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32 聖女への憧憬 〜ジン視点1〜
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「ざまあみろ!」
協会で、精霊王の像を蹴飛ばしている子供がいた。
エヴァン王国の民は、こんな奴らばかりだ。
自分たちがどれほど恵まれているのかを知ろうとしない。
与えれて当然だと、感謝すらしない。
精霊の結界が、どれほどの恩恵をもたらしているのかも分からないクズどもめ。
愚かな子供を捕まえて、叱りつけてやろうと思った。
おまえたちが足蹴にする精霊が、この国を支えているんだ。愚かで怠惰な民を守ってくれているんだ、と。
本当に、この国の民は、醜悪なほど愚かだ。
子供が逃げた後、誰もいなくなった礼拝堂で、俺は精霊王の像の前に立った。
やっと、母の故郷を訪れることができたのに……。
寝物語に聞いていた精霊教会は、想像とは全く違った。焼け焦げたゴミためのような場所だった。
俺の名は、ジンソール・ハビル・マグダリス。
マグダリス帝国皇太子の六番目の息子だ。
母親は、エヴァン王国から連れてこられた奴隷だった。皇太子のハーレムに売られた母は、逃亡を図り、足の腱を切られた。その不自由な体が皇太子には物珍しかったのか、何度か夜伽に呼ばれて、俺を産んだ。そして、奴隷から解放された。
俺の魔力が、皇族の中でも、ずば抜けて多かったからだ。
昨年、俺は成人し、皇太子の命令でエヴァン王国に来た。表向きは任せられた商会のため。その裏では、植民地化計画の情報収集をするためだ。
豊かな自然と温暖な気候を持つこの土地を、帝国はずっと前から狙っていた。
「精霊王様に愛されるエヴァン王国の民はね、みんなとても美しいの。中でも王族は、黄金の髪と紫の目をしていてね、輝くばかりに麗しい美貌を持っているのよ。この世界で一番美しい国は、聖女様が守るエヴァン王国よ」
母は、毎晩、俺を寝かしつける時に、エヴァン王国の話をした。
「聖女フェリシティ様はね、母親の身分が低かったから、王妃様や王太子様にいじめられてたの。でもね、誰よりも強い神聖力を持っていたのよ。あなたと一緒よ。ジン」
母の祖母は生贄になった聖女とともに精霊教会で育ったそうだ。伝え聞いた聖女の話を毎晩俺に語って聞かせた。
皇太子妃や兄弟たちにいじめられる俺のことを、母は聖女フェリシティに重ねて見ていた。
「あなたの魔力が高いのは、聖女様のおかげよ。あなたがいじめられているのを見て、力を授けてくださったのよ。あなたは精霊に愛されたエヴァン王国の子供なんだもの。きっと、聖女様は私達のことを精霊界から見守ってくださるわ」
熱心な精霊教信者の母にとって、聖女は心の支えだった。奴隷として売られて、皇太子にもて遊ばれても、聖女がいつか必ず助けてくれると信じていた。
「聖女様は、生贄として精霊界に旅立たれる時に、私のおばあさまに治癒石をくださったのよ。それはね、どんな怪我や病気も治す奇跡の魔法の石なのよ」
その治癒石は母の祖母の宝物だったらしい。母は生まれた時に死にかけていたけれど、その石のおかげで、命が助かったそうだ。奇跡の石だ。
「それがあれば、お母様の足も治るの? もう、痛くなくなるの?」
子供だった自分は、その石が欲しくてたまらなかった。いつも、足が痛いと泣く母を助けてあげたかった。
「ええ、きっとそうね。おばあさまの持っていた治癒石は使ってなくなってしまったけれど、でも、どこかにまだ残っているかもしれないわね」
「だったら、ぼくエヴァン王国に行って、精霊教会で聖女様にお祈りするよ。お母様の足を治す石をくださいって。優しい聖女様なら聞いてくれるよね」
「そうね。もしも、エヴァン王国に戻ることができたら、精霊教会に行くことができたなら……」
毎晩、母の口から語られる聖女フェリシティの話。俺は見たこともないエヴァン王国にずっとあこがれていた。
母の命を救った優しくて美しい聖女の守る国。
世界一美しい国民達。きっと聖女のように綺麗な人ばかりが住んでいるんだ。
大人になったら、エヴァン王国に行って、精霊教会でお祈りしよう。いつも見守ってくれている聖女様に治癒石をもらうんだ。
兄弟たちにいじめられる日々を、金髪に紫の目の聖女を思い浮かべて耐えた。
そんな子供の頃の想いを、大人になるまで持ち続けていた。
オークションに聖女の治癒石が出品されたと情報が入った。
どうせ偽物だと思っていたけれど、それを使った者が、失った腕を取り戻したと聞いた。
まさか本物なのか?
