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「まあ、あんな呪いに侵されていたすっかり元通りに……! 本当に良かったわアルミア!」

 目の前で泣きじゃくる母の姿を見て、私も少しだけうるっときた。
 私はいま実家に帰ってきていた。
 治療が始まって5日が経ち、私の身体をむしばむ呪いは大分解けていた。
 全身に刻まれていたアザは消え、慢性的な頭痛もウソのようにない。
 そんな快復を見たフリッツは、両親へと元気な姿を見せてはどうかと私を外出に誘ってくれた。
 
「フリッツ殿……この度は急な依頼に関わらず……ご無理を通していただき誠に感謝に耐えません」

 父が深々とフリッツに頭を下げている。

「いえ。“お山”から緊急の解呪依頼には驚きましたが、アルミアの名を見てすぐに決意しました」

 フリッツと両親はすっかりと打ち解けているようだった。
 
「彼女の身体に巣食っていた呪力は取り除きましたので、心配は無いと思います。様子を見るためもう数日お預かりすることになるとは思いますが」

 フリッツの言うとおり私の体調はほとんど完治していた。
 自分でも身体に呪力が残っているという感覚は殆ど無い。
 入る隙間のない込み入った話を続ける父とフリッツを尻目に、手持ち無沙汰になった母が、私の方に近づいてくる。

「ねえねえアルミア。フリッツ様とはどうなのよ?」

 そっと母が耳打ちしてくる。
 唐突な言葉に私はびっくりした。

「どう……って」

「その胸のブローチ、フリッツ様からのプレゼントでしょ? 随分といいものじゃない」

 目ざとく見つけた母は、にやにやと笑う。
 その通りで私の胸にある緋色のブローチはフリッツからの贈り物だった。

「え、ええ。君に似合いそうだって……」

 安物よ、と謙遜したくもあったがどう見てもそれは特注品の価値がありそうなものだ。
 それどころか今日着ているものは全てフリッツから贈られたものだった。
 外出する際に、せっかく外に出るのだからと買い物を勧められ、あれよあれよという間に着飾らされてしまった。

「こんな良い物を贈られるなんて、そうとう貴女のことを気に入ってるみたいね」

「えっ……そ、そうかしら」

 動揺した私に、母はウィンクをしながらニヤニヤとわらって言葉を続ける。

「アルミア……引く手あまたの宮廷魔術師様が、お役目を押してまで貴女を救ってくれた。その意味……わからないわけじゃないわよね?」

 続けられた言葉にどくん、と胸が高鳴る。
 考えないようにしてきたことだった。

「そんな、フリッツとは“お山”の学院で同期だったから、その縁ってだけで」

 そう笑顔で告げる母のかしましさに私は溜息をつく。
 だが母は、意地悪くニマニマと笑い話を続けてくる。
 
「んもう。その学院にいるときから彼のこと気にしていたじゃない。長期休暇で帰ってくる度にフリッツ様の話ばっかりしてたわよ」

 確かにそうだった気はする。
 私とフリッツは、呪力の学校である、“お山”――「アシュラド山」に設営された呪力学院にいた時に出会った。
 それから同門として交流を深め、色々と気があった仲ではあった。
 しかし、男女の仲として聞かれると戸惑いが残る。

「そりゃ昔は仲が良かったけど、そんな3年前の話よ……それに向こうは伯爵様より上の扱いなのよ、釣り合わないわ」

 フリッツの肩書である宮廷魔術師は王都における伯爵家相応の扱いである。
 地方伯と王都伯は肩書の名前は一緒だが、王都伯のほうが露骨に格が上だ。
 そんな高貴な方に少し昔なじみというだけで釣り合うわけもない。
 目を伏せる私を覗き込むように母は顔を近づけ、耳元で断言した。
 
「ねえ、アルミア、あなた……フリッツ様と一緒にいる時本当に楽しそうに笑ってるのよ」

 私はついに返答に詰まった。
 代わりに考えた。フリッツのことをどう思ってるのだろう。
 その質問に答えたいと思っても口が開かない。
 確かにここ5日間も、フリッツと一緒の空間で暮らしてきて、驚くほど気取らず一緒に居れた。
 離れていた年月なんてなかったように会話も弾んだ。
 私は答えを探すためにちらりとフリッツの方を見ようとして、そちらに顔を向けられない自分に気づいた。
 代わりに母の顔を見た私は、その瞳が潤んでいることに気づいた。
 
「アルミア……あんなにつらそうな顔をしていた貴女が、こんなすぐに笑顔をみせてくれるようになったのは奇跡だわ……それがフリッツ様と居るおかげなら、お母さんは貴女たちを全力で応援したいわ」
 
 その言葉に私は衝撃を受けた。確かに、命の危機を乗り越えながら私は笑えるようになっていた。
 だが、私の胸の中でそれに反する思いがあった。
 
(違うよ、お母さん……フリッツの目的は、私の身体の呪いを吸うことだったのよ)
 
 フリッツはそう告げた。呪術師である自分の力を向上させるために治療を行ったと。
 それが私にとっても納得できる理屈だった。
 贈られたものも、提供した呪いの対価の一部なのだろう。
 宮廷魔術師である彼が、今更私なんかを好意で助けるわけもない。
 そんな風に納得したようとしたら、胸の奥がもやっとした。

「そういえばアルミア、今日は泊まっていくのかい?」

 色々と考えこんで、うつむいてしまった私の後から父が不意に割り込んできた。

「タリスマン男爵……申し訳ありませんが、アルミアの治療も終わってませんので、今日の所は別荘の方へ戻ろうかと」

 それに対してフリッツが苦笑しながら応える。
 父が残念そうに頭を振った。
 私はというもの母との込み入った会話で、テンパっていて話が全く頭に入ってこない。
 ぼーっとしているとフリッツが目の前に立って手を伸ばしていた。

「アルミア、さあ帰ろう。……どうした? 様子が変だな」

 私は反射的にその手を握れず顔をそらしてしまった。
 私の胸がまるで少女のように本気で高鳴った。
 
「あ、う……ご、ごめんなさい一人で立てるから」

 慌てて1人で立ちあがる。首を傾げるフリッツを横目に私は自分の心情に驚いた。
 もう疑いようもない。私は彼のことを気にしている。
 あるいは3年前見ないふりをした思いをもう一度見返しているのか――答えは出なかった。
 


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