記憶と時間 小説一覧

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冬の余白

雪の降る午後、古いアパートの一室で猫と暮らす美雪。編みかけのセーターを膝に、窓辺に舞う雪を眺めながら、彼女の心に過去の記憶がそっと蘇る。 三年前の恋人との思い出、今はもうない温もり、そして静かに寄り添う白い猫の存在——。 日常の何気ない瞬間に宿る感情の襞を、詩的で繊細な筆致で描いた、心に余韻を残す冬の物語。 記憶は雪のように降り積もり、そして溶けて、また新しく舞い始める。 孤独と温もりが交錯する、ひとりの女性の静かな冬の一日。
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読切短編 北を向く

2071年。温暖化により桜の開花パターンが崩壊し、「桜前線」という言葉が気象用語から消えて三十年が経つ。 民俗学の研究者である私は、かつて前線が通過した地域を鹿児島から北へ辿りながら、老人たちに話を聞いていた。質問はひとつだけ。「春になると、何か変わりますか」 三月になると空が気になる。北の方向が気になってしょうがない。毎年この頃になると落ち着かなくて困る——桜がなくなっても、その感覚だけが残っていた。 前線は消えた。でも人間の体の中で、それはまだ動いていた。 調査の最終地点、稚内で出会った九十二歳の元気象観測員。最後の桜前線を記録した人物。彼女もまた、桜のない窓の外を、北を向いて見ていた。 報告書を書き終えて、私は気づいた。自分もいつの間にか、北を向いていた。
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