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19 ビッグニュースは連鎖する。~裕司、二度目の春の頃に向けて~
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そして土曜日。
ゆっくり起きて、朝ごはんも食べず、コーヒーを飲んで実家に向かった。
二人で、並んで。
「お腹空いたなあ。」
「そうですね。」
二人とも空腹だ。
久しぶりだったから、朝も仲良くし過ぎて、つい寝坊してしまった。
でもお昼は実家で食べるからいいかなと、一時間くらいだしとコーヒーで済ませた。
「ただ今。」「お邪魔します。」
小さな足音がした。樹と楓が出迎えてくれた。
「遅いよ。裕司~、早く、お客さん待ってるんだから。」
樹のその口調が姉さんに似てる、何度かそうつぶやかれたのかもしれない。
お客さんって兄さんの事だろうけど、食事を待っててくれたんだろうか?
彼女と目を合わせて反省の顔で後をついて行く。
確かにお客さんがいた。知らない・・・きれいな女性が。兄の隣に。
ここにきてビッグニュースの大きさに気が付いた。
そっちだったか・・・・・。
二人で挨拶をして、座る。
「遅くなってすみません。」
隣で彼女も頭を下げる。
なんなら早く来いと連絡をもらっても良かったのに。
「仲良く登場。寝坊したの?」
「起きてたよ。お昼って言うからお昼には間に合うように来たのに。連絡くれれば早く来たのに。」
姉さんに文句をつけた。
「私は準備で忙しかったの。」
確かにテーブルには・・・いや、これは寿司桶だし。
「じゃあ、揃ったか。」
父親が言い、兄さんを見る。
「紹介します、乙葉です。」
一葉と乙葉・・・・『葉っぱ』つながり・・・・。
「結婚しました。」
過去形?
紹介もそれも自分に向いてる。
家族誰も驚いてない。
既に聞いたらしい、遅刻したからだと思う・・・・・。
「入籍も済んだの?」
「ああ、乙葉の誕生日だったんだよ。忘れないようにね。」
ああ、その辺本当に事後報告。
「おめでとう。」
「ありがとう。危うく弟に遅れをとるところだったな。」
「ああっ、由利乃さんは前に会ってると思うけど、婚約者の由利乃さんです。」
自分も乙葉さんに向けて紹介した。
ついでに婚約者だと言った。
初めて聞いただろう彼女はビックリしたかもしれない。
「よろしくお願いします。」
それでも隣で頭を下げてくれた。
「式は日時も場所もまだ考え中。でもせっかくだから気に入ったところでやりたいんだ。」
そりゃそうだろう。
寿司桶のラップが外されて楓と樹が手を出す。
彼女の皿に醤油をいれてあげて、囁く。
「良かった。一緒に聞けて。紹介出来て。」
「はい。」
早速自分の皿にも醤油をいれて手を伸ばす。
「お腹空いた。」
「朝は食べてないの?」
「食べてないよ。あと一時間だから我慢しようって・・・・。」
つい言ってしまった。
「やっぱり二人仲良く寝坊したんでしょう。」
「週末だから目が覚めたら起きるんでいいんだよ。」
「そう、裕司のパンツは持ち主より先に太陽の下にいるけどね。」
洗濯はそれは早い方がいいだろう、よく乾くんだから。
無反応を貫く。
「いつが誕生日なんですか?」
乙葉さんに向かって聞いてみた。
「七夕です。」
「いいですね。忘れない日ですね。」
絶対忘れないだろうからそう言った。
せっかく葉っぱつながりだし、子供も葉っつながりで決めてほしい。
兄と同じ年らしい。同僚だから知り合ったのは随分昔らしい、付き合いも長いらしい。
何かきっかけがあったのだろうか?
是非聞きたい。
今からそんなに彼女との間にきっかけを待つ必要があるとするなら、頑張って作りたい。
子供じゃないらしい、一緒に住んでたらしい。
これといったきっかけはないらしい。
皆が聞き出した情報を吟味するまでもなく、あまり参考にならなかった。
・・・というか、何でその辺全然誰も聞かなかったんだろう?
