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1章:癒しを求めたはずが

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「もう大丈夫そうだな」

 なんだかんだで…その男性はそれほどかからずに戻って来た。座り込んだ私だったけど、慌てて立ち上がる。

「はい、ありがとうございました」
「とりあえずこっち。あっちは山の奥に行く事になるから、ああいった魔物が出て来る」

 お礼を言うと、ここから離れたほうがいいと言って、さっさと歩いて行ってしまうその人だけど…顔の彫深くてかっこいい。目の色も水色…いや、緑っぽい?ぱっと見だけだから良く分からなかったけど。

「もう少し行った所に休める場所があるから、いろいろ気になるだろうけどついて来て欲しい」

 ちらりと振り返ってそう言われるけど、こんなどこなのか分からない場所で一人でどうにかなるなんて楽観視してないわよ。さっきのクマがまたでないとは言い切れないだろうし。
 それにキャンプ道具があるとはいえ…あのキャンプ場は水道とか、薪とかもちゃんと整備されてる場所だったから、持ってないもの。
 だからわかったと言って、おとなしくついて行く。

 一応は、本格的なキャンプをしたことがあるっていう人から話を聞いてたからね。薪って、乾燥してないと煤ばっかりで火がなかなか出ないとか。だから薪がないからと枝を取ったり拾っても燃えない場合があって困ると言ってた。水だって、余分に用意しろとかね。その人は最悪を想定して、簡易なものだけど浄水器を持ってるって言って見せてくれた。
 いくら慣れたと言っても、そこまで自分で出来る訳じゃないから…助けてくれるなら助けて貰った方がいい。

 どれ位歩いたのか。川があって、ぽっかりと開いた所に出た。

「ちゃんとした詰所もあるんだが、そこまではもう少しかかる。そこに座っててくれ。酒ならあるんだが…茶を用意しよう」
「あ、いえ、飲み物ならありますので」

 リュックを下ろそうとして…あれ?と、思う。かなりの重さがあったはずなんだけど、重さを感じない。敗れて中身がない、とかじゃないよね。
 あ、夢だから軽いのか。と、そう思い至り、ひとまずリュック脇に入れていたペットボトルを取り出す。その人も飲むかなと思ったけど、ペットボトルをじっと見てる?

「あの?」
「ああ…すまない。知り合いから聞いた事のある形状だったのでね。まあ、細かい事は後だ。まず…」

 質問は後にして欲しいとそう言って、自己紹介をされた。その人はキルギスさんというらしい。キルギスさんは、この世界ではよく異界から迷い込むのか、落ちて来るのか、人や物が来るらしい。物も問題だけど、人の場合、生活習慣や考えが違ったり、知識が違う為にトラブルやそれこそ争いになる事もあるという。なので、その人を保護する機関があって、その機関の人なのだという。

「名前と話からすると…以前保護した人間と同郷の可能性があるな」

 可能性として、という前置きと共にそう言われてびっくりした。日本という国に住んでいて、名前は高梨由香だと言ったらそう返って来たのよ。

「あと、そいつの言葉を借りると、異世界転移という事象らしい」
「異世界転移…」
「日本人ならそう言えば大体通じるとも言っていたが」

 …うわぁ…考えないようにしてたやつだった。いや、ほら、流石に物語とは違うと思うじゃない。自分の身に降りかかるとは思わないじゃない!?痛い人になりたくないし!?

「もしその日本に戻りたいというのならば、時間はかかるが可能だから安心するといい」
「え、帰れるんですか?」

 しかもちゃんと帰れるらしい。なんという親切設計。

「ああ。その辺りもまた後で。ただ…その荷物はまずいかもしれん」
「え?」
「衣服なんかはいいんだが…今まで、携帯していた武器や、持っていたカバン、ポケットに入れていた物すらこちらには来ていない。…荷物の中身は全て入っているのか?」

 そう言われて、リュックの中身をあけてみるけど…きちんと入ってる。寝袋に簡易なテント、キッチン用品なんかも。薪はないけど…小さなガスコンロは入れてあるし。バーベキューみたいには出来ないけど、お湯沸かすくらいは出来る。

「…そのカバンが特殊なのかもしれんが、異界の物を自由に持ち込めるとなると…知られると危険だな。隠した方がいい」
「隠すといっても…」
「信用してもらえるならば、私が預かってもいいか?」
「え?それは構いませんが…」

 でも、結局誰かの目につくのでは。と思ったのだけれど。

「私はマジックバックというスキル持ちでね。こう…」

 そう言って、手のひらを上にして前に差し出す。と、その手の上に何か赤くて細長い物が出る。

「これはそっちの世界でいうと、皮の色が違うがバナナだそうだ」
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