忘れられた季節 小説一覧

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読切短編 北を向く

読切短編 北を向く
2071年。温暖化により桜の開花パターンが崩壊し、「桜前線」という言葉が気象用語から消えて三十年が経つ。 民俗学の研究者である私は、かつて前線が通過した地域を鹿児島から北へ辿りながら、老人たちに話を聞いていた。質問はひとつだけ。「春になると、何か変わりますか」 三月になると空が気になる。北の方向が気になってしょうがない。毎年この頃になると落ち着かなくて困る——桜がなくなっても、その感覚だけが残っていた。 前線は消えた。でも人間の体の中で、それはまだ動いていた。 調査の最終地点、稚内で出会った九十二歳の元気象観測員。最後の桜前線を記録した人物。彼女もまた、桜のない窓の外を、北を向いて見ていた。 報告書を書き終えて、私は気づいた。自分もいつの間にか、北を向いていた。
SF 完結 ショートショート
感想数 0 文字数 1,125 最終更新日 2026.05.07 登録日 2026.05.07
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読切短編 非公開設定

読切短編 非公開設定
四月になると、公園に人が増える。正確には、カメラを持った人間が増える。 桜前線が北上するニュースの翌日、インフルエンサーたちがやってくる。構図を決めて、撮って、去る。その動画は五万回再生され、コメント欄には「綺麗」と並ぶ。三十年この公園を管理してきた男には、その「綺麗」が、どこか遠い言葉に聞こえた。 公園の奥の斜面に、樹齢百年の山桜がある。写真映えはしない。誰も足を止めない。 今年の三月、管理人は入り口に柵を立てた。看板には「整備中」と書いた。 染井吉野が散り、桜前線のニュースが止み、インフルエンサーたちが次の話題へ去った五月——山桜は、誰も知らないまま満開になった。 見た、ということで十分だと思った。
現代文学 連載中 ショートショート
感想数 0 文字数 1,091 最終更新日 2026.05.09 登録日 2026.05.09
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