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【2章】俺はあなたと結婚したいんです!〜魔術師エレンの主張〜
18.皇女ヴィヴィアンは疑問を呈した
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エレン様が合図をすると、侍女たちがすぐにティーセットを運んできてくれた。いれたての熱いコーヒーだ。
本当なら、豆の産地とか、ティーカップが去年の誕生日にわたしが贈ったものだってこととか、美味しそうなお茶菓子のこととか、そういうことに思いを馳せたいところなのだけど、わたしは今それどころじゃない。エレン様との物理的距離が近すぎるからだ。
(隣⁉