聖女が精霊界に旅立つ前に残したと言われる治癒石が、発見されたのか?
俺は、すぐさまエヴァン王国に行きたいと父に願った。
商人として潜入し、この国の情報を集めることを条件に、やっと夢に見た故郷への帰還を許された。一緒に行けなかった母には、必ず治癒石を手に入れると約束して。
それなのに……。
夢は夢でしかなかった。
エヴァン王国は、愚か者たちの集まった醜い国だった。
精霊教会は焼け落ちて、残った礼拝堂にはゴミが溢れていた。誰も精霊に感謝すらしない。聖女の恩恵を知らない者達ばかりだった。
こんな国、早くつぶれてしまえ。
皇帝はこの国の民を奴隷にして追い出し、この土地を奪うつもりだ。
それでいい。それがいい。
こんな醜い民はみんな追い出せばいいんだ。感謝も努力もしない怠惰な国民は、奴隷になるのにふさわしい。
ここに来てすぐに、俺はこの国を憎むようになっていた。
子供の頃の夢が、現実と違いすぎたのだ。
ただ、治癒石だけは何としても手に入れたかった。母と約束したからだ。
オークションに出品した商人を探し当てた。
治癒石は手元にないが、持っている者に心当たりがあると教えてくれた。
口の軽い商人は、延々と聖女や精霊の話を語った。
母から聞いたことのない聖女の話は面白くて、俺はすっかり夢中になって、何時間も聞き入った。
それで、商人に気に入られて、帝国語の家庭教師を頼まれた。
娘のマリリンに教えればいいのかと聞くと、違うと言う。
なんと、この国の王女に教えてほしいとか。
どこのだれかも分からない商人を、王女に近づけていいのか?
その王女が、国王や王妃から虐待されているのは、有名な話だった。離宮に閉じ込められて、人形のような扱いを受けている。そのかわいそうな王女に帝国語を教えるだけで、貴重な治癒石を売ってもらえるなら、たやすいことだ。
俺は快く引き受けた。
そして……、
出会ってしまった。
俺の運命。子供の頃に夢に見た女性に。
黄金の髪に、大きな紫の瞳をした王女に。
協会で、精霊王の像を蹴飛ばしている子供がいた。
エヴァン王国の民は、こんな奴らばかりだ。
自分たちがどれほど恵まれているのかを知ろうとしない。
与えれて当然だと、感謝すらしない。
精霊の結界が、どれほどの恩恵をもたらしているのかも分からないクズどもめ。
愚かな子供を捕まえて、叱りつけてやろうと思った。
おまえたちが足蹴にする精霊が、この国を支えているんだ。愚かで怠惰な民を守ってくれているんだ、と。
本当に、この国の民は、醜悪なほど愚かだ。
子供が逃げた後、誰もいなくなった礼拝堂で、俺は精霊王の像の前に立った。
やっと、母の故郷を訪れることができたのに……。
寝物語に聞いていた精霊教会は、想像とは全く違った。焼け焦げたゴミためのような場所だった。
俺の名は、ジンソール・ハビル・マグダリス。
マグダリス帝国皇太子の六番目の息子だ。
母親は、エヴァン王国から連れてこられた奴隷だった。皇太子のハーレムに売られた母は、逃亡を図り、足の腱を切られた。その不自由な体が皇太子には物珍しかったのか、何度か夜伽に呼ばれて、俺を産んだ。そして、奴隷から解放された。
俺の魔力が、皇族の中でも、ずば抜けて多かったからだ。
昨年、俺は成人し、皇太子の命令でエヴァン王国に来た。表向きは任せられた商会のため。その裏では、植民地化計画の情報収集をするためだ。
豊かな自然と温暖な気候を持つこの土地を、帝国はずっと前から狙っていた。
「精霊王様に愛されるエヴァン王国の民はね、みんなとても美しいの。中でも王族は、黄金の髪と紫の目をしていてね、輝くばかりに麗しい美貌を持っているのよ。この世界で一番美しい国は、聖女様が守るエヴァン王国よ」
母は、毎晩、俺を寝かしつける時に、エヴァン王国の話をした。
「聖女フェリシティ様はね、母親の身分が低かったから、王妃様や王太子様にいじめられてたの。でもね、誰よりも強い神聖力を持っていたのよ。あなたと一緒よ。ジン」
母の祖母は生贄になった聖女とともに精霊教会で育ったそうだ。伝え聞いた聖女の話を毎晩俺に語って聞かせた。
皇太子妃や兄弟たちにいじめられる俺のことを、母は聖女フェリシティに重ねて見ていた。
