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アナベルの怒り

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 クレメンタイン公爵家では、突然の訪問者の乱入にですさまじい冷気が吹き荒れています。

「本日は公爵家に抗議にまいりました!」
 
 開口一番そう叫んだのは、アナベル・エマ・シンクレイヤ侯爵令嬢でした。

「まぁまぁ、お姉さま。お話はゆっくりと伺いますからね。このお話はお父様やお母さまだけではなくフランお姉さまやお兄さまにも聞いていただいた方がよろしいんじゃなくて?」

 ロッテはそうアナベルと宥めると、ミリーに合図を送りましたから、ミリーは直ぐにもセントメディア侯爵家に使いを出して、フランチェスカお姉さまと、エルロイお兄さまを呼び出してくれる筈です。

 さすがにシンクレイヤ侯爵夫妻を呼び出す必要はないでしょう。
 大抵のことなら宰相であるお兄さまや、フランお姉さまが解決してくれるでしょうからね。

 ロッテはアナベルを客用の応接室に案内しました。
 ここは広々としている分、声が外に洩れません。
 アナベルはかなり興奮していますから、そんな様子は使用人には見せない方がよいでしょう。

 知らせを受けて、お母さまとお父さまも飛んでこられましたし、魔術馬鹿ですぐに自室に籠ってしまうセディも、しぶしぶやってきました。

 セディは天才にありがちな視野狭窄があり、自分の実験と愛しいロッテの事以外には、ほとんどなんにも興味も示さないのです。ロッテに夢中になったことすら、公爵家の人々には奇跡に思えたくらいです。

 セディが部屋に入るなりアナベルが殺気を込めた目でセディを睨みましたから、原因はセディだということは誰の目にも明らかになりました。

 それがわかった瞬間、お母さまが密かに頭を抱えたのがわかりました。
 どうやらこうやって、セディが糾弾されるのは、珍しいことではなさそうです。

 そうこうしているうちにセントメディア侯爵夫妻到着の知らせがあり、お兄さまとお姉さまが来てくださいました。

 テーブルについて全員にお茶が配られメイドが引き下がったのを確認して、お姉さまが口を開きました。

「さて、いきなりこれだけの人を呼び出すなんて、いったい何事なの? アナベル。よほどのことなのでしょうね」

「ええ、お姉さま。これには私の人生がかかっていますわ。このままでは私、はギャラガー侯爵家から婚約破棄をされてしまうかもしれませんの」

「ほう。いきなり婚約破棄とはな。いったい何があったんだね。アナベル。みんなにわかるように説明してくれないか?」

 お兄さまはそう言いましたが、ロッテはなんだか嫌な予感がしました。
 今日の昼食会で、私はギャラガー侯爵夫人とソーサン嬢と会話したばかりです。
 何かまずいことでも口走ったのでしょうか?

「私が、コールさまとの婚約に持ち込むまで、それはそれは涙ぐましい努力をしたことはフランお姉さまが、よおくご存知ですよね」

 アナベルの言葉にフランお姉さまも頷きました。
 ロッテだってアナベルがコールにエスコートしてもらうために、恐ろしく努力したのは知っています。

 アナベルはギャラガー侯爵夫人のサロンやお茶会は全部出席したし、ソーサン嬢のお話相手としてギャラガー侯爵家に日参までしたんですからね。

 アナベルは15歳ですが、これは貴族令嬢としてはかなり不利です。
 日本でいえば30歳なのですが、忌々しいことに爵位持ちの男は若い女を好む傾向があるからです。
 それでもコールに求婚させたアナベルは、大したものなんです。

 ビシっとアナベルはセディを指さして叫びました。

「それなのに、あの男はギャラガー侯爵夫人とソーサン嬢も参加なさっている『お話の学び舎』ソサエティーから魔法でロッテを攫ったあげく、あろうことか男性侵入禁止の『お話の学び舎』ソサエティーの館に侵入して、ロッテは連れて帰る! って言ったんですよ!」

 それを聞いてみなさんギョっとした顔をしました。
 『お話の学び舎』ソサエティーは、男性厳禁なのですね。
 そういえば各ソサエティーに招待されるのは、大変な名誉だと聞いています。

 招待されないでソサエティーに侵入したセディは、それだけでアウト! ですよね。 
 しかも男性厳禁の館だとすると……。

「えーー。もしかして私も『お話の学び舎』ソサエティーを除名処分されるんじゃ!」
 
 ロッテの叫びにアナベルは冷ややかにいいました。

「今頃わかったの? ロッテ。私たちこいつのせいで、すっごくピンチなんですからね。セディがソサエティーに侵入してロッテを攫った話は、あっという間に社交界に広まったわよ。私も、『あなたの妹さまの婚約者は情熱的ですのね。コールさまも情熱的なのかしら?』って嫌味を言われたんですからね」