仕事で何度も会ってただろう健さんも、父親も。
まさかの事後報告だなんて。
マイペースすぎる。
「次は裕司だな。」
そう言われて思わずむせた。
「まだ・・・・。」
そんな話は進んでない。
全力で洗脳してるのに、なかなか言い出せず、言いだされず。
さっきは婚約者と言い切ってみたけど、その辺はまだ・・・・。
「楓が結婚してあげるって、三歳ころまでは言ってたのに、すっかり振られてるからね。」
そんなのは子供がよく言うことだ。
それをカウントすると振られたり自然消滅は数知れずだ。
園でもそんな事を言う子はいる、たくさんいる、男は自分だけだから、年上好みなら自分に向くはずだ。
男の子はそこまで大人びた真似はしないから、滅多にそんなセリフは聞かない。
だいたい女の子なのだ。
「裕司は放っといて、乙葉さん、一葉はどんな奴?わが弟ながら全くキャラクターがつかめないのよ。」
「そうです・・・ね、静かに燃えてる人です。いろんなこともいきなりです。まさかプロポーズされるなんて全く悟られないように準備してました。」
「何準備してたの?」
「レストランとか、プレゼントとか、いろんな資料とか、両親への挨拶まで。」
姉がつかめないと言った兄の個性は自分も分かってない。
マイペースだとは思ったけど、やりたいことも決めてたし、さっさと宣言して跡取りがどうこうとか悩んだりもしないし、その辺も自由だった。でも結局協力できてるんだから、やっぱり偉いとは思う。
思わず乙葉さんの指にも注目してしまった。
光ってる・・・まぶしいくらいに。やるなあ・・・兄さん。
じたばたとあがいてる自分がすごくわかりやすい奴みたいだ。
綺麗な人を見つけて、ずっと隠してたなんて。
自分だったら自慢したくて仕方ないし、隠せないだろう。
楓と樹は満腹になったらしく席から離れて行った。
彼女を見るとゆっくり食べてるみたいだ。
自分も手を伸ばす。
お寿司は久しぶりだ。
しかも今回は子供仕様じゃないから高い奴なんだ。
お茶を飲みながら仕事の話をしだした四人、父健さんとゲスト二人。
乙葉さんも同じレベルで話が出来てる。
いい人を選んだと思う。
さすがにお腹いっぱいになった。
寿司桶も空っぽになった。
姉が下げて、お茶を持ってきて、お菓子を広げる。
乙葉さんが持ってきてくれたらしい。
彼女が嬉しそうにのぞき込む。
「由利乃さん、食べよう。」
自分が手を出した方が食べやすいだろう。
「てっきり姪っ子か甥っ子が増える話だと思ってたのに。」
姉さんにそう言ったら驚かれた。
「なんで、普通一葉の事だと思うよね。めったに帰ってこないのに来るって言うんだから。」
「それも思ったけど、大きな仕事を任されたのかなとか。」
「さすがに一番に思うのは結婚でしょう。自分だけが幸せだと思わないでよ。」
「だって今までその手の話題は出たこともなかったじゃないか。知らなかったよ。」
「ボロボロと漏らすタイプじゃないし、へらへらと浮かれるタイプでもないし、うっかりバレるタイプでもないのよ。」
何だか容赦ない言い方だが何も言えない。
「ねえ、由利乃ちゃん、こんな裕司はどう?分かりやすいとは思うけど頼りなくない?」
「そんなことないです。すごく大人ですし、頼りにしてます。ずいぶん甘えてると思います。」
最後は小声になりながら赤くなる彼女。
「年の差って偉大ね。同じ年だったらそんなに感動してもらえなかったかもしれないのに。さすがに年下の扱いはプロだからね。」
「子供と一緒にしたら変じゃない。」
「最近の子供はいろいろと大人びてるから。楓と樹を見てると本当にそう思う。小さい大人みたいで気が抜けない。大人の話もよく聞いてるから、裕司がいない週末に何を言われてることやら。」
「そこは放っておいて。」
「洗濯物だけは頼られてるけどね。」
それはお願いします。
まずは兄さんでいい。
ここにいる家族が違和感ないんだから、兄さんの次でいい。
実際追いつけない、入籍も済ませたんだから、一緒に暮らしてたんだから。
とっくに負けてたんだ。
二人が帰るのに合わせて、自分も帰ることにした、彼女の部屋へ。
さすがにシャワーを浴びるには早い時間だったから、一緒に帰った。
樹と楓は自分と由利乃さんの事もバイバイと見送ってくれる。
まるでこの家の家族から外れたみたいに。
「寝坊しちゃダメだって、パパが言ってた。裕司みたいにお寝坊になるなって。」
樹が言う。
健さんが言ったんだろう。
「仕事のときはちゃんと起きて庭掃除もしてるだろう。」
そう言ったら考えてる。
「普通の朝は早起きだけどなって言ってた。」
もういいや。
手を振って家を出た。
「少し歩かない?」
