夫は毎晩、若い秘書を抱いて「寒い」と震えていた。壁に埋められた私が、ずっと背中に張りついているとも知らずに
夫の若い秘書が、社内チャットに一枚の自撮り写真を誤って投稿した。本当は若手社員だけで作った私的なLINEグループに送るつもりだったのだろう。けれど彼女は、うっかり会社のLINE WORKSの雑談チャンネルに投稿してしまった。写真の背景は、私と怜司の寝室だった。彼女は私のシルクのナイトウェアを着て、私が使っていたドレッサーの前に立っている。胸元は大きく開いていた。
添えられていた言葉は、たった二行だった。
【怜司さんが、奥さんは今いないって】
【今夜、この寝室は私のもの】
チャンネルは数秒だけ静まり返り、それから既読の数が一気に増えていった。誰かが意味ありげなスタンプを送り、別の誰かが冗談めかして、とうとう奥さんの座に収まったのかと聞いた。彼女が着ているナイトウェアが高価なものだと気づき、もう高梨家の主寝室に入り込んだのかと茶化す者もいた。
桐谷莉奈は、すぐにもう一言付け加えた。
【怜司さん、今夜はずいぶん元気。でもずっと寒いって言ってて、私を抱いて離してくれない】
私は黙って、そのメッセージが一つずつ浮かび上がるのを見ていた。怜司が寒がるのは当然だった。だって、私はずっと彼の背中に張りついているのだから。私の遺体は、彼によって主寝室のウォークインクローゼットの奥に作られた壁の中へ封じ込められて、もう三ヶ月になる。
そこは、世田谷区にあるリフォーム済みの一戸建てだった。結婚後、怜司が購入した家だ。ここなら静かで、人目も少なく、私たちはやり直せる。そう言っていた。隣家とは塀と庭を挟んでいて、主寝室は二階にある。深夜の作業音も、水漏れの修繕だと言えば、誰も深くは聞かなかった。だから彼は私を殺したあと、ウォークインクローゼットの奥を石膏ボードで塞ぎ、継ぎ目をパテで埋め、その上から新しい壁紙を貼った。
壁紙の糊とパテの匂いは、まだ完全には抜けていない。壁の内側は冷たく、息苦しい。私は毎晩、彼の首筋にぴたりと貼りついて息を吹きかけていた。寒くないはずがなかった。
添えられていた言葉は、たった二行だった。
【怜司さんが、奥さんは今いないって】
【今夜、この寝室は私のもの】
チャンネルは数秒だけ静まり返り、それから既読の数が一気に増えていった。誰かが意味ありげなスタンプを送り、別の誰かが冗談めかして、とうとう奥さんの座に収まったのかと聞いた。彼女が着ているナイトウェアが高価なものだと気づき、もう高梨家の主寝室に入り込んだのかと茶化す者もいた。
桐谷莉奈は、すぐにもう一言付け加えた。
【怜司さん、今夜はずいぶん元気。でもずっと寒いって言ってて、私を抱いて離してくれない】
私は黙って、そのメッセージが一つずつ浮かび上がるのを見ていた。怜司が寒がるのは当然だった。だって、私はずっと彼の背中に張りついているのだから。私の遺体は、彼によって主寝室のウォークインクローゼットの奥に作られた壁の中へ封じ込められて、もう三ヶ月になる。
そこは、世田谷区にあるリフォーム済みの一戸建てだった。結婚後、怜司が購入した家だ。ここなら静かで、人目も少なく、私たちはやり直せる。そう言っていた。隣家とは塀と庭を挟んでいて、主寝室は二階にある。深夜の作業音も、水漏れの修繕だと言えば、誰も深くは聞かなかった。だから彼は私を殺したあと、ウォークインクローゼットの奥を石膏ボードで塞ぎ、継ぎ目をパテで埋め、その上から新しい壁紙を貼った。
壁紙の糊とパテの匂いは、まだ完全には抜けていない。壁の内側は冷たく、息苦しい。私は毎晩、彼の首筋にぴたりと貼りついて息を吹きかけていた。寒くないはずがなかった。
あなたにおすすめの小説
『お前が運命の番だなんて最悪だ』と言われたので、魔女に愛を消してもらいました
竜族の王子フェリクスの成人の儀で、侯爵令嬢クロエに現れたのは運命の番紋。けれど彼が放ったのは「お前が番だなんて最悪だ」という残酷な言葉だった。
異母妹ばかりを愛する王子、家族に疎まれる日々に耐えきれなくなったクロエは、半地下に住む魔女へ願う。「この愛を消してください」と。
恋も嫉妬も失い、辺境で静かに生き直そうとした彼女のもとに、三年後、王宮から使者が現れる。異母妹の魅了が暴かれ、王子は今さら真実の愛を誓うが、クロエの心にはもう何も響かない。愛されなかった令嬢と、愛を取り戻したい竜王子。番たちの行く末は――。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
「君を愛することはない」と毎日言われたので、離縁の日だけは聞きに行きませんでした
「君を愛することはない」 夫にそう言われながら、セシリアは一年間、二人分の夕食を用意して待ち続けた。 けれど、婚姻を継続するか決める前夜、夫は最後の約束まで破り、幼なじみと観劇へ出かけてしまう。
翌朝、セシリアは夫の書斎を訪ねず、不更新届を提出した。 慌てて差し出された更新証書にも、もう署名はしない。
私を待たせたあなたを、これ以上待つつもりはありません。 冷遇された妻が離縁を選び、自分の暮らしと新しい恋を手にする。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します
「子供っぽい嫉妬はやめろ」私が命懸けで出産した日、夫のヴィンセント侯爵は初恋の人の所へ行ってしまった。理由を説明して欲しいと言うと、子供っぽい嫉妬をやめろと厳しい声で言われてしまう。しかも初恋の相手がいきなりやってきて「侯爵様は昔から私を命懸けで助けてくれるんです」と悪びれもせずに言い放った。妻よりも初恋相手を優先する夫は必要ないので私は夫を初恋相手へ返品した。すると生まれてから一度も人に頭を下げたことのないヴィンセントが、ボロボロになって私に頭を下げてきて⋯⋯。
寄生虫の復讐 ~美咲の冷徹な一刺し~
「お前みたいな寄生虫はゴミだ」
10年尽くした夫・雅也から突きつけられたのは、離婚届と不倫相手。
彼は知らない。私が家を飛び出した「サカモト・ホールディングス」の令嬢であることを。
そして明日、彼が人生を賭けて挑む調印式の相手が、私の実父であることを。
どん底に叩き落とされたサレ妻による、容赦なき「経済的破滅」の復讐劇。
手柄はぜんぶ上司のもの、責任は私。解雇された家庭教師ですが、大公さまと姫さまが「先生はあなただけ」と連れ戻しに来ました
三年間、大公家の姫さまにつきっきりで教えたのは私。なのに報告書の署名は首席教育官のもの、俸給からは謎の「指導料」を天引き、あげく披露会の失敗を押し付けられて即日解雇――。けれど一週間後、下町の私塾に現れたのは、姫さま本人と、噂の無口な大公さまでした。「娘の先生は、君だけだ」。正当な待遇と不器用な溺愛、そして愛しい教え子との再会。御前披露会の晴れ舞台で、八歳の姫さまが放つ、誰にも書き換えられない証言とは。働くあなたに捧げる、あたたかくて痛快なざまぁ。全六話。