 アナベルは怒りのあまりふるふると震えていますし、やらかしたと知ってセディの頭は、また地面にめり込んでいます。

「なるほど。めずらしく国王が、『そなたの息子は情熱的だのう」とご機嫌な様子だたのはその噂のせいか」
と、お父さまが言えば

「ええ、私は『シャルロット嬢に、もう少し男性操縦術を仕込まれては?』って言われましたわねぇ」
 と、お母さま。

「私は『魔術師塔は暇なのですかな』と言われたな」
 ってお兄さまも納得しています。

「私のところでは『妹さまは大人しすぎるのではありませんの。お姉さまが助けてあげればよろしいのに』だったな」

 凄い! フランお姉さまに皮肉を言える人がいるなんて。
 そんな場合ではありませんわよね。
 やらかしたのを、なんとか挽回しないと。

「私は魔術にそれほど詳しいわけじゃないけれどねぇ。セディ。お前ロッテになにか呪術を仕込んでいるよねぇ。ちょっと術式を公開してくれるかなぁ」

 お兄さまがセディに優しく命令しています。
 このお兄さまが優しい時って、じつはすっごくお怒りモードの時なんです。

 セディは真っ青な顔をしていましたが、涙目になって術を公開しました。

 その途端、私の身体は魔方陣に覆われました。
 私って、いつもこの魔方陣に囲まれていたんですね。

「ほほう!」

「まぁ」

「これはこれは」

「すごいわねぇ」

「ここまで執着するのもどうかと……」


 な、なんなんですか?
 いったいセディは私に何の魔法をかけていたんでしょう。

 お兄さまが私の顔を見てゆっくりと説明してくれました。

「ロッテ。これは束縛の術式だ。囚人が逃げだした時に、すぐに捉えることができるように作られた術式だね。これがある限り、ロッテがどこにいてもセディはロッテを呼び戻せるんだよ」

 そしてお兄さまはセディに向かって聞きました。

「セディ。何か言い訳できるなら言いなさい」

 セディはガタガタと震えていましたが、爆弾発言をしました。

「ソサエティーに侵入したことと、ロッテの意思に反して召喚したことは謝ります。マクギネス公爵夫人と『お話の学び舎』ソサエティーには正式に謝罪に伺います。けれどこの束縛の術式は解除しません。私はもう二度とロッテを見失いたくないんだ! この術式はロッテが危険にさらされた時にしか、もう二度と使いません。申訳ありませんでした」

 お兄さまたちはセディの執着の凄さに唖然としてしまったようで、誰もなにも言えなくなりました。

 お父さまがやれやれというように首を振りました。

「まぁ。セディの奇人変人ぶりは今に始まったことではない。クレメンタイン公爵家からも正式な謝罪を『お話の学び舎』ソサエティーに入れておこう。セディはそれなりの誠意を見せることだな。確か『お話の学び舎』ソサエティーでは、図書の修復や古文書の研究のために『図書研究所」を王立図書館の隣に建設したいと言っておったようだが」

「はい、父上。その『図書研究所』については、全額私が負担して建設いたします」
 
 セディが了承して、この件はこれで終わりそうになりましたが、アナベルは納得しません。

「私の評判はどうなりますの。もしもコールに振られでもしたら……」

「そんな事にはなりませんわ。私からキャロルやソーサンに、話を通しておきますからね。大丈夫よ。変な言い方だけれど、キャロルやソーサンは子供のころからセディを知っているのよ。悪気が微塵もなかったことだって、わかっているわ。ましてアナベルの婚約を破棄することはありませんよ。安心しなさい」

 お母さまがにっこりとアナベルを宥めたので、アナベルはようやく肩の力を抜きました。

「セディのお仕置きは、私に任せて下さい。魔術塔は少し暇すぎるようなのでね。セディにはしっかりと働いてもらいますよ」

 お兄さまがそう言えば、お姉さまも

「確かにロッテは少し優しすぎるわね。束縛の術式を解かないなら、せめてロッテの自由行動を確保しないといけないわ。いいこと、もしもロッテに危険がないときに術式を使ったら、ロッテはシンクレイヤ侯爵家に戻します。そしてセディ、あなたの反省が認められるまで、面会禁止処分にしますからね」

「そんな!」

 セディは悲鳴をあげましたが、お姉さまに睨まれて、黙り込みました。
 これでいきなりセディに連れ去られることはなくなりましたが、誰も束縛の術式を解除させようとしないのは何故なんでしょうね。

 私がそれを質問したら、皆が一斉に目を逸らしました。
 おねえさまが、みんなを代表して私に説明しました。

「あいつが落ち着いて待て! ができるようにするにはロッテが自分のものだっていう保証が必要なんだ。束縛の術式を解除させたら、セディはきっと四六時中ロッテの側から離れなくなりそうなんだ。それこそ魔術師の仕事も伯爵領も放り出してね。だから悪いがロッテ、束縛の術式だけは我慢してやってくれ」

 なるほどねぇ。
 なにもそこまで心配しなくたってよさそうなものですけれど。
 まぁ呪術は見えないし、問題ないっていえばないですしねぇ。
 
 ロッテはそのような考えごとにふけっていたので、フランチェスカがそのあとぼそりと呟いた言葉は聞こえませんでした。

「だって束縛の術式を解いたら、セディのやつ絶対にロッテを監禁するだろうからな」
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