そう言って住宅街をひたすら歩いた。
あんまり友達もいなくて来なかった辺りを、彼女も初めての場所を。
小さなお店があったり、綺麗な庭の立派な家があったり、知らない場所はある。
同じ駅を使ってても全然違う方向から来ることもある。
本当に彼女が近くに住んでくれていてよかった。
偶然を運命と思いたい。
2時間くらいさまよい、戻ってきた。
「疲れた。」
さすがに歩き過ぎた。
途中いろんな話をした。
あまりに乙葉さんの事をほめ過ぎたかもしれない。
途中で反応がなくなったのに気が付いた。
「自分はこっそり由利乃さんと出会ってても、可愛いんだからとか言って見せびらかしたくて、すぐにバレただろうなあ。兄さんは宝物を一人で見つめて満足するタイプみたいだ。」
そう言ったら、分かりやすく機嫌が直ったから良かった。
いつものように二人でソファにもたれてテレビを見ていた。
「裕司さんは同じ年の人からは頼りなく見えるんでしょうか?」
「ああ、あれは姉さんがそう言うだけだよ、今も洗濯までやってもらってるし、出会いの最初の頃からいろいろ世話を焼いてるから。普通だよ。」
そう言ったのに、あんまりそうは思ってもらってないみたいで。
「だって由利乃さんも頼りないってお母さんが言ってたじゃない。妹にも言われてなかった?」
「それとこれとは違いませんか?」
「一緒だよね、まったく一緒。」
「じゃあ、一緒でいいです。別にどうでもいいです。私は頼りにしてます。」
「してして、頼りになるよ。」
「でもやっぱり甘えてますよね。もし一緒に暮らしたら、食事は裕司さんが作ってくれそうです。私の方が遅いし、手際もまだまだだし。それ以外はやりますが。」
「やれる方がやるんでいいんじゃないの?姉さんだって子育ての大変な間は家事はほとんど母さんがやってたし、子供は自分が面倒見たし。週末は健さんと二人で出かけられるように全部母さんと二人で手分けしてやってたんだよ。今は2人が成長して目が離せるから家事をやってるみたいに言うけど、そんな時期もあったんだから。」
「子供がいるとそうなると思いますが・・・。」
「子供がいない時も手伝ってたよ。健さんもずっと家でじゃ可哀想だから。二人でデートも夜遊びもさせてたんだから。」
「それは家事は出来るよっていう自慢に聞こえてきました。」
「だから頼りになるでしょう?」
「・・・なりますね。」
「じゃあ、一緒に暮らしてみる?」
そう聞いたけど考える顔をされただけだった。
「まあ・・・・まだいいか。」
「香さんの手伝いがいなくなって、子供たち二人の遊び相手もいなくなって、庭掃除係もいなくなったら、あの家が寂しくなりますよ。」
「その時はいろんな方法を考える。姉さんと一緒にご飯を作ってもらって帰ってきてもいいし、その内あの二人も自分とは遊ばなくなるよ。そろそろ習い事をさせようって話も出てるし。」
「そうしたら余計に香さんが忙しくなります。」
「僕はずっと家事手伝いと子守り役?幸せにしたい人もいるし、幸せになりたいのに。」
彼女の方に顎を乗せた。
当然身体もくっつく。
「後少しだけ、待ってください。」
「うん、ジリジリと待ってる。急がせてもいいことないってわかってる。ただちょっとだけ羨ましいって思っただけだから、ごめん。」
「いえ・・・・。」
日曜日の遅く、夕飯もすっかり済ませてシャワーまで終わらせて家に帰った。
パジャマに着替えてお茶を飲んでたら姉さんが出てきた。
「やっぱり一葉に刺激されたのね。」
そう言われた。
「由利乃さんが何か言ったの?」
「相談された。裕司の提案に乗ったらどうなりますかって。」
「家族中が喜んで赤飯を作るって伝えたから。でも本音はまあまあ近くに住んでもらえると嬉しいけどね。二人もさすがに遊び相手がずっといないと寂しいだろうし、何かあった時には頼りにしたいって言ったら家離れできなくなるね。一葉はその辺クールだからね。裕司は優しいからついつい私たちも甘えたかな。」
そんな本音は彼女には言わなかったんだろう。
最初と最後だけ言ったんだろう。
「できるだけ近くにいたいとは思ってるよ。この先こっちが頼りにしたいこともあるだろうし。」
子供が出来たらって考える。
その時期の彼女の支えになってあげれるのはやっぱり経験のある姉が一番だろう。
自分ができることなんて本当はちょっとの事だ。
家事を手伝うなんて当たり前の事だし。
「そうだと嬉しいな。でも由利乃さんの意見を優先でいいし。」
「それはもちろん。彼女もそう言ってくれるとは思うけど。」
職場が近い方がいい、せめてどちらかは。
そう考えると自分の職場に近い方がいいし、だからと言ってあまり近いのもなって感じなのだ。
