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第1章
第4話 真摯な騎士様は夢じゃない
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号泣したあと素敵な騎士に、これまでのことを洗いざらい愚痴って、気付いたら眠っていて……朝だった。しかも起きたら見知らぬ部屋。
ふかふかの掛け布団に毛布、シトラス系の香りが鼻腔をくすぐる。
服もワイシャツとスーツではなく、麻布で作られたチュニックをワンピースのように着ていた。傍には厚めのカーディガンが畳まれている。自分で着替えた記憶は――ない。
(ゆ、夢じゃなかった……。そしてやってしまった……)
絶望に打ちひしがれていたら、ノックの音が聞こえた。「はい」と迂闊にも返事をしてしまった自分を呪う。
部屋の扉を開いたのは、背の高い白衣に身を包んだ老婆だった。
銀髪のクセのある長い髪、オレンジ色の瞳、若い頃はモテそうな整った顔立ち。背筋をピンと伸ばしており、ただ者ではない空気に萎縮してしまう。
(あれ? あの騎士さんじゃない?)
「お。起きたかい。……おい、ヴェノム、嬢ちゃんが起きたよ」
(ヴェノム……?)
そう隣の部屋に向かって声を上げると、物を落とした音やら、何かにぶつかる音が聞こえ、数秒も経たずにドタバタと足音がこちらに近づいてきた。
「ドクターヘルガ。彼女が目を覚ましたって!?」
(昨日の騎士さん!)
「ああ。顔色も良いようだし、外傷もない。グッスリ寝たことで頭もスッキリしているだろうから、お茶でも飲みながら今後の話を詰めておくんだね」
「ああ、助かったよ」
「それじゃあ、また何かあったら声をかけておくれ」
ドクターヘルガと言う老婆は、そのまま部屋を出て行ってしまった。
恐らく彼女が私の着替えや診察をしてくれたのだろう。そう思うことにした!
入れ替わる形で、昨日の壮年の騎士が部屋に入ってきた。甲冑を装備しておらず、白いシャツに厚手の紫紺のカーディガン、黒のデニムズボンで、焦げ茶のブーツとラフな格好だ。
(私服も格好いいとかずるい)
「目が覚めたようでよかった」
溢れ出る色香に思わず見惚れてしまった。
ちょっと髪が乱れているのも格好いい。――って、違う。
(落ち着け私、人の優しさに、ぐらってしただけで、この人が信用出来るかはまた別! 思い出せ、あのムカツク王子と大司祭を!)
「目が覚めたところで悪いのだが、少し話をしても大丈夫か?」
「はい。……昨日は助けて頂きありがとうございます」
彼は私――というより、その向こうにある何かを懐かしんでいるような目をしていた。私を誰かと重ねているのかしら。
穏やかで、けれど何処か寂ししそうな――鳶色の瞳にドギマギしてしまう。
ぽん、と頭に触れ小さな子供をあやすように撫でる。
(な、なんなんですかあああああああああああああああああああ。さらっとボディータッチだけど、嫌じゃない。子供と思われているかもしれないのは、ちょっと癪だけれど……)
自分の童顔が恨めしい。
もしかしなくとも、大人の女性に見られていない気がする。不服だったのが顔に出てしまったか、あるいは気配を察知して彼は手を離した。
「――っと、すまない。つい癖で」
「あ。もしかして娘さんか妹さんがいるのですか?」
「年の離れた妹がいたんだ」
(なるほど、妹。……いた? 過去形なのは……)
「朝食がまだだっただろう。軽いものでよければ一緒にどうだ?」
「はい、喜んで」
妹というか子供扱いされてしまい、胸がチクっとしたが気のせいだ、と言い聞かせる。
彼は手を差し出し、その紳士的な態度に感動してしまった。
(クデール法国の塩対応の後だから、ちょっとした優しさが胸に染みるんだわ)
一階はリビングと台所があり、造りを見ても元の世界からあまりかけ離れていなかった。生活水準的には、パッと見てさほど変わらない気がする。
水回りの水道も通っているようで、キッチンを覗くとガスコンロに似た作りの物があり、スイッチ一つで火が付くらしい。
外は雪がぱらついているのが窓から見えたのだが、部屋は十分に暖かい。エアコンやストーブが見えないので、何か別の要素が働いているのだろうか。
「何か手伝いますか?」
「いや。……あー、そうだな。客人には悪いが、カップと皿を二人分、戸棚から出してもらえるだろうか」
「わかりました!」
気を遣って指示を出してくれたのだろう。
調理場を見てもわかるフライパンやら、冷蔵庫に似た箱などが見えた。
「この火はガスで付いているんですか?」
「ん? いや。魔導具によって火を錬成、調整している」
「魔導具。この世界では科学の代わりに、魔法や魔導具が生活水準を引き上げているってことですかね……」
「そうだな。異世界では魔法や魔導具、呪いなんてものに悩む者はいないのだろう?」
「はい。その代わり電気やガスが……」
(あれ? いつそんな話をしたかしら?)
