はじめまして。米山公啓(よねやま きみひろ)と申します。東京都あきる野市で開業医をしています。専門は脳神経内科です。同時に作家として医学エッセイ、医学ミステリー、医学実用書、時代小説など300冊以上を書いてきました。
本連載では、高齢の方と日々触れ合ってる医師の立場から、健康寿命を延ばす方法を紹介をしたいと思っています。
「健康寿命を延ばす」といっても、粗食をしいたり、毎日の運動を求めたりするような、健康法を説くことはありません。どんなに健康に良い方法であっても、無理は健康寿命を損なうと考えているからです。「無理をしない」をキーワードに、毎日を幸せに、そして健康になる方法を、たしかな医学的根拠をもって伝えていきたいと思っています。
自分が不眠症だと思っている人は、多いものです。毎日よく眠れているという人は、むしろ例外と言えるかもしれません。
睡眠時間は年齢とともに短くなり、よく寝たという熟眠感もなくなってくるものです。
もちろん、心配事で眠れないという日もあるでしょう。
そう考えてみると、毎日規則的にしっかり眠るというのは、非常に難しいことだとわかってきます。
しかし、テレビでよく眠れる寝具などの紹介を見てしまうと、「しっかり眠れないといけないのではないか」「自分は不眠症ではないか」と思い悩むようになります。
そもそもの疑問ですが、しっかり眠るというのはどういうことなのでしょう。
実は、眠るといっても、眠っている間の脳はずっと休んでいるのではなく、様々な活動をしています。
睡眠は、レム睡眠(REMsleep)と、ノンレム睡眠(non-REMsleep)に分かれます。
レム睡眠は、覚醒状態に近い睡眠で夢を見ている時間です。ノンレム睡眠では脳波活動が低下し、脳は休息していると考えられています。
このレム睡眠とノンレム睡眠が90分を1周期で、一晩で4回くらい繰り返します。
睡眠の質にはこういった睡眠のサイクルが非常に大きな要素となります。
では、人はいったい毎日何時間眠れば良いのでしょうか。
実は、絶対的な基準はないのです。睡眠は心配事、肉体的な疲労などの個人的な要因に影響されやすく、睡眠時間が問題なのではないのです。日中の眠気で困らなければいいというのが専門的な考え方です。
それなのに、「1日7時間は眠らないといけない」とか「長く眠れないと健康によくない」と思われがちです。
また、「日本人は慢性的な不眠症である」といったように煽られることも多いのです。
こういったことを元に、「長く眠るほうがいい」という幻想が作り出されてしまっているのです。
睡眠時間は長すぎても、短くても健康を損ないます。
110万人超の男女を対象に約6年間追跡調査し、睡眠時間と死亡リスクの関係を見た米国での研究があります。その結果、睡眠時間7時間を境に短くても、長くても死亡リスクが上がったのです。
睡眠不足により、がん、糖尿病、高血圧、うつ病、認知症など、さまざまな病気のリスクが高まると言われています。反対に8時間を超える睡眠時間の長い人の死亡リスクが、高くなる理由はわかっていません。
少なくとも、長く眠ればいいということはないのです。
それに加えて、多くの研究から、睡眠時間は年齢によって変化していくこともわかっています。
10歳までは8~9時間、15歳で約8時間、25歳で約7時間、45歳で約6.5時間、65歳で約6時間とされています。
つまり、冒頭にも書きましたが、加齢とともに睡眠時間が短くなるのです。
私の外来でも、多くの高齢者の方が不眠をよく訴えます。ですが、年を取ってくれば睡眠時間は短くなるのは当たり前です。それは病気でもなんでもないのです。
自分の若い時と比べてどうしても、睡眠時間が短くて、寝た気がしないということを訴えますが、それは年齢的な自然な睡眠時間の変化なのです。
さらに、歳と共に、早寝早起きになってきます。
これは、血圧・体温・ホルモン分泌など睡眠に関係する多くの生体機能リズムが、変化した結果だと考えられます。だからそれを無理に治そうとするのはおかしいわけです。
また、加齢とともに熟眠感がなくなってきますが、これは深いノンレム睡眠が減り、浅いノンレム睡眠が増えるためです。そのため夜中に目が覚めやすくなって、途中でトイレに起きる回数も増えてしまうのです。
つまり、眠れなくなったというふうに捉えるべきではなく、睡眠の質の変化が起きて、若い時ほど深く眠る必要もなくなってきていると捉えるべきでしょう。