青のパラレルズ

白川ちさと

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第十二話 夏のコンビニ

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 夜でも蒸し暑い空気がまだ残っているかと思っていたが、海から風が吹いて心地よく肌を撫でる。外の新鮮な空気と優しい波の音が気持ちいい。

 罰ゲームだけれど運がいいなと思いながら、雪花はのんびり歩いた。

 夜のコンビニに着くと、カゴの中にポテトチップスやチョコレートなどを投げ込む。お金は一人三百円預かってきていた。千二百円もあれば、お菓子は明日の分も買えるだろう。

 大きなコーラのボトルも買おう。そう思ってレジに背を向け、飲み物のある冷蔵コーナーへ向かおうとしたときだ。

「雪花さん、カゴ持ちますよ」

 声に振り返ると勇樹が立っていた。

「勇樹? なんでいるの?」

 これは雪花に課された罰ゲームだ。

 そもそも、勇樹はさっき花火を買いに来たばかりだろう。

「いや、やっぱり一人じゃ夜は危ないだろうからって、詩帆さんが。俺もそりゃそうだと思って追いかけて来たっす」

「これくらいで過保護じゃない? 別に夜のコンビニぐらい家でも行くんだから。そんなに遠くないし」

 よくコンビニスイーツを求めて、親や弟の分も買いに行っていた。

 だけど、それを聞くと勇樹は焦ったように雪花の肩を掴む。

「だ、駄目っすよ! 雪花さん、可愛いんだから! 夜のコンビニってどんな奴がいるか分からないんだし!」

 可愛い。正面切ってそう言われたのは、幼いころ大人たちに言われたとき以来だ。ポッと雪花が顔を赤らめると、自分が何を言ったか自覚した勇樹も視線を逸らす。

「えっと……、とにかく持ちます」

 勇樹は雪花が持っていたカゴを半ば強引に奪って、飲み物の棚へと歩いていく。

「何を買いますか」

「コーラ」

 カゴに大きなコーラのボトルを入れて勇樹はレジに向かう。

 雪花は少年らしい骨ばった背中を眺めていた。雪花よりも少し高い背。少し外ハネしている髪。こうやってまじまじと見つめることはない。

「もしかして……」

 何度も見た背中だけれど、こうして見つめたことが前にも一度あるような気がした。

「雪花さん。お金は?」

「あ、うん」

 雪花はポケットの中から、預かっていたお金を取り出す。

 会計を済ませると、荷物は全部勇樹が持ってくれた。これでは、本当にババ抜きをした意味がない。けれど、勇樹は雪花に荷物を一つも渡そうとはしなかった。

 雪花と勇樹は並んで宿泊所への道を歩く。

「明日も忙しくなりそうですね。絶好の海水浴日和ですから」

 勇樹がニッカリ笑って雪花に話しかけてくる。その笑顔は夜でも朗らかで明るい。

 自然と雪花も微笑んでいた。

「うん。あ。ねぇ、勇樹に聞きたいことがあるんだけど」

「はい! 何でも聞いてください! 誕生日から血液型、スリーサイズまで雪花さんが知りたいこと何でも答えます!」

 雪花が今まで見せなかった勇樹への興味を見せたからだろう。勇樹は勢い勇んでまくし立てる。

 ずいと近づいた顔を見て、やっぱり違うんじゃないかと思いながらも雪花は聞いてみた。

「この前の、終業式の前の日の花火大会。あの日、雨が降ったでしょ。それで私に神社でハンカチを貸してくれた人がいたの。もしかしたら勇樹じゃないかなって思って」

「花火大会……」

「その人、何も言わずに立ち去っちゃって。ずっとハンカチを借りたままなの。勇樹?」

 勇樹は立ち止まって、ジッと黙っている。考え込んでいるのだろうか。

「どうかしたの?」

 雪花は勇樹の顔を覗き込んだ。

 少しつり目の黒い瞳。真っ直ぐ目の前の景色を向いていたが、どこか違うところを見ているように思えた。

「勇樹?」

「あ、いえ」

 しかし、すぐに元に戻って、いつもの勇樹の顔でニッカリと笑む。

「いや、俺じゃないっす。俺だったら黙って立ち去らずに、雪花さんともっと話そうとしますね。せっかくのチャンスなんで!」

「……そう。そうだよね」

 そうでなければ、次の日いきなり人前で告白なんてしてこないだろう。

 やはり思い違いだったようだ。

「雪花さん。このバイトが終わったらどこに行きます?」

「バイトが終わったら? 気が早いね」

 まだ海の家でのバイトは始まったばかりだ。

 それでも、勇樹に言われるとつい頭の中で計算してしまう。

「でも、確かに日給七千円だもんね。それが七日間。五万円近くか。詩帆の言う通り、ちょっとした旅行が出来るね」

 とはいえ、この海の家のバイト自体が小旅行のようなもので、どこかに行きたいという欲はあまり湧かない。そうとは知らずに勇樹は意気揚々として提案してくる。

「夏だし、北海道とかどうですか!? きっと涼しくて過ごしやすいと思いますよ」

「北海道は魅力的だけど、五万じゃ足りなくない?」

 さすがに飛行機往復代と宿泊代を考えると、結構な金額がかかるだろう。夏休みだし割高なはずだ。

「あ! じゃあ、みんなの足りない分は俺が出すから」

「勇樹……」

 何だか心配になる。雪花などは悪いと思うから断るが、他の友人などは何かと奢らせることが癖になるのではないかと思ってしまう。

「ダメだよ。俺が出すとか気軽に言っちゃ。そのうち、悪い人に付け込まれちゃうよ」

 雪花は人差し指を立てて、勇樹を下から軽くねめつける。

 しかし、雪花は少し怒っているのに勇樹はにやけたままだ。そのことに更に雪花は声を尖らせる。

「聞いているの、勇樹」

「いや、初めて見る雪花さんの表情だなって思って。それに、俺のことを心配してくれているから何だか嬉しくて」

 そう言われると、何だか恥ずかしいポーズをしているような気がしてきた。

「もう! 知らない!」

 せっかく心配しているのに真面目に考えていない。雪花は勇樹を置いて走りだす。

「あ! 待ってください!」

 戻っても、雪花は勇樹としばらく会話しようとしなかった。


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