ブライダルチェックで「不妊」と言われた妻——山奥の温泉旅館に隠された、もう一人の夫と8歳の息子
彩乃が山の中にもう一つの家庭を隠していると初めて知ったのは、会社から親子トレッキングツアーの受け入れに行くよう命じられた日だった。
ツアーの申込書が手元に届いたとき、正直、少しだけ期待していた。彩乃は三日前、白嶺山麓へトレッキング療養に行く、半月ほど戻らないと言っていた。今回の出張先は山あいの温泉旅館だ。もしかしたら、偶然会えるかもしれない。
同僚が名簿を私の前に置き、参加者情報を確認するよう促した。私は気のない様子でページをめくっていた。けれど、「藤宮彩乃」という名前を見つけた瞬間、視線が止まった。その後ろの続柄欄には、はっきりとこう書かれていた。
【同行者:夫・久我玲司/長男・蓮斗。希望客室:ファミリールーム】
私はその一行を見つめたまま、指先から少しずつ冷えていくのを感じていた。
結婚して八年。彩乃はずっと、自分は妊娠できないし、子どもも好きではないと言っていた。私たちはこの先もずっと、夫婦二人で気楽に生きていけばいい。彼女はそう笑っていた。けれど申込書に載っていた八歳の男の子は、彩乃と同じ目をしていた。
あとになって知った。その子は、私たちの結婚よりも数か月早く、この世界に生まれていた。
彩乃は子どもが欲しくなかったわけではない。
ただ、私に知られたくなかっただけだった。
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