西伯利亜巌窟王奇譚~復讐の凍原(ツンドラ):大正から昭和。激動の時を経て、男は凍土の彼方から帝都に還る。
大正七年。シベリア出兵の最前線で、一人の日本人青年将校が消えた。会津藩士の末裔・剣城志郎は、陸軍士官学校を卒業した騎兵少尉。伯爵令嬢・和泉紫織との婚約も整い、将来を嘱望される青年であった。その部下には、朝鮮人ムン・サンウの名を持つ帝国陸軍軍曹・向井三郎がいる。
志郎の転落は、親友・黒永龍一の裏切りに始まる。軍需物資横領と戦犯隠匿に絡む巨大な利権構造の一端を目撃してしまった志郎は、権力者たちの罠に嵌められ、「軍資金強奪と反逆」の汚名を着せられたまま、極寒のシベリアンスキ強制収容所へと送られる。婚約は破棄され、名誉も未来も、すべてが奪われた。
十年の歳月が流れる。謎の老人・ポクロフスキ老師の助けを得て脱獄に成功した志郎は、記憶を失い軍閥の手先に成り果てていた向井三郎——ムン・サンウと、黒永の裏切りによって苦界に沈められた侯爵令嬢ナターシャと再会、華麗なる復讐劇の幕が開く。かつて草原を支配したタタールの王、ジョチ・ウルスの遺した莫大な財力を得て、米中ソにわたる国際的人脈を持つ「亡命貴族ユーリィ・アレクサンドロフ侯爵」として帝都・東京に現れた志郎。 だが、かつての彼を知る者は誰一人その正体を見抜けない。
志郎を陥れた三人は、それぞれ権力の頂点にいた。親友・龍一は参謀将校として陸軍中枢に上り、紫織を妻に娶って貴族院議員・和泉伯爵家当主の座を手中に収めている。志郎を軍法会議に嵌めた法務官・蛭田銑司は大審院判事として司法の頂点に立ち、財界では帝都第一銀行頭取・鮒島満蔵が、軍と政界の双方に深く根を張っている。
志郎ら三人は、それぞれの弱点を精緻に突き、次々と敵を自滅へと導いていく。鮒島はムンが仕掛けた巧妙な詐欺に嵌り、不正融資の証拠によって金融界から追放される。龍一は、自ら仕掛けた法廷の場でナターシャに「英雄の仮面」を剥がされ、名誉を守るための自決を遂げる。そして最後に残った蛭田は、志郎を陥れるために自ら張った罠に絡め取られ、地位も名誉も失う。
激動の昭和の時代——永田鉄山、井上準之助、川島芳子ら、歴史の表裏を生きた人物
たちとも交錯しながら、時代を駆け抜ける三人。そのかたわらには、不遇の女・多恵、財閥夫人・美弥子、三代にわたる因縁を背負う本多家の人々が寄り添い、或いは立ちはだかる。時代の波に翻弄されながら生きる数多の人々。そこに絶対の正義も、絶対の悪もない。 時は進んで開戦前夜の昭和十六年。北の果て、アイヌのコタン。贖罪の旅を終えた男が、若き医師・山川淳の前で静かに息を引き取る。その顔に浮かぶ安らかな微笑み。
復讐と赦し、業と贖罪。 ——凍りついた大地にいつか訪れる雪解けを、本作は問い続ける。
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