」
そこへ仲裁でもするかのように、出てきたのがオスカー……バーバラ夫人のお付きだった。
「申し訳ございません。奥様。少々エミリ嬢は興奮したようでして」
彼はとても愛想よく笑っていた。
「きっと姉上のアンジェリーナ嬢に会って嬉しかったのでしょう。どうか、アンジェリーナ嬢にご自邸にお戻りになるよう、奥様からもお口添えいただけませんか? 何分にも、バーバラ夫人もエミリ嬢もさみしがっておられるんですよ。すぐでも、お帰り頂きたいものです」
伯母は汚物でも見るような目つきだった。
「さ、アンジェリーナ嬢。お家へ帰るんだ。奥様の言うことを聞かないと、どうなるかわかっているだろう?」
なんて汚らわしい男なのかしら。
どこがどうと言うのではなく……気持ちが悪い。
「リナ嬢、私と一緒に家に帰りましょう。よくしてあげますから。ねえ、奥様。マラテスタ侯爵夫人。奥様からも、言ってやってもらえませんか?」
平民丸出し。
貴賤の差が、どうのこうのと言う問題ではなくて。身震いするほど、気持ちが悪い。馴れ馴れしすぎる。
「このような者は知らぬ」
プイと伯母はようやくそれだけ言うと顔をそむけた。
「失礼しました。名前を申し上げていなくて! 私は……」
名乗るチャンスが訪れたとでも勘違いしたのか、彼はマラテスタ侯爵夫人に向かってペラペラと嬉しそうにしゃべりだした。
「君。知らないのだろうけれど、相手の許しがない限り、自分より高位の婦人に向かって話しかけてはならない」
参加者の誰か男性がたまりかねてオスカーに向かって注意した。あまりにぶしつけな態度にみんな口を出しかねていた。
「ありがとう。その男に注意してくれて」
これ以上無理だろうと言うくらい、口をへの字に曲げたマラテスタ侯爵が口を添えた。
侯爵は、いつの間にか呼び寄せていた警備の担当者に合図した。
「この男を連れて行ってくれ。それから、リナに手を出したそこの娘もだ」
彼女たちは不安そうな顔をしていた。そして、誰かを探しているようだった。
虐げられた二年間。
私の社交界デビューの機会を奪った。
婚約も台無しにして、私の生きる道をふさいだ。
イアン王太子も簡単に婚約破棄に同意した。カサンドラ夫人も国王も。
この国、フリージアに未練はない。
この半年で、私には自信がついた。
私は、貴族でなくたって生きていける。魔術ギルドに登録さえできれば、フリージアを捨ててマグリナで暮らす。
もし、今晩、カサンドラ夫人かイアン王太子から、ロビア公爵家の継承権を否定されても、かえって都合がいいのだ。
なぜなら、私は、追放されたような身の上になる。マグリナ国にとっては、より信頼できる存在になるだろう。
それに……
私には、愛してくれる人がいた。
彼は私を大事にしてくれて……そしてその価値を認めてくれたのだ。
一生忘れられない思い出だ。
彼を思うと胸が痛む。だけど、私は唯一出来る正しいことをしたのだ。森の中では彼は輝けない。
でも大事にしたい人が出来て、その人に大事されたと言う思い出は、バーバラ夫人やエミリの妨害や嫌がらせを、ものすごくつまらないものに見せてくれた。
本当にくだらない。私はあんなことでは、もう傷つかない。
バーバラ夫人とその愛人……姓は知らない。名前は確か、オスカーとか言っていた。それにエミリがこちらに向かってやって来た。
私は黙っていた。
「アンジェリーナ」
バーバラ夫人が声をかけた。
「早く家に戻りなさい!」
周り中が、いや、公爵だの他国の大使だの、もっと重要な人々がたくさん集まっていたのに、その高貴な人々を含めた全員が、黙ってバーバラ夫人の言葉に耳を傾けた。
「どうしてですの?」
「それは! あなたのためだからですよ! あなたは、こんな大事なパーティーに出られる状態ではありません!」
「私のどこが、そうだとおっしゃいますの?」
私は落ち着いて尋ねた。
「そのおかしな……顔。いえ、態度! 頭もカツラでしょう! さあ、早く戻りなさい!」
「顔と態度が、おかしいのでしょうか。それに、カツラではございませんわ。バーバラ夫人、では、外してご覧なさいな」
誰もが押し黙る。
ダメね。バーバラ夫人。私が怖れていた唯一のことは、ここにいるアンジェリーナは偽物だ、本物は家にいると言われることだった。
だから、最初の一言で、私の勝ちが決まったわ。
横から参加してきたのはエミリだった。
「お姉さま! 家にいないとダメでしょう! あなたは病気なのだから」
私はチラリと微笑んだ。私を姉だと認めてはダメよ。ウソがばれてしまうわ。
この笑いがエミリの気に障ったらしかった。
彼女は突如、私につかみかかった。
避けようとしたが、エミリは私の髪の一部をつかんで転んでしまった。
解けてしまう髪。ばさりと肩の上に髪が広がった。侍女があんなに苦労して結ってくれた傑作なのに。
「まあ。なんてことを!」
人ごみをかき分けて現れたのは、オリビア伯母さま、マラテスタ侯爵夫人だった。
「エミリとやら。リナに何をするのです。リナは当マラテスタ家の大切な客人なのですよ?」
そこへ仲裁でもするかのように、出てきたのがオスカー……バーバラ夫人のお付きだった。
「申し訳ございません。奥様。少々エミリ嬢は興奮したようでして」
彼はとても愛想よく笑っていた。
「きっと姉上のアンジェリーナ嬢に会って嬉しかったのでしょう。どうか、アンジェリーナ嬢にご自邸にお戻りになるよう、奥様からもお口添えいただけませんか? 何分にも、バーバラ夫人もエミリ嬢もさみしがっておられるんですよ。すぐでも、お帰り頂きたいものです」
伯母は汚物でも見るような目つきだった。
「さ、アンジェリーナ嬢。お家へ帰るんだ。奥様の言うことを聞かないと、どうなるかわかっているだろう?」
なんて汚らわしい男なのかしら。
どこがどうと言うのではなく……気持ちが悪い。
「リナ嬢、私と一緒に家に帰りましょう。よくしてあげますから。ねえ、奥様。マラテスタ侯爵夫人。奥様からも、言ってやってもらえませんか?」
平民丸出し。
貴賤の差が、どうのこうのと言う問題ではなくて。身震いするほど、気持ちが悪い。馴れ馴れしすぎる。
「このような者は知らぬ」
プイと伯母はようやくそれだけ言うと顔をそむけた。
「失礼しました。名前を申し上げていなくて! 私は……」
名乗るチャンスが訪れたとでも勘違いしたのか、彼はマラテスタ侯爵夫人に向かってペラペラと嬉しそうにしゃべりだした。
「君。知らないのだろうけれど、相手の許しがない限り、自分より高位の婦人に向かって話しかけてはならない」
参加者の誰か男性がたまりかねてオスカーに向かって注意した。あまりにぶしつけな態度にみんな口を出しかねていた。
「ありがとう。その男に注意してくれて」
これ以上無理だろうと言うくらい、口をへの字に曲げたマラテスタ侯爵が口を添えた。
侯爵は、いつの間にか呼び寄せていた警備の担当者に合図した。
「この男を連れて行ってくれ。それから、リナに手を出したそこの娘もだ」
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