「あなたの魔力が高いのは、聖女様のおかげよ。あなたがいじめられているのを見て、力を授けてくださったのよ。あなたは精霊に愛されたエヴァン王国の子供なんだもの。きっと、聖女様は私達のことを精霊界から見守ってくださるわ」
熱心な精霊教信者の母にとって、聖女は心の支えだった。奴隷として売られて、皇太子にもて遊ばれても、聖女がいつか必ず助けてくれると信じていた。
「聖女様は、生贄として精霊界に旅立たれる時に、私のおばあさまに治癒石をくださったのよ。それはね、どんな怪我や病気も治す奇跡の魔法の石なのよ」
その治癒石は母の祖母の宝物だったらしい。母は生まれた時に死にかけていたけれど、その石のおかげで、命が助かったそうだ。奇跡の石だ。
「それがあれば、お母様の足も治るの? もう、痛くなくなるの?」
子供だった自分は、その石が欲しくてたまらなかった。いつも、足が痛いと泣く母を助けてあげたかった。
「ええ、きっとそうね。おばあさまの持っていた治癒石は使ってなくなってしまったけれど、でも、どこかにまだ残っているかもしれないわね」
「だったら、ぼくエヴァン王国に行って、精霊教会で聖女様にお祈りするよ。お母様の足を治す石をくださいって。優しい聖女様なら聞いてくれるよね」
「そうね。もしも、エヴァン王国に戻ることができたら、精霊教会に行くことができたなら……」
毎晩、母の口から語られる聖女フェリシティの話。俺は見たこともないエヴァン王国にずっとあこがれていた。
母の命を救った優しくて美しい聖女の守る国。
世界一美しい国民達。きっと聖女のように綺麗な人ばかりが住んでいるんだ。
大人になったら、エヴァン王国に行って、精霊教会でお祈りしよう。いつも見守ってくれている聖女様に治癒石をもらうんだ。
兄弟たちにいじめられる日々を、金髪に紫の目の聖女を思い浮かべて耐えた。
そんな子供の頃の想いを、大人になるまで持ち続けていた。
オークションに聖女の治癒石が出品されたと情報が入った。
どうせ偽物だと思っていたけれど、それを使った者が、失った腕を取り戻したと聞いた。
まさか本物なのか?
聖女が精霊界に旅立つ前に残したと言われる治癒石が、発見されたのか?
俺は、すぐさまエヴァン王国に行きたいと父に願った。
商人として潜入し、この国の情報を集めることを条件に、やっと夢に見た故郷への帰還を許された。一緒に行けなかった母には、必ず治癒石を手に入れると約束して。
それなのに……。
夢は夢でしかなかった。
エヴァン王国は、愚か者たちの集まった醜い国だった。
精霊教会は焼け落ちて、残った礼拝堂にはゴミが溢れていた。誰も精霊に感謝すらしない。聖女の恩恵を知らない者達ばかりだった。
こんな国、早くつぶれてしまえ。
皇帝はこの国の民を奴隷にして追い出し、この土地を奪うつもりだ。
それでいい。それがいい。
こんな醜い民はみんな追い出せばいいんだ。感謝も努力もしない怠惰な国民は、奴隷になるのにふさわしい。
ここに来てすぐに、俺はこの国を憎むようになっていた。
子供の頃の夢が、現実と違いすぎたのだ。
ただ、治癒石だけは何としても手に入れたかった。母と約束したからだ。
オークションに出品した商人を探し当てた。
治癒石は手元にないが、持っている者に心当たりがあると教えてくれた。
口の軽い商人は、延々と聖女や精霊の話を語った。
母から聞いたことのない聖女の話は面白くて、俺はすっかり夢中になって、何時間も聞き入った。
それで、商人に気に入られて、帝国語の家庭教師を頼まれた。
娘のマリリンに教えればいいのかと聞くと、違うと言う。
なんと、この国の王女に教えてほしいとか。
どこのだれかも分からない商人を、王女に近づけていいのか?
その王女が、国王や王妃から虐待されているのは、有名な話だった。離宮に閉じ込められて、人形のような扱いを受けている。そのかわいそうな王女に帝国語を教えるだけで、貴重な治癒石を売ってもらえるなら、たやすいことだ。
俺は快く引き受けた。
そして……、
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俺の運命。子供の頃に夢に見た女性に。
黄金の髪に、大きな紫の瞳をした王女に。
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