楓と樹は違うところに通ってるんだから。
「その内にぎやかになるといいわね。」
「そうだね。」
本当にそう思う。
想像した未来、その通りにいったら本当に赤飯を作ってもらいたいくらいだ。
そんな話を姉としたことは言わなかった。
夏の盛りが過ぎるころ。
ある週末に彼女に頼まれて出かけたところ。
前に行った洋館とは違うけど、庭園と建物自体も見事だった。
「ここは来たことなかったな。」
「そうですか?」
「うん、凄いね。」
インテリアは美術品レベルのもので触ることもせず見るだけで。
部屋を一つ一つ見て回り、外に出た。
天気もいいからまだまだ暑い、それにこれといった季節でもないせいかベンチに人もいなかった。
彼女が先に座った。
「裕司さん。」
「何?」
「私もいろいろ考えて準備してたんです。」
何を?・・・・声にならなかった。
「買ってもらいたい指輪も見つけました、専門雑誌を買っていろいろ楽しんで見てました。少しは節約して貯金もしてます。」
「気がついてました?」
首を振る。
まったく。
「そうだと思いました。」
「香さんにいろいろ聞いて参考にしたんです。一緒に住む部屋についても考えたりしましたよ。」
うれしいサプライズだ。
隠し事万歳、しかも姉も一言も漏らしてない、にやにや揶揄うこともにおわせることもしてない。もちろん健さんも、他の皆も。
「今度買いに行きたいです。雑誌もうんざりするほどあります。飽きずに一緒に見てくださいね。」
「由利乃さんずるい。それ以上は言わないでよ。」
「はい、裕司さんのタイミングで、今度は私がじりじりと待ってます。」
「待たされた分じらしたいけど、多分無理。明日までも待てないくらい。」
「はい。いつでも。」
今、桜は葉のある緑の季節。
これから葉が落ちて、つぼみが芽吹いて、花が咲いて、葉っぱが出てきて。
出会った季節はまだまだ先なのに。
あれから一年も経ってない。
ジリジリ待ってたつもりだけど、よく考えるまでもなく即断と言える方かもしれない。
彼女の年齢と出会ってからの期間を考えると、かなり返事を急がせたのかもしれない。
でも自分も即断即決、そのまま指輪を買いに行った。
それは加工をしてもらうから預けて、彼女の部屋で見せてもらった準備のかずかず。
本当にクローゼットに隠してたらしい。
楽しんで読み込んでくれたのが分かる。
嬉しさはちゃんと伝えた。
あんまり話は進まなかったけど、プロポーズをしてもらいたいレストランを一緒に決めた。
指輪を受け取る来週に予約した。
あとはまたでいい。
進んだんだから、もういい。
週末をいつも以上に満喫して寝坊もして、日曜日にゆっくりと帰ったら全員が集合していた。子供二人以外。
明らかに報告待ちの顔顔顔顔。
「来週プロポーズして、指輪をして、ここに連れてきます。」
本当は記念にいい感じのホテルにでも泊まりたいけど、それは後日にしよう。
プロポーズの日は何でもない日だ、特に彼女の誕生日でもない、出会った記念日でももちろんない、普通の日、今年はまだ普通の日。
「良かった。内緒にしてたのに、全く気が付く感じもなかったから。」
「本当にもうポロリと漏らしそうで我慢が大変だった。」
健さんまでそう言う。
「相手のご両親にも早く報告しなさい。」
「うん、そのつもり。」
「結局近くに住むことになりそうじゃない。」
「その辺はまだ話してないから。」
「まあ大体わかる。浮かれてしょうがなかったんだろうし、プロポーズの予約したら安心したんでしょう?」
「これからが大変なのに。決める事あり過ぎるんだよ、アドバイスできるとすれば、由利乃さんが気に入ったら首を縦に振る、選ぶ時は左、あとは『君の好きなように。』を繰り返す。」
「そんなんだったの?」
「だって分からないんだから。男はどうでもいいよ。」
「一葉も面白い所探してるみたいだから、参考に聞いてみたら?」
「うん。報告がてら聞いてみる。」
「報告はしたよ。」
健さんがしてくれたらしい、勝手に・・・・。
結局いろいろは春頃に、出会った季節になるじゃないか。
咲かない桜はない、あの時にそう言った。
そして来年も一緒に見たいと言った。
凄い預言者じゃないか。
桜の木の精が味方に付いてくれたのかもしれない、そんなファンタジーなことも思ったりして。
仕事も忙しい季節だけど、それに負けないくらいバタバタとしてしまうだろう。
本当に健さんの言うとおりに首を縦に振り、左を指さし、由利乃さんの好きでいいよ、なんて言ってしまうかも。
でも負けないくらい真剣な自分も想像できる。
『裕司さん、もういいですよ。』そう言われる自分も想像できる。
どうなるんだろう?
