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第十話 わかりやすいやつだ

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 熱い。体の芯が疼いている。やつに思い知らせたくてしょうがないんだ。でもまだダメだ。

 ……よし、せっかく暴漢から盗んだ筋肉隆々の体があるんだから体術でも覚えるか。駅前ダンジョン近くにある有名な体術の道場に行くとしよう。

 思えば白崎丈瑠もその道場出身なんだよな。青白い顔を歪ませて『真壁先輩、あそこの練習ホント辛いんですよ、正直もう辞めたいです』とか愚痴ってたっけか。あの頃は可愛い後輩だと思っていたがすぐに天狗に様変わりした。正直、汗水垂らしながら道場に通って体術を習得するつもりはない。俺にはこの手袋があるんだからな。

 道場に着いたが、玄関の壁には丈瑠の顔が大きく飾られていた。門下生の中から1000階層に到達した英雄が出たんだから誇らしいことだろうよ。いずれ泥を塗りたくってやるが。とりあえず体験で申し込むことにした。盗むために金を払うつもりはない。

「ではこちらへどうぞー」

「ああ」

 案内役の大柄な女性についていくと汗臭い空間にたどり着き、そこで延々と練習風景を見せられた。みんな体も大きいし筋肉質だが俺には及ばないな。そのためか視線がよく集まる。有望なやつが来たとかヒソヒソ話も聞こえてくる。実に気分がいい。

 この体は盗んだものではあるが……だからなんだ?

 イケメン、高身長、貴族は生まれながらにして得をしている。盗むという手段すら必要がない。それが才能というもの。それなら、この手袋を貰った幸運も俺の才能といっていいだろう。これを生かさないのはただのバカだ。

「おい、しっかりしろよ!」

 嫌な感じの声が聞こえてきた。やたらと偉そうな、上から目線を表すような声。オールバックに決めたあの男か。髪型はともかく顔は……残念すぎるな。笑えるほどブサイク。ただ、白い道着姿がとてもよく似合っている。容姿はともかく力量に関してはかなり凄そうな雰囲気だ。

「もう……できません、師範……」

「んだと?」

 やはり師範か。ひざまずいた男の後頭部を踏みつけて威圧している。周りも静まり返ってしまった。これじゃいい晒し者だ。

「だったら辞めろ。それか死ね」

「え……?」

「死にたくないなら消えろ。今すぐだ!」

「そ、そんな……」

 練習でへばった程度でその二択なのか。いくらなんでも厳しすぎる。

「まだ、やります、やりますから……」

「もう無理だ。一度挫折したやつは終わりだ!」

「うう……」

 酷い男だ……。厳しさのラインを越えてるように思う。

「次! お前だ、来い!」

「は、はい!」

 今度はほかのやつを練習相手に選んだが、連続で投げられてすぐにダウンしてしまった。というかあいつ、まったく何もしてないように見えた。異様すぎる光景。かわしてるだけなのに相手がことごとく投げられて床に叩きつけられているんだからな。容姿も性格も悪いがとことん強いわけだ。

「……師範、また振られたっぽいな」

「んだな」

 周りからのヒソヒソとした声で色々と察する。なるほど、日常のストレスを弟子にぶつけているわけだ。

「あの様子だと今日は何人死ぬかなあ?」

「さあ……」

 おいおい……死と隣り合わせの道場かよ。確かに手加減なしで投げてるっぽいな。やられたほうは泡吹いて倒れてるし。

「起きろおおおっ!」

「ぎええええっ!」

 あいつ、気絶した弟子に水をぶっかけて、さらに腹を踏みつけやがった。

「早く起きろ! 女か!? 女なのか!? お前は! あ!?」

「ぎぎ……」

「白崎丈瑠のように強くなるには、俺を越えるしかない! 俺を恨め! 俺を殺せ! さもなくば死ねえええっ!」

「――うぎっ!?」

 うわ……あの弟子、何度も腹を踏まれた挙句、血を吐きだしてぴくりとも動かなくなった。本当に死んだっぽいぞ。英雄を目標に厳しく鍛えるといえば聞こえがいいが、実際はストレス解消に利用してるだけか。別にこいつらが何人死のうが俺には関係ないが、それであの男がいい思いをするのが気に入らんな。よし、俺が相手になってやる。

「師範! 俺にやらせてください!」

「……なんだ? 見ない顔だな。新参か?」

「はい!」

「ならやめとけ。まだ死にたくないだろう」

「はあ……」

 お、妙な気遣いを見せてきたな。さすがに入ってきたばかりの新参を殺すことには抵抗があるか。そこでマスクを外すと、やつの顔が見る見る赤くなった。

「いや、待て。お前をしてるな。俺が少し根性叩き直してやる。来い」

 あの鋭い視線……殺す気満々だな。お前から女を奪うイケメン様だからか。そういや、さっき死んだやつは結構男前だった。わかりやすいやつだ。
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