ふと泣きながら思いの丈を愚痴っていた記憶が浮上し、慌てて記憶に蓋をした。人間、都合の悪いことは無かったことにするのが、精神安定において大事だったりする。
「……つかぬ事を伺いますが、昨日……私どこまで貴方に話しました?」
「そうだな。クデール法国で聖女の適性がなかったことから、元の世界に戻れないとか、元の世界での生活のこととか――」
「そ……そんなことまで!?」
「ああ、でもまだ聞いてないことがあった」
「なんです?」
「君の名前だ。俺はヴェノム・アルフォード、エルレゼル聖獣国の聖騎士長を務めている」
「私は……一条紗菜です。紗菜が名前で、一条が名字、姓です」
「イチジョウサナ、やっぱり変わった名前なんだな。じゃあ、サナと呼ばせて貰うがいいかな?」
「はい」
笑うと目尻が下がる。そんな些細な表情の変化にドキリとする自分がいた。
きっと人たらしという人種は、自然に笑顔を振りまくのだろう。自分もその魅力に惹かれている一人だった。
ふかふかの掛け布団に毛布、シトラス系の香りが鼻腔をくすぐる。
服もワイシャツとスーツではなく、麻布で作られたチュニックをワンピースのように着ていた。傍には厚めのカーディガンが畳まれている。自分で着替えた記憶は――ない。
(ゆ、夢じゃなかった……。そしてやってしまった……)
絶望に打ちひしがれていたら、ノックの音が聞こえた。「はい」と迂闊にも返事をしてしまった自分を呪う。
部屋の扉を開いたのは、背の高い白衣に身を包んだ老婆だった。
銀髪のクセのある長い髪、オレンジ色の瞳、若い頃はモテそうな整った顔立ち。背筋をピンと伸ばしており、ただ者ではない空気に萎縮してしまう。
(あれ? あの騎士さんじゃない?)
「お。起きたかい。……おい、ヴェノム、嬢ちゃんが起きたよ」
(ヴェノム……?)
そう隣の部屋に向かって声を上げると、物を落とした音やら、何かにぶつかる音が聞こえ、数秒も経たずにドタバタと足音がこちらに近づいてきた。
「ドクターヘルガ。彼女が目を覚ましたって!?」
(昨日の騎士さん!)
「ああ。顔色も良いようだし、外傷もない。グッスリ寝たことで頭もスッキリしているだろうから、お茶でも飲みながら今後の話を詰めておくんだね」
「ああ、助かったよ」
「それじゃあ、また何かあったら声をかけておくれ」
ドクターヘルガと言う老婆は、そのまま部屋を出て行ってしまった。
恐らく彼女が私の着替えや診察をしてくれたのだろう。そう思うことにした!
