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第二十四話 ただ単純に興味があるだけだ

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《加速》を使い、迫りくるモンスターを無視して走っていくと、右に繋がる通路の突き当りに誰かがうつ伏せに倒れているのが見えた。あれは……そうだ、確かにあいつだ。俺が《浮雲》で投げた男だ。派手さとは無縁の服装でわかった。

 あれは……まずいな、ここから見てもかなりの出血量なのがわかる。偶然か、その周囲にモンスターがいないのだけが救いだった。まだ死んでなければいいが……。

「――おい! 大丈夫か!?」

「……うぐっ……」

 よし、まだ息がある……って……。

「……」

 男の体を起こしたものの、あまりの惨状に目を逸らしてしまった。横でムゲンも同じ気持ちだったのか、首を横に振っているのがわかる。

 というか、何箇所斬られてるんだよ、これ……。どう考えたってもう手遅れだ。しかしよくここまでやられて生きていられたものだと思う。もう、執念だけで生きているという感じだった。とはいえ放っておくわけにもいかない。ほんの少し生きられる時間が増える程度だが防魔術《治癒》をかけてやった。これは傷の回復や止血だけでなく痛みを和らげる効果もあるんだ。

「――うぅ……」

 それで意識が若干戻ったのか男は薄らと目を開けた。

「聞こえるか……? 誰にやられたんだ?」

 おそらく、これはモンスターによるものではない。鋭い切り傷が幾つも執拗に入っている。この男は何者かに襲われて、必死にここまで逃げてきたのかもしれない。

「……わ、わから、ない……何も……」

「え?」

「遠く……で……みんなやられ……。逃げて……ごはっ……」

 男はかっと目を見開いたかと思うと吐血してそのまま息絶えてしまった。どういうことだ……。誰に殺されたのかもわからないだと……? 相手がモンスターなのか人間なのかもわからないってことかよ。

……」

 ムゲンの小さな声がはっきりと聞こえた。

「なんだ、その物騒な名前は」

「……昔いた有名な探求者殺しよ。姿が見えないからそう呼ばれた。でも、もういないと思うけど……」

「けど? まだいる可能性があるのか?」

「……わからない」

 ムゲンは押し黙ってしまった。

「けど、ないと思う……」

「どうしてそう思うんだ?」

「そ、それは……」

 とても困った顔をしている。胸を揉んだときでさえ見せなかった顔だ。

「ただの勘っていうか……。それに、大分前の話だし……」

「……そうか。で、もしそうだとしてどれくらい強いんだ?」

「……ブラックカード……」

「へ……?」

 ぼそっと呟いたムゲンの言葉に耳を疑った。ブラックカードを持つ者に命を狙われたら、その最下層クラスであっても決して生き残れないと言われている。それくらい桁外れに強いのだ。

 究極の体術《浮雲》と同等の剣術《枯葉》を習得している俺でさえまだグレーカードだからな……。世の中広いもんだ。ただ、怖くはない。何故なら俺がグレーカードにとどまっているのはまだそんなに盗んでないからだ。相手がブラックカードならさらに良いものを盗めるんじゃないか。

「いっちょやってやろうか」

「えっ……」

 きょとんとした顔で俺を見つめるムゲン。意外だったらしい。

「ダメ」

「ダメって……。インヴィジブルデビルの可能性は低いんだし楽勝だろ?」

「そうだけど……万が一のこともあるし……」

「……心配するなって。万が一があったとしても俺にはこの手袋があるんだから」

「……」

 ムゲンのやつ、何か言いたそうだったがぐっと言葉を飲み込んだ感じだ。もし本当にインヴィジブルデビルだったらこの手袋をそいつに奪われる可能性もあるしな。それが怖いんだろう。

「姿が見えないなら防魔術で炙り出してやるだけだ」

 防魔術の一つ、《陽光》は近くにいるやつだけに限るが隠れたモンスターを発見できる。錬成度Cなので探知する範囲は狭いが、こっちには《浮雲》もあるし問題ない。おまけにムゲンもいるしなんとかなるはずだ。

「ウォールさん、なんかキャラが違う気が……」

「ん?」

「モンスターにさえ怯えてたのに……」

「……ムゲンも人のこと言えないだろ。最初からこの手袋が狙いだったくせに」

「……」

 なんか凄く悔しそうだ。やはり図星か。

「……この子のため?」

「この子?」

「あ、この死んだ子」

 亡骸に視線を移すムゲン。この子って……まるで年下みたいな扱い方だ。ムゲンのほうがずっと年下だろうに。

「いや、違う」

「じゃあ、なんのために倒すの? その手袋で奪うため……?」

「ああ。それが第一だな」

「第二があるの?」

「……」

 なんでそんなことが気になるんだか。この手袋にしか興味がないくせに、妙だな。

「第二なんかない。全部自分のためだ」

「……ふーん」

 プイッと顔を背けるムゲン。なんで不機嫌そうなんだよ。俺は冗談が嫌いだから本当のことしか言わない。

 急にひとりぼっちになってしまったこいつの気持ちはわかるような気がするが、思いを重ねているだの、仇は取ってやるだの綺麗事を言うつもりもない。ただ単純に興味があるだけだ。とにかく良いものを奪いたいって、俺自身が疼いてるんだ。
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