それは楽しむしかない。
頼ってもらって甘えてもらって、たくましく器用になっていくまでは自分がしっかりする。
そんなつもりで、いくつもの春をすごせたらいい。
ゆっくり起きて、朝ごはんも食べず、コーヒーを飲んで実家に向かった。
二人で、並んで。
「お腹空いたなあ。」
「そうですね。」
二人とも空腹だ。
久しぶりだったから、朝も仲良くし過ぎて、つい寝坊してしまった。
でもお昼は実家で食べるからいいかなと、一時間くらいだしとコーヒーで済ませた。
「ただ今。」「お邪魔します。」
小さな足音がした。樹と楓が出迎えてくれた。
「遅いよ。裕司~、早く、お客さん待ってるんだから。」
樹のその口調が姉さんに似てる、何度かそうつぶやかれたのかもしれない。
お客さんって兄さんの事だろうけど、食事を待っててくれたんだろうか?
彼女と目を合わせて反省の顔で後をついて行く。
確かにお客さんがいた。知らない・・・きれいな女性が。兄の隣に。
ここにきてビッグニュースの大きさに気が付いた。
そっちだったか・・・・・。
二人で挨拶をして、座る。
「遅くなってすみません。」
隣で彼女も頭を下げる。
なんなら早く来いと連絡をもらっても良かったのに。
「仲良く登場。寝坊したの?」
「起きてたよ。お昼って言うからお昼には間に合うように来たのに。連絡くれれば早く来たのに。」
姉さんに文句をつけた。
「私は準備で忙しかったの。」
確かにテーブルには・・・いや、これは寿司桶だし。
「じゃあ、揃ったか。」
父親が言い、兄さんを見る。
「紹介します、乙葉です。」
一葉と乙葉・・・・『葉っぱ』つながり・・・・。
「結婚しました。」
過去形?
紹介もそれも自分に向いてる。
家族誰も驚いてない。
既に聞いたらしい、遅刻したからだと思う・・・・・。
「入籍も済んだの?」
「ああ、乙葉の誕生日だったんだよ。忘れないようにね。」
ああ、その辺本当に事後報告。
「おめでとう。」
「ありがとう。危うく弟に遅れをとるところだったな。」
「ああっ、由利乃さんは前に会ってると思うけど、婚約者の由利乃さんです。」
自分も乙葉さんに向けて紹介した。
ついでに婚約者だと言った。
初めて聞いただろう彼女はビックリしたかもしれない。
「よろしくお願いします。」
それでも隣で頭を下げてくれた。
「式は日時も場所もまだ考え中。でもせっかくだから気に入ったところでやりたいんだ。」
そりゃそうだろう。
寿司桶のラップが外されて楓と樹が手を出す。
彼女の皿に醤油をいれてあげて、囁く。
「良かった。一緒に聞けて。紹介出来て。」
「はい。」
早速自分の皿にも醤油をいれて手を伸ばす。
「お腹空いた。」
「朝は食べてないの?」
「食べてないよ。あと一時間だから我慢しようって・・・・。」
つい言ってしまった。
「やっぱり二人仲良く寝坊したんでしょう。」
「週末だから目が覚めたら起きるんでいいんだよ。」
「そう、裕司のパンツは持ち主より先に太陽の下にいるけどね。」
洗濯はそれは早い方がいいだろう、よく乾くんだから。
無反応を貫く。
「いつが誕生日なんですか?」
乙葉さんに向かって聞いてみた。
「七夕です。」
「いいですね。忘れない日ですね。」
絶対忘れないだろうからそう言った。
せっかく葉っぱつながりだし、子供も葉っつながりで決めてほしい。
兄と同じ年らしい。同僚だから知り合ったのは随分昔らしい、付き合いも長いらしい。
何かきっかけがあったのだろうか?
是非聞きたい。
今からそんなに彼女との間にきっかけを待つ必要があるとするなら、頑張って作りたい。
子供じゃないらしい、一緒に住んでたらしい。
これといったきっかけはないらしい。
皆が聞き出した情報を吟味するまでもなく、あまり参考にならなかった。
・・・というか、何でその辺全然誰も聞かなかったんだろう?
