結局、低姿勢こそが最強のビジネススキルである

「モテない人」のほうが、「仕事がデキる」ようになる理由

「モテ」と「仕事」の意外な関係

若い頃、異性からモテる友人らを見て「はぁ……、羨ましいなァ」と思った方は多いだろう。いや、「羨ましいなァ」どころではなく「この野郎! 貴様らは地獄に落ちろ!」とまでの憤怒の感覚を抱いた方もいるかもしれない。

しかし、若い頃(28歳ぐらいまで)にモテないというのは、実はその後のビジネスを考えると実に有用な体験となるのである。本連載の核となるのは「低姿勢」だが、モテないことにより、「低姿勢」を自然と獲得できるようになるのだ。

年を取ればモテるかどうかは正直どうでも良くなってしまうが、本当に不思議なことに、若い頃は「モテる=立派な人、モテない=人生に価値がないヤツ」といった単純な図式で捉えてしまう。

ここからは男性視点での「モテ」に入るが、小学生の頃は足が速ければモテた。その後はイケメンがモテるが、30歳を過ぎると、今度は「仕事ができる人」がモテるようになってくる。仕事ができるのであれば、ブサイクでも案外モテる。

昨今「若者の草食化」が取沙汰され、性欲の減少が叫ばれるが、多分それはウソである。もしもこの10年で人間の性欲が減ってしまったのであれば、とんでもない人類の進化における変化であり、四足歩行から二足歩行になったほど、とは言わぬまでも大異変だ。

とにかくモテなかった!

さて、私がモテなかった頃の話をしよう。私が大学に入ったのは1993年。バブルが崩壊し、恋愛を扱うトレンディードラマ全盛期が終わったあたりではあったものの、まだ『あすなろ白書』(木村拓哉の出世作!)というドラマで大学生の恋愛が描かれるなど、世の恋愛至上主義の残滓はあった。

特にクリスマスイブに恋人と一緒に過ごさない人間はロクでなし、といった扱いをされるほどだった。クリスマスが近づくと、大学の仲間達は妙な駆け引きをするようになる。それは12月24日の夜の予定を頑なに聞かない、というものだ。

私が行った大学は男女比が7:1といういびつな構成だっただけに、モテない男は多かったが、妙に12月10日を過ぎると夜一緒に飲んだりしなくなる。皆必死に「クリスマス直前、色々と忙しいアピール」をしていたのだ。一体なんのアピールなのだかは分からないのだが、とにかく12月10日以降は予定が一切空いてない風を装うのが流行っていた。バイト先やサークル等で彼女ができるのを期待するも、できることはない。

そして1993年12月24日当日の18時、私は東京・国分寺の丸井にいた。街を一人で歩く女性と目が合い、いきなり恋に落ち、そのまま「白木屋」かどこかでイブを過ごす最後の期待をし、ただただ丸井の中を歩き続けていた。

カップルがいたら恨みがましい目を向け、一人で歩く女性に対しては「私でよろしければお声掛けくださいませ」なんて思っていた。要するにナンパするガッツもない程度のモテない男だったのである。

しかし、そんな酔狂な女性が現れるわけもなく、結局その日は20時頃、実家に帰って母親が作ってくれたトンカツを食べてその後は「スーパーファミコン」で「ストリートファイターII」なんかをやり、寝る前には、来年のクリスマスには女性となんとか一緒にいたいものだ、と誓うのである。

結果的にその後も非モテは続き、入社3年目(26歳)までにモテることは一切なかった。合コンに行ってもノリの良い同僚の広告代理店男性についていけず、「あの人オタクみたいね」みたいな評価しかなかった。

若手社員の頃は、「モテ」に対して鬱勃たるパトスを抱くものではあるが、この時にモテなかったことから途端に些細なことに感謝をするようになった。それこそ、職場でバレンタインデーに義理チョコをもらえたり、女性を飲みに誘ったら応じてくれてサシで飲めたりしたときなどである。

そんな時は素直に「いやぁ~、今日は○○さんに時間を作ってもらってオレ、本当に幸せでした。1999年で一番いい思い出になりました!」なんて言葉が出る。これは偽らざる本心なのだ。まさか、「女性様」がオレ如きボンクラモテない男に何時間も使っていただけるとは! 本当にこう思ったのである。

この姿勢は実はビジネスにも大いなる影響を与えてくれた。とにかく仕事相手に対して感謝の念を抱くようになったのだ。

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プロフィール

中川淳一郎
中川淳一郎

1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。ライター、雑誌編集などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『縁の切り方 絆と孤独を考える』『電通と博報堂は何をしているのか』『ネットは基本、クソメディア』など多数。

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