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第三十話 今までにない充足感があった

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 四畳しかない狭い部屋で、男三人が向かい合う光景はなんともシュールだ。俺と、弟子になったばかりのコージ、それに六さんだ。

 しかし、まさか駄菓子屋の二階がだったとはな……。

「ふー、ひでぇ目に遭いやしたぜ……」

 コージは以前よりさらにげっそりしちゃってる。あの婆さんにしつこく追いかけられてたからな。結局捕まって箒で尻をバシバシ叩かれてたが……。

「コージどん。まさか、今日来るとは思わなかったっす。それも、真壁どんと」

「いやー、あっしもまさか、真壁兄貴が既に六さんやみんなと知り合いだったなんて思いもしやせんで……」

「どうぞー」

「「「あっ」」」

 誰か入ってきたと思ったら、鑑定士の館花理沙だった。両手に持ったお盆には、湯気を立てる湯呑み茶碗が三つあった。

「な、なんで理沙ちゃんが?」

 コージはきょとんとしている。彼女がここまで来るのは珍しいんだろうか?

「コージどん。真壁どんは理沙っちのお婿になる人っす」

「えええっ。そりゃめでてぇ!」

「ふふっ……」

「……」

 なんとも気まずい。理沙は否定せずに俺に笑顔で小さく手を振ってきた。一応返したが……なんとも痒いな。無性に頭を掻きたくなる。

「では、ごゆっくりどうぞっ」

「理沙ちゃん、お仕事頑張るでやんすよ」

「頑張るっす」

「が、頑張れ……」

「はーい♪」

 理沙が去って、お茶を啜る音が空間を支配する。……なんか体が火照ってきちゃったな。

「窓開けようか」

「あ、そういうのは弟子のあっしに任せてくだせぇ」

 コージが素早く窓を開けてくれた。……ん? なんか見覚えのある子が店の前に立ってる。

 あ、あれは……ムゲン――廻神流華――だ。こっちを見上げてあっかんべーしたかと思うと、足早に立ち去っていった。……なんだよあいつ。ここまで俺を追いかけてきたのか? しつこいやつだ……。

「あ、あの子はもしかして、真壁兄貴のでやんすか!?」

「……そりゃ一大事でごわす……」

「……」

 気付くとコージと六さんが俺の両脇にいて目を光らせていた。さすが情報屋と新聞屋なだけあって、こういうのにはすぐ飛びついてくるな。しかし、妙に眠い。何故だ……あ……。

 壁に掛かった時計を見たら、もう夜の十一時を過ぎていた。商店街が明るいせいで気が付かなかったんだ。寝るとしよう……。



 ◇◇◇



「おはよう。コージ、六さん」

「おはようでやんす、真壁兄貴!」

「おはようっす、真壁どん」

 このアジトは窮屈なんだが、昨日は何故かよく眠れた。それだけ疲れていたのもあったんだろうが妙に安心感があるんだ。六さん、コージ、婆さん、理沙……みんな癖はあるがいい人だからな。

 それにしても、コージはグレーカードCなのにさらに上を目指してるのは何故なんだろう。

「兄貴、六さんを連れて食事にでも行きやすか?」

「ちょっと待ってくれ、コージ。その前に少し話を聞きたい」

「へい」

「お前、これ以上強くなりたいみたいだけど、なんでだ?」

「……仇を討ちたいんでやんすよ」

「……例の、子供のか?」

「へい」

「……」

 ダンジョンで死んだとか言ってたが、モンスターじゃなくて探求者の誰かに殺されたのか……。

「ダンジョンじゃ目撃証言があまりないんでやんすが……が現場近くをうろうろしていたって聞きやした……」

「……」

 筋肉隆々、か。まさか般木道真のことじゃないだろうな。あいつならありえそうだ。そういや水谷に殺されたんだっけか。あいつのことだからしぶとく生き延びてるような気もするけどな。ただの勘だが……。

「どうかしやしたか?」

「あ、いや。そいつが強いかどうかはおいといて、コージはグレーカードCなんだろ? 今のままでも倒せるんじゃないのか?」

「……あっしのせがれは、当時グレーカードBの探求者でして……」

「……」

「必死にあっしも仇を取ろうと強くなってやっとCになりやしたが、もうこれ以上は自力じゃ難しいと……」

「それで俺に白羽の矢を立てる形になったわけか」

「へい。そこまで強そうなのはなかなかいやしませんで……」

「あの婆さんに教えてもらうのはどうだ?」

「鬼婆はもう歳でやんす……」

「……まあな」

 あの様子だとまだまだやれそうだが……。

「あと、あっしが目指してるのはAでありやす」

「……」

 俺を選ぶくらいだからコージの眼力は確かなんだろう。

「自分で仇を取りたいんだな」

「へい、兄貴に鍛えてもらって、是非この手で……」

「それなら鍛えてやってもいいが……」

「ありがてえ。もちろん、ただでやってもらえるとは思っていやせん。既に、英雄たちの情報は掴んでおりやす……」

「お、早いな。もしかして俺が寝てる間にか?」

「へい」

 これは面白くなってきた。しかも六さんは落陽新聞の記者だ。水谷たちを英雄の座から引き摺り落とせる日も近いな……。

「――みなさん、おはようございます。朝食、持って参りましたっ」

「「「おおっ」」」

 理沙の登場で俺たちの声が見事に被る。

「はい、どーぞっ」

「……」

 みんなの前に食事が置かれたわけだが、俺のだけハートマークのおかずだらけだった。

「ふふっ……」

 俺が照れるのがおかしかったのか、理沙が口に手を当てて笑っていた……。

「兄貴に嫉妬しやした。あっしもハートを頂きやす」

「おいどんもっす」

「あっ、お前ら!」

「こらー」

 コージと六さんに幾つか盗られてしまった。お、俺としたことが……。

「あはは……」

「うふふ……」

 気が付くと俺は理沙と目を合わせて笑っていた。なんだろう。今までにない充足感があった……。
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