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第二十八話 どこかで聞いたような台詞だな
しおりを挟む「それじゃ、俺は行くから」
「待ちなさいよ、真壁庸人。その手袋で世紀の大泥棒にでもなるつもり……?」
席を立った俺の背中に、廻神流華の怒声がぶつかってくる。
「ああ、ここまで来たらなってやるさ。世紀の大泥棒とやらにな。あと、フルネームで呼ぶの止めろ」
「もう、知らない! どうせあたしのペチャパイじゃ不満なんでしょ! こんの、乳揉み大魔人!」
「……」
まーた周りの客からクスクスと押し殺すような笑いが起きてるわけだが……。まあいい。いくら喚こうが暴れようがもう関係のない話だからな。
というわけでとっとと会計を済ませ、足早に喫茶店を出る。さて、妙なことに時間を取られてしまったわけだが、俺は何をしようとしてたんだっけか。
……そうだ、攻魔術を盗むつもりでいたんだったか。結局《枯葉》はほとんど使わずじまいだったが、攻魔術を覚えてからダンジョンで試しても遅くはない。
ちなみに攻魔術や防魔術を教えてくれる場所だが、体術や剣術と違って道場という形はとらない。小規模の学校、すなわちリトルアカデミーという形を取る。
小中高大と続く学園生活において、不随する塾のようなものなのだ。普通の授業の一環として、攻魔術や防魔術の初期クラス――日常生活で役立つ程度のもの――なら教えてもらえるが、ダンジョンで使えるような本格的なものを覚えたい場合、リトルアカデミーに通わなければどうしようもない。
防魔術を習う前、俺は一時期攻魔術を学んでいたことがあったが、貴様にはまるで才能がないとリトルアカデミーの教師にはっきりと言われて辞めた。元々環境が嫌だったというのもある。
みんなが失笑する中、あの教師は右の口角を僅かに釣り上げてそう言いやがったんだ。ちなみに俺は当時トップクラスの成績だったから、なんでそんなことを言われたのかわからなかったが、今ならはっきりわかる。嫉妬だ。
嫉妬こそ人を動かす最大の原動力なのだ。若くて才気あるものに、あの教師は嫉妬したのだ。出る杭は必ず打たれる。攻魔術習得直前に辞めてしまった自分の心の弱さにも腹が立つが……。
まだあの教師がいるなら奪ってやりたいが、結構古いリトルアカデミーだし性格も悪いしさすがにもう潰れてるだろうな。
「……」
俺は誰かにつけられているのがわかった。誰だ……? ったく、こんなときに邪魔しやがって……。
ブサイク師範の手先か、あるいは廻神流華か、はたまた手袋を狙う謎の勢力か……いずれにせよ、さっさとカタをつけてやる。
俺は口笛を吹きつつ歩いた。まるで気付いてないという意思表示で油断させてやるんだ。その上、商店街の中でも人通りの少ない路地裏に入ってやった。さあ、来い……。
――来た来た。近付いてくる。まだだ。もっと近付いてきたところで……あれ? 一定の距離を置いてついてきやがる。なんだこいつ。なんで襲ってこない? いつまでも遊んでる暇はないぞ……。
「……俺に何か用事か?」
「……あ……」
しびれを切らして振り返ると、そこにはくたびれた感じのおっさんがいた。スーツもよれよれで頬や体は痩せこけ、目はギョロついてていかにも盗みを犯しそうな面をしている。
「隠そうとしても無駄だ。俺から何か盗もうとしてたんだろ?」
「ぎっ……」
観念したのか、おっさんは握りこぶしを作って歯軋りした。さあ来い。お前の一番大切にしてる宝を奪ってやる……。
「……へ?」
向かってくるかと思いきや、おっさんは土下座していた。な、なんだ? 油断させようっていうのか?
「どうか……どうかあっしを貴方様の弟子にしてくだせえ!」
「……は、はあ?」
おっさんは俺を見上げたが、その涙で濡れた目は信じられないくらい輝いていた。
「さっきの店で聞きやした! 貴方様は世紀の大泥棒を目指すそうで!」
「……」
こりゃ参った。また変なのに纏わりつかれたもんだな……。
◇◇◇
「……で、あんたはなんで俺の弟子なんかになりたいんだ?」
美味しそうな匂いにつられて、ちょうど近くにあったラーメン屋で麺を啜りながら男に話を聞く。よく考えたらコーヒー以外、何も口にしてなかったしな……。
「……へい。あっしがもっと強い泥棒になりたいからでして……」
「……」
本当に奇妙なやつだ。
「じゃあ、あんたは弱い泥棒ってわけか」
「弱いっていうか、大きなことができねえ泥棒なんで……。だから、貧乏人からは奪いやせん。殺しもしやせんし、もちろん女子供にも手は出しやせん。犯さず、殺さず、貧しい者からは奪わず、をモットーとしておりやす!」
「……」
どこかで聞いたような台詞だな。まあいい。
「つまりあれか? モットーを破ってでも強い泥棒になりたいってことか?」
「違いやす! このモットーは守った上で、強い泥棒になりたいんでやんす!」
「シー……」
「あ……すいやせん……」
ガラガラの店だからよかったが、客が入ってきたからそうもいかなくなった。
「強いっていうのは、見た目から判断したのか?」
「それもありやす。けど、もっとあるのはオーラで……その、なんていうか、外道でもねえ、かといって善人でも悪人でもねえ。本当に強い男が持つとされる孤高のオーラを纏ってやして……」
「……」
こいつが悪いやつじゃないのはなんとなくわかる。しかし弟子なんてとんでもない。俺はこの手袋があればなんでもできるからな。こんなやつを弟子にしたところで足手纏いにしかならん。
「残念だが、俺にメリットはなさそうだから断る」
「メリットならありやすぜ……」
「……」
なんだこいつ。目がギラッと光りやがった。
「英雄の情報、欲しくないですかい?」
「な、なんだと……? 俺がやつらの情報を欲しがってるって、何故……」
「ニュースを見たときの、貴方様の不快そうな表情、しかと確認しやした。絶対にこれは因縁がありそうだと。あっしは、そういう情報を掴むのは上手い、いわゆる情報屋でもありやす……」
そんなところまで観察していたのか……。こいつは使える。俺はそう確信した。
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