入れ替わる形で、昨日の壮年の騎士が部屋に入ってきた。甲冑を装備しておらず、白いシャツに厚手の紫紺のカーディガン、黒のデニムズボンで、焦げ茶のブーツとラフな格好だ。
(私服も格好いいとかずるい)
「目が覚めたようでよかった」
溢れ出る色香に思わず見惚れてしまった。
ちょっと髪が乱れているのも格好いい。――って、違う。
(落ち着け私、人の優しさに、ぐらってしただけで、この人が信用出来るかはまた別! 思い出せ、あのムカツク王子と大司祭を!)
「目が覚めたところで悪いのだが、少し話をしても大丈夫か?」
「はい。……昨日は助けて頂きありがとうございます」
彼は私――というより、その向こうにある何かを懐かしんでいるような目をしていた。私を誰かと重ねているのかしら。
穏やかで、けれど何処か寂ししそうな――鳶色の瞳にドギマギしてしまう。
ぽん、と頭に触れ小さな子供をあやすように撫でる。
(な、なんなんですかあああああああああああああああああああ。さらっとボディータッチだけど、嫌じゃない。子供と思われているかもしれないのは、ちょっと癪だけれど……)
自分の童顔が恨めしい。
もしかしなくとも、大人の女性に見られていない気がする。不服だったのが顔に出てしまったか、あるいは気配を察知して彼は手を離した。
「――っと、すまない。つい癖で」
「あ。もしかして娘さんか妹さんがいるのですか?」
「年の離れた妹がいたんだ」
(なるほど、妹。……いた? 過去形なのは……)
「朝食がまだだっただろう。軽いものでよければ一緒にどうだ?」
「はい、喜んで」
妹というか子供扱いされてしまい、胸がチクっとしたが気のせいだ、と言い聞かせる。
彼は手を差し出し、その紳士的な態度に感動してしまった。
(クデール法国の塩対応の後だから、ちょっとした優しさが胸に染みるんだわ)
一階はリビングと台所があり、造りを見ても元の世界からあまりかけ離れていなかった。生活水準的には、パッと見てさほど変わらない気がする。
水回りの水道も通っているようで、キッチンを覗くとガスコンロに似た作りの物があり、スイッチ一つで火が付くらしい。
外は雪がぱらついているのが窓から見えたのだが、部屋は十分に暖かい。エアコンやストーブが見えないので、何か別の要素が働いているのだろうか。
「何か手伝いますか?」
「いや。……あー、そうだな。客人には悪いが、カップと皿を二人分、戸棚から出してもらえるだろうか」
「わかりました!」
気を遣って指示を出してくれたのだろう。
調理場を見てもわかるフライパンやら、冷蔵庫に似た箱などが見えた。
「この火はガスで付いているんですか?」
「ん? いや。魔導具によって火を錬成、調整している」
「魔導具。この世界では科学の代わりに、魔法や魔導具が生活水準を引き上げているってことですかね……」
「そうだな。異世界では魔法や魔導具、呪いなんてものに悩む者はいないのだろう?」
「はい。その代わり電気やガスが……」
(あれ? いつそんな話をしたかしら?)
ふと泣きながら思いの丈を愚痴っていた記憶が浮上し、慌てて記憶に蓋をした。人間、都合の悪いことは無かったことにするのが、精神安定において大事だったりする。
「……つかぬ事を伺いますが、昨日……私どこまで貴方に話しました?」
「そうだな。クデール法国で聖女の適性がなかったことから、元の世界に戻れないとか、元の世界での生活のこととか――」
「そ……そんなことまで!?」
「ああ、でもまだ聞いてないことがあった」
「なんです?」
「君の名前だ。俺はヴェノム・アルフォード、エルレゼル聖獣国の聖騎士長を務めている」
「私は……一条紗菜です。紗菜が名前で、一条が名字、姓です」
「イチジョウサナ、やっぱり変わった名前なんだな。じゃあ、サナと呼ばせて貰うがいいかな?」
「はい」
笑うと目尻が下がる。そんな些細な表情の変化にドキリとする自分がいた。
きっと人たらしという人種は、自然に笑顔を振りまくのだろう。自分もその魅力に惹かれている一人だった。
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