仕事で何度も会ってただろう健さんも、父親も。
まさかの事後報告だなんて。
マイペースすぎる。
「次は裕司だな。」
そう言われて思わずむせた。
「まだ・・・・。」
そんな話は進んでない。
全力で洗脳してるのに、なかなか言い出せず、言いだされず。
さっきは婚約者と言い切ってみたけど、その辺はまだ・・・・。
「楓が結婚してあげるって、三歳ころまでは言ってたのに、すっかり振られてるからね。」
そんなのは子供がよく言うことだ。
それをカウントすると振られたり自然消滅は数知れずだ。
園でもそんな事を言う子はいる、たくさんいる、男は自分だけだから、年上好みなら自分に向くはずだ。
男の子はそこまで大人びた真似はしないから、滅多にそんなセリフは聞かない。
だいたい女の子なのだ。
「裕司は放っといて、乙葉さん、一葉はどんな奴?わが弟ながら全くキャラクターがつかめないのよ。」
「そうです・・・ね、静かに燃えてる人です。いろんなこともいきなりです。まさかプロポーズされるなんて全く悟られないように準備してました。」
「何準備してたの?」
「レストランとか、プレゼントとか、いろんな資料とか、両親への挨拶まで。」
姉がつかめないと言った兄の個性は自分も分かってない。
マイペースだとは思ったけど、やりたいことも決めてたし、さっさと宣言して跡取りがどうこうとか悩んだりもしないし、その辺も自由だった。でも結局協力できてるんだから、やっぱり偉いとは思う。
思わず乙葉さんの指にも注目してしまった。
光ってる・・・まぶしいくらいに。やるなあ・・・兄さん。
じたばたとあがいてる自分がすごくわかりやすい奴みたいだ。
綺麗な人を見つけて、ずっと隠してたなんて。
自分だったら自慢したくて仕方ないし、隠せないだろう。
楓と樹は満腹になったらしく席から離れて行った。
彼女を見るとゆっくり食べてるみたいだ。
自分も手を伸ばす。
お寿司は久しぶりだ。
しかも今回は子供仕様じゃないから高い奴なんだ。
お茶を飲みながら仕事の話をしだした四人、父健さんとゲスト二人。
乙葉さんも同じレベルで話が出来てる。
いい人を選んだと思う。
さすがにお腹いっぱいになった。
寿司桶も空っぽになった。
姉が下げて、お茶を持ってきて、お菓子を広げる。
乙葉さんが持ってきてくれたらしい。
彼女が嬉しそうにのぞき込む。
「由利乃さん、食べよう。」
自分が手を出した方が食べやすいだろう。
「てっきり姪っ子か甥っ子が増える話だと思ってたのに。」
姉さんにそう言ったら驚かれた。
「なんで、普通一葉の事だと思うよね。めったに帰ってこないのに来るって言うんだから。」
「それも思ったけど、大きな仕事を任されたのかなとか。」
「さすがに一番に思うのは結婚でしょう。自分だけが幸せだと思わないでよ。」
「だって今までその手の話題は出たこともなかったじゃないか。知らなかったよ。」
「ボロボロと漏らすタイプじゃないし、へらへらと浮かれるタイプでもないし、うっかりバレるタイプでもないのよ。」
何だか容赦ない言い方だが何も言えない。
「ねえ、由利乃ちゃん、こんな裕司はどう?分かりやすいとは思うけど頼りなくない?」
「そんなことないです。すごく大人ですし、頼りにしてます。ずいぶん甘えてると思います。」
最後は小声になりながら赤くなる彼女。
「年の差って偉大ね。同じ年だったらそんなに感動してもらえなかったかもしれないのに。さすがに年下の扱いはプロだからね。」
「子供と一緒にしたら変じゃない。」
「最近の子供はいろいろと大人びてるから。楓と樹を見てると本当にそう思う。小さい大人みたいで気が抜けない。大人の話もよく聞いてるから、裕司がいない週末に何を言われてることやら。」
「そこは放っておいて。」
「洗濯物だけは頼られてるけどね。」
それはお願いします。
まずは兄さんでいい。
ここにいる家族が違和感ないんだから、兄さんの次でいい。
実際追いつけない、入籍も済ませたんだから、一緒に暮らしてたんだから。
とっくに負けてたんだ。
二人が帰るのに合わせて、自分も帰ることにした、彼女の部屋へ。
さすがにシャワーを浴びるには早い時間だったから、一緒に帰った。
樹と楓は自分と由利乃さんの事もバイバイと見送ってくれる。
まるでこの家の家族から外れたみたいに。
「寝坊しちゃダメだって、パパが言ってた。裕司みたいにお寝坊になるなって。」
樹が言う。
健さんが言ったんだろう。
「仕事のときはちゃんと起きて庭掃除もしてるだろう。」
そう言ったら考えてる。
「普通の朝は早起きだけどなって言ってた。」
もういいや。
手を振って家を出た。
「少し歩かない?」
そう言って住宅街をひたすら歩いた。
あんまり友達もいなくて来なかった辺りを、彼女も初めての場所を。
小さなお店があったり、綺麗な庭の立派な家があったり、知らない場所はある。
同じ駅を使ってても全然違う方向から来ることもある。
本当に彼女が近くに住んでくれていてよかった。
偶然を運命と思いたい。
2時間くらいさまよい、戻ってきた。
「疲れた。」
さすがに歩き過ぎた。
途中いろんな話をした。
あまりに乙葉さんの事をほめ過ぎたかもしれない。
途中で反応がなくなったのに気が付いた。
「自分はこっそり由利乃さんと出会ってても、可愛いんだからとか言って見せびらかしたくて、すぐにバレただろうなあ。兄さんは宝物を一人で見つめて満足するタイプみたいだ。」
そう言ったら、分かりやすく機嫌が直ったから良かった。
いつものように二人でソファにもたれてテレビを見ていた。
「裕司さんは同じ年の人からは頼りなく見えるんでしょうか?」
「ああ、あれは姉さんがそう言うだけだよ、今も洗濯までやってもらってるし、出会いの最初の頃からいろいろ世話を焼いてるから。普通だよ。」
そう言ったのに、あんまりそうは思ってもらってないみたいで。
「だって由利乃さんも頼りないってお母さんが言ってたじゃない。妹にも言われてなかった?」
「それとこれとは違いませんか?」
「一緒だよね、まったく一緒。」
「じゃあ、一緒でいいです。別にどうでもいいです。私は頼りにしてます。」
「してして、頼りになるよ。」
「でもやっぱり甘えてますよね。もし一緒に暮らしたら、食事は裕司さんが作ってくれそうです。私の方が遅いし、手際もまだまだだし。それ以外はやりますが。」
「やれる方がやるんでいいんじゃないの?姉さんだって子育ての大変な間は家事はほとんど母さんがやってたし、子供は自分が面倒見たし。週末は健さんと二人で出かけられるように全部母さんと二人で手分けしてやってたんだよ。今は2人が成長して目が離せるから家事をやってるみたいに言うけど、そんな時期もあったんだから。」
「子供がいるとそうなると思いますが・・・。」
「子供がいない時も手伝ってたよ。健さんもずっと家でじゃ可哀想だから。二人でデートも夜遊びもさせてたんだから。」
「それは家事は出来るよっていう自慢に聞こえてきました。」
「だから頼りになるでしょう?」
「・・・なりますね。」
「じゃあ、一緒に暮らしてみる?」
そう聞いたけど考える顔をされただけだった。
「まあ・・・・まだいいか。」
「香さんの手伝いがいなくなって、子供たち二人の遊び相手もいなくなって、庭掃除係もいなくなったら、あの家が寂しくなりますよ。」
「その時はいろんな方法を考える。姉さんと一緒にご飯を作ってもらって帰ってきてもいいし、その内あの二人も自分とは遊ばなくなるよ。そろそろ習い事をさせようって話も出てるし。」
「そうしたら余計に香さんが忙しくなります。」
「僕はずっと家事手伝いと子守り役?幸せにしたい人もいるし、幸せになりたいのに。」
彼女の方に顎を乗せた。
当然身体もくっつく。
「後少しだけ、待ってください。」
「うん、ジリジリと待ってる。急がせてもいいことないってわかってる。ただちょっとだけ羨ましいって思っただけだから、ごめん。」
「いえ・・・・。」
日曜日の遅く、夕飯もすっかり済ませてシャワーまで終わらせて家に帰った。
パジャマに着替えてお茶を飲んでたら姉さんが出てきた。
「やっぱり一葉に刺激されたのね。」
そう言われた。
「由利乃さんが何か言ったの?」
「相談された。裕司の提案に乗ったらどうなりますかって。」
「家族中が喜んで赤飯を作るって伝えたから。でも本音はまあまあ近くに住んでもらえると嬉しいけどね。二人もさすがに遊び相手がずっといないと寂しいだろうし、何かあった時には頼りにしたいって言ったら家離れできなくなるね。一葉はその辺クールだからね。裕司は優しいからついつい私たちも甘えたかな。」
そんな本音は彼女には言わなかったんだろう。
最初と最後だけ言ったんだろう。
「できるだけ近くにいたいとは思ってるよ。この先こっちが頼りにしたいこともあるだろうし。」
子供が出来たらって考える。
その時期の彼女の支えになってあげれるのはやっぱり経験のある姉が一番だろう。
自分ができることなんて本当はちょっとの事だ。
家事を手伝うなんて当たり前の事だし。
「そうだと嬉しいな。でも由利乃さんの意見を優先でいいし。」
「それはもちろん。彼女もそう言ってくれるとは思うけど。」
職場が近い方がいい、せめてどちらかは。
そう考えると自分の職場に近い方がいいし、だからと言ってあまり近いのもなって感じなのだ。
楓と樹は違うところに通ってるんだから。
「その内にぎやかになるといいわね。」
「そうだね。」
本当にそう思う。
想像した未来、その通りにいったら本当に赤飯を作ってもらいたいくらいだ。
そんな話を姉としたことは言わなかった。
夏の盛りが過ぎるころ。
ある週末に彼女に頼まれて出かけたところ。
前に行った洋館とは違うけど、庭園と建物自体も見事だった。
「ここは来たことなかったな。」
「そうですか?」
「うん、凄いね。」
インテリアは美術品レベルのもので触ることもせず見るだけで。
部屋を一つ一つ見て回り、外に出た。
天気もいいからまだまだ暑い、それにこれといった季節でもないせいかベンチに人もいなかった。
彼女が先に座った。
「裕司さん。」
「何?」
「私もいろいろ考えて準備してたんです。」
何を?・・・・声にならなかった。
「買ってもらいたい指輪も見つけました、専門雑誌を買っていろいろ楽しんで見てました。少しは節約して貯金もしてます。」
「気がついてました?」
首を振る。
まったく。
「そうだと思いました。」
「香さんにいろいろ聞いて参考にしたんです。一緒に住む部屋についても考えたりしましたよ。」
うれしいサプライズだ。
隠し事万歳、しかも姉も一言も漏らしてない、にやにや揶揄うこともにおわせることもしてない。もちろん健さんも、他の皆も。
「今度買いに行きたいです。雑誌もうんざりするほどあります。飽きずに一緒に見てくださいね。」
「由利乃さんずるい。それ以上は言わないでよ。」
「はい、裕司さんのタイミングで、今度は私がじりじりと待ってます。」
「待たされた分じらしたいけど、多分無理。明日までも待てないくらい。」
「はい。いつでも。」
今、桜は葉のある緑の季節。
これから葉が落ちて、つぼみが芽吹いて、花が咲いて、葉っぱが出てきて。
出会った季節はまだまだ先なのに。
あれから一年も経ってない。
ジリジリ待ってたつもりだけど、よく考えるまでもなく即断と言える方かもしれない。
彼女の年齢と出会ってからの期間を考えると、かなり返事を急がせたのかもしれない。
でも自分も即断即決、そのまま指輪を買いに行った。
それは加工をしてもらうから預けて、彼女の部屋で見せてもらった準備のかずかず。
本当にクローゼットに隠してたらしい。
楽しんで読み込んでくれたのが分かる。
嬉しさはちゃんと伝えた。
あんまり話は進まなかったけど、プロポーズをしてもらいたいレストランを一緒に決めた。
指輪を受け取る来週に予約した。
あとはまたでいい。
進んだんだから、もういい。
週末をいつも以上に満喫して寝坊もして、日曜日にゆっくりと帰ったら全員が集合していた。子供二人以外。
明らかに報告待ちの顔顔顔顔。
「来週プロポーズして、指輪をして、ここに連れてきます。」
本当は記念にいい感じのホテルにでも泊まりたいけど、それは後日にしよう。
プロポーズの日は何でもない日だ、特に彼女の誕生日でもない、出会った記念日でももちろんない、普通の日、今年はまだ普通の日。
「良かった。内緒にしてたのに、全く気が付く感じもなかったから。」
「本当にもうポロリと漏らしそうで我慢が大変だった。」
健さんまでそう言う。
「相手のご両親にも早く報告しなさい。」
「うん、そのつもり。」
「結局近くに住むことになりそうじゃない。」
「その辺はまだ話してないから。」
「まあ大体わかる。浮かれてしょうがなかったんだろうし、プロポーズの予約したら安心したんでしょう?」
「これからが大変なのに。決める事あり過ぎるんだよ、アドバイスできるとすれば、由利乃さんが気に入ったら首を縦に振る、選ぶ時は左、あとは『君の好きなように。』を繰り返す。」
「そんなんだったの?」
「だって分からないんだから。男はどうでもいいよ。」
「一葉も面白い所探してるみたいだから、参考に聞いてみたら?」
「うん。報告がてら聞いてみる。」
「報告はしたよ。」
健さんがしてくれたらしい、勝手に・・・・。
結局いろいろは春頃に、出会った季節になるじゃないか。
咲かない桜はない、あの時にそう言った。
そして来年も一緒に見たいと言った。
凄い預言者じゃないか。
桜の木の精が味方に付いてくれたのかもしれない、そんなファンタジーなことも思ったりして。
仕事も忙しい季節だけど、それに負けないくらいバタバタとしてしまうだろう。
本当に健さんの言うとおりに首を縦に振り、左を指さし、由利乃さんの好きでいいよ、なんて言ってしまうかも。
でも負けないくらい真剣な自分も想像できる。
『裕司さん、もういいですよ。』そう言われる自分も想像できる。
どうなるんだろう?
それは楽しむしかない。
頼ってもらって甘えてもらって、たくましく器用になっていくまでは自分がしっかりする。
そんなつもりで、いくつもの春をすごせたらいい。
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