切り落としたものの、その先で

別れのあと、彼女は床屋に入った。
理由を説明するためでも、誰かに見せるためでもなく、ただ自分の髪を切るために。

駅裏の古い理容店。
赤白青の回転灯。
静かな店内で、彼女はロングヘアから、ショートへ、スポーツ刈りへ、そして坊主、スキンヘッドへと、自分の髪を段階的に失っていく。

落ちていく髪。
変わっていくシルエット。
鏡に映る、知らなかった自分。

理容師・榊は、踏み込まない距離を保ったまま、彼女の選択を淡々と受け止める。
問い詰めない。慰めない。押しつけない。
ただ、切るべきものを、確かな手つきで切っていく。

髪を切るという行為は、彼女にとって「喪失」ではなく、「整理」だった。
誰かの好みのために存在していた自分。
守られることで保たれていた弱さ。
それらを、音と振動と冷たい外気の中で、少しずつ手放していく。

そして、すべてを剃り終えたあとに残ったのは、
裸の頭と、逃げない視線と、静かな再起動。

恋はまだ始まらない。
けれど、戻ってこられる場所と、選び直せる自分が、そこにはある。

床屋という密閉された空間で描かれる、髪と身体と心の変化。
切ることと、伸びること。
終わることと、続くこと。

これは、恋愛小説であり、
同時に「自分を取り戻す物語」である。
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