お狐長屋の両隣り [完結]
四軒の長屋がポツンとある。そこには大家さんと、一人暮らしの娘っ子がいて、二つの空いた部屋を貸し出すが、なかなか居付かない。なぜだろうと思いつつのんびり過ごしている人情もの
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
孤独と狂乱のポリフォニー
谷浦 伽羅作中の年月日や時刻など可能な限り史実に基づいています。
「ルイ16世」と聞いて、あなたはどんな人物を思い浮かべますか。
優柔不断な王。 革命に敗れた無能な君主。 ギロチンに消えた悲劇の国王。
本作『孤独と狂乱のポリフォニー』は、そんな固定化された歴史像から一歩離れ、一人の人間としてのルイ16世を描きました。
機械好き。職人肌の王。 海図を広げ、世界の果てに思いを馳せる探検家気質の青年。 そして、マリー・アントワネットと子供たちを深く愛した夫であり父親。
しかし彼の肩には、フランス王国という巨大な運命がのしかかる。 そして「自由」「平等」という美しい理想が、やがて革命という狂乱へと姿を変えていく。
本作では、ブーレ、シャコンヌ、メヌエットなど様々な舞曲を章に据え、複数の旋律が重なり合うポリフォニーのように、王、王妃、民衆、思想、時代の声が重なり合います。
歴史の勝者によって語られてきた目線ではない、時代に翻弄された王の物語であると同時に、時代に託された役割と向き合った一人の不器用な人間の物語です。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
【歴史•時代小説】 下克上 道三•信長〜秀吉•家康迄の物語
蔵屋
|下克上《げこくじょう》は、日本史に於ける下位の者が上位の者を政治的・軍事的に打倒して
身分秩序(上下関係)を侵し、権力を奪取する行為を指す言葉である。
有史以来、確実に下剋上と言える事例も多々存在する。例えば斎藤道三の美濃の国盗りは、典型的な下剋上の例である。しかしこの下克上は、旧・守護|土岐氏《ときし》の家臣たちの反感を招き、後に嫡男・義龍と敵対した際に、殆どの家臣が義龍の側につくという結果を招いた。
戦国時代の下剋上の最大の成功例は、織田信長によるものである。
信長は主君の下尾張守護代・織田信友を討滅し、続いて自ら擁立した尾張守護・斯波義銀を追放し、更には将軍・足利義昭も追放して、事実上その地位を奪っている。だが、信長自身も最後は下剋上で討たれ、そうした信長の姿勢は皮肉にも家臣の豊臣秀吉に継承されたのである。
ただし、下剋上が遍く日本列島全域に存在していた訳ではなく、東北地方は「下剋上のない社会」と言われるように地域偏差が存在したのも事実である。
実際に文禄・慶長の役のため肥前国名護屋城に駐留した陸奥国の戦国大名、南部信直は上方の武士から下剋上についてレクチャーを受けているのだ。
しかし、この風潮は徳川家康の下克上によって終止符を打たれた。
この小説は史実に基づく下克上を美濃国道三、尾張国信長、関白秀吉、そして関ヶ原の覇者家康までの長きにわたる戦国乱世の物語である。
現代もなお、斎藤道三を偲ぶ祭りがある。
『道三まつり』である。
現代に至ると、岐阜のまちづくりの基礎を成した道三の遺徳を偲び、昭和47年(1972年)から岐阜市にて毎年4月上旬に道三まつりが開催されている。
私は道三という人物像に触れ、歴史の重みを感じたのであった。
日露戦争の真実
蔵屋 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この小説は第12回歴史・時代小説大賞のエントリー作品です。
どうか皆様のご支援をお願い申し上げます。
また、この作品を最後までお読み頂き、皆様のお役に立てれば幸いです。
蔵屋日唱