かわいそうの向こう側
日頃テレビやネットで見ていて、動物保護に関わる活動をされている方々には、深く尊敬の念を抱いています。
今回の作品は、様々な状況に置かれた犬たちの視点で物語は進みます。
救いの手が必要な命たちと保護活動を行う方たちへの、私なりのエールとして書かせていただきました。
一括りで保護活動に関わる方といっても、保護団体から個人で活動する方々や、カフェやペットショップ、最近では一部のホームセンターでも活動されるようになりました。そして、ほぼ無償で治療を行う獣医さんやスタッフの方、保護犬・保護猫を人慣れさせるために預かっている方、保護犬・保護猫を家族として迎え入れた方など、このように沢山の方たちが関わっています。
これだけ沢山の方々が連携を取って活動するのはただ1つ、何処かで辛い思いをしている大好きな動物たちを1匹でも多く救うためです。言葉にするのは簡単ですが、実際の苦労は言葉では到底言い表せるものではないでしょう。心を病んだ飼い主を説得し、飢えて、汚れて、傷ついて、病んだ子たちを救出していく。救えた命もあれば、手の施しようがなく旅立った命もあったでしょう・・・。考えただけで、身を引き裂かれるような思いに駆られてしまいます。
本来、弱いものを助けることは誰にでも出来る筈の当たり前のこと。けれど実際は、残念ながら誰にでも出来ることではありません。
誰にでも出来ることで、実際出来ているのなら、もう保護活動の必要性がない筈だからです。
酷い環境に置かれた動物たちがいることを、私を含む多くの人は、テレビ・ネット画像・文字で認識しています。
ただそれは、画面越し・言葉越しの切り取られた[かわいそう]でしかありません。
けれど、保護活動を行う方々は、現場の匂い・悲痛な声・凄惨な姿や空気が漂う、現実に実在する地獄、[かわいそうの向こう側]へ踏み込んで、向き合い、1匹でも多く、救える命を救うことに、全力を人生を注いでいる。
そういった意味合いをタイトルに含ませました。
詳しい知識も表現力もないので、現状を知る方々からすれば、この作品はかなり幼稚な想像物です。
けれど、1人でも多く何か感じ取っていただけたら嬉しく思います。
今回の作品は、様々な状況に置かれた犬たちの視点で物語は進みます。
救いの手が必要な命たちと保護活動を行う方たちへの、私なりのエールとして書かせていただきました。
一括りで保護活動に関わる方といっても、保護団体から個人で活動する方々や、カフェやペットショップ、最近では一部のホームセンターでも活動されるようになりました。そして、ほぼ無償で治療を行う獣医さんやスタッフの方、保護犬・保護猫を人慣れさせるために預かっている方、保護犬・保護猫を家族として迎え入れた方など、このように沢山の方たちが関わっています。
これだけ沢山の方々が連携を取って活動するのはただ1つ、何処かで辛い思いをしている大好きな動物たちを1匹でも多く救うためです。言葉にするのは簡単ですが、実際の苦労は言葉では到底言い表せるものではないでしょう。心を病んだ飼い主を説得し、飢えて、汚れて、傷ついて、病んだ子たちを救出していく。救えた命もあれば、手の施しようがなく旅立った命もあったでしょう・・・。考えただけで、身を引き裂かれるような思いに駆られてしまいます。
本来、弱いものを助けることは誰にでも出来る筈の当たり前のこと。けれど実際は、残念ながら誰にでも出来ることではありません。
誰にでも出来ることで、実際出来ているのなら、もう保護活動の必要性がない筈だからです。
酷い環境に置かれた動物たちがいることを、私を含む多くの人は、テレビ・ネット画像・文字で認識しています。
ただそれは、画面越し・言葉越しの切り取られた[かわいそう]でしかありません。
けれど、保護活動を行う方々は、現場の匂い・悲痛な声・凄惨な姿や空気が漂う、現実に実在する地獄、[かわいそうの向こう側]へ踏み込んで、向き合い、1匹でも多く、救える命を救うことに、全力を人生を注いでいる。
そういった意味合いをタイトルに含ませました。
詳しい知識も表現力もないので、現状を知る方々からすれば、この作品はかなり幼稚な想像物です。
けれど、1人でも多く何か感じ取っていただけたら嬉しく思います。
目次
感想
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
『最後に名前を呼ばれた日、私はもう妻じゃなかった』
まさき
恋愛
「おい」「なあ」
それが、夫が私を呼ぶときの言葉だった。
名前を呼ばれなくなって三年。
私は、誰かの妻ではあっても、もう“私”ではなかった。
気づかないふりをして、耐えて、慣れて、
それでも心は、少しずつ削れていった。
——だから、決めた。
この結婚を、終わらせると。
最後の日、彼は初めて私の名前を呼ぶ。
でも、その声は、もう届かない。
声劇・シチュボ台本たち
ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。
声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。
使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります)
自作発言・過度な改変は許可していません。