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第二話 冗談なら何を言っても許されるというのか

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 しばらくして水谷が戻ってきて、ようやく全員そろったのでダンジョンに潜ることになった。遅刻したのに謝罪もせず、ナンパした女の子の番号をゲットできたといって喜んでいた。

 こういうやつなんだ。マイペースだし自分の言動で誰が傷つこうが関係ない。白崎丈瑠がちょっと頼りない配下で、俺と河波琉璃が相方みたいな関係だった昔に戻りたい。水谷皇樹が来てから色々立場が変わってしまった。今じゃ俺はやつの玩具だ……。

「真壁ちゃんってさあ、本当にニートか引きこもりっぽい幼い顔してるよな」

「おいおい、水谷……可哀想だろ」

「そうよ! 水谷君、顔はどうしようもできないよ!」

「……」

 それでも、俺が苦笑いして我慢すればいいことだと思っていた。

 くだらないじゃないか。水谷の小中学生レベルの悪口にいちいち反抗するのも格好悪い。自分の顔は普通より悪いほうだと思うから余計イラつくが、俺が耐えればこの関係は長続きする。きっと……。



 ◇◇◇



 ――制覇階層からスタートしたダンジョン探索も終わり、入口まで戻ってきた。結構危なかった。ぎりぎりまでメンバーを支援していたせいか精神力がかなり削れてしまった……。

 精神の自然回復が向上する防魔術の《安息》も掛けてたんだけどな。錬成度はF~SランクのうちBランクだし普通より良いほうなんだが、出現モンスターのアイシクルバット、フリーズスケルトン、フローズンゾンビ、スノーマンの湧きがそれだけ凄かった。

 まずダンジョンの1~100階まで続く氷の神殿の70階層に転送ポイントで移動し、そこから80階層まで行く予定だったんだが、結局その手前の79階層までしか行けなかった。ボスのブリザードゴーレムが出る100階に近付くほどモンスターも増加するからな。

 それにみんな前へ前へと走るもんだから、精神力に加えて体力も追いつかなかった。油断すると地面が滑って転ぶから神経もかなり使うんだ。

 防魔術を得意とするやつが担当する支援役っていうのは、効果が切れないようにある程度経ったら術を掛け直す必要がある。命がかかっているわけだからそれは防魔術を専門にするものにとっては必須といってもよかった。

 術の効果が切れる時間ってのも、大体は錬成度によるが掛ける対象によっても違うんだ。掛け直すタイミングにしても、目に見えて対象の動きに俊敏性やキレがなくなってからでは遅い。衰える兆候が少しでも見えたらすぐやる必要がある。対象が元気なうちからやってるようではこっちの精神力の消耗も半端ないからな。

 その苦労を知ってか知らずか、みんな既に精算に夢中の様子だ。大したアイテムは落ちなかったがそこそこ売れるものは出た。売れなかったものは金に余裕のあるやつが相場より安く買い取り、それを精算に加えるというわけだ。

 以前は俺がパーティーリーダーってことで仕切ってたんだが、今じゃ白崎丈瑠がやっている。俺がやると水谷に色々ちょっかい出されるだろうからって率先してなんでもやってくれているんだ。もちろん今のリーダーもあいつだ。頼もしい限りだが寂しさもある。

「ほら、真壁。これ」

「あ、ああ。丈瑠、ありが――」

「――んでさあ」

「……」

 丈瑠は俺の顔を見ることもなく輪の中に入っていった。報酬を受け取った際のお礼の言葉すら耳に入らなかったようだ。なんだろうな、自分のこの存在の軽さは。

 もう俺は完全に空気のような存在になってしまったということか。真壁先輩、真壁さん……最初の頃はあれだけ慕ってくれてたのに今じゃ完全に真壁と呼び捨てだ。これも弄り屋の水谷が俺を一生懸命貶してくれたおかげか。

 疲れた。帰るか……。

「おーい、真壁庸人まかべつねひとちゃん、もう帰るの?」

 水谷のやつが話しかけてきた。なんで俺だけフルネームで呼ぶんだよ……。

「その呼び方やめろ、気持ち悪い」

「なんだよ、せっかく話しかけてやってんのに」

 ……話しかけてやってるだと? 恐ろしいくらい上から目線だな。言い返す気力さえなくなる。

「帰ってオナニーでもすんのか庸人ちゃん」

「おいおい、水谷。いくらなんでも真壁が可哀想だろ」

「そうよ。それに下品よー」

 丈瑠と琉璃がなだめてるが、水谷に反省する様子は欠片もない。いじめでもやってるつもりなんだろうか。もう20歳にもなるのにやつは子供の頃から頭の進歩がなさそうだ。

「言いたいことはそれだけか?」

「そんなにマジになるなよ庸人ちゃん、顔真っ赤だよ。俺さ、お前に同情してやってるんだよ」

「は? お前に同情されるほど落ちてないが……」

「ん、庸人ちゃん、もしかして反抗期? お前の名前が最悪だから同情してやってるのに」

「……何?」

「お、おいおい、やめろよ二人とも」

「やめてよ……」

 ただならぬ空気を察したのか、丈瑠と琉璃が立ち上がっていた。でも俺はもう自分を止められそうになかった。

「何が最悪なんだよ、おい、言ってみろ!」

「大声出すなよ、うるせえなあ。庸人ってさあ、凡人って意味じゃん? くだらない人間ってことだろ」

「お前……!」

「俺に怒るなよ。お前の親がつけたんじゃん。この世にいらない存在だってさ」

 物心ついたときにはもう、俺に父親はいなかった。母親が言うには防魔術の優れた使い手として評判だったらしいが、仲間の裏切りに遭って殺されたらしい。

 母親も小さいときから10万人に一人と言われる奇病によって苦しみ、強い薬を飲み続けていたが1年ほど前に他界した。だからこそこういう名前をつけたんだ。我が子には凡庸な人生を歩んでほしいと……。

 親が優秀だと言っても俺の能力は普通だし、俺自身派手な生き方は嫌いだからそういう地味な人生を望んでいたっていうのもある。でも、残念ながら無理みたいだ。俺のはらわたは今、信じられないくらい煮えたぎっている。

「もう一度言ってみろ、水谷……」

「何度でも言ってやるよ。お前は産まれたときから、親からもどうでもいい存在だって思われてたんだよ。だからこうして同情してやって――」

「――み……水谷いぃぃっ……!」

 気が付けば俺は自分自身に《加速》を掛け、拳で水谷の顔面を捉えようとしていたが、頬への衝撃とともにやつの姿が遠ざかるのがわかった。

「真壁、やめろって!」

「うぐ……なんで……」

 どうやら割り込んで来た白崎丈瑠に殴られたようだ。なんで俺が……。

「真壁……水谷に謝れよ」

「は……?」

 俺が水谷に謝れだと? こいつ何を言って……。

「俺が……俺が何したっていうんだよ!」

「……真壁、落ち着け。確かにお前だけが悪いわけじゃないけど、冗談に対して殴りかかるのはさすがにやりすぎだろ」

 は? 冗談……? 冗談だと? 冗談なら何を言っても許されるというのか。それに、さすがにあれは冗談という範疇には入らないだろう。完全に言葉の暴力だ。俺は無意識に首を横に振っていた。納得できない。納得できるわけがない……。

 一方で水谷は涼しい顔で他人事のようにパーソナルカードを弄っている。ナンパしたやつの番号でも確認してるんだろう。

「丈瑠君! それはいくらなんでも酷いよ……」

「えっ。る、琉璃……?」

「琉璃……」

 河波琉璃だけはわかってくれていたようだった。そのおかげか、俺は少しだけ冷静さを取り戻すことができた。これ以上暴れたらパーティー全体に迷惑がかかるし、俺が離れればいいだけの話かもしれない。

「水谷君も……真壁君に謝って!」

「へ? なんで……」

 琉璃に対して憮然とした顔の水谷。こいつが謝るわけない。

「もういいんだ、琉璃」

「真壁君……?」

「ごめん。俺が熱くなりすぎたんだ。もう帰るよ……」

 あとで、琉璃にだけ伝えることにしよう。俺はもうこのパーティーから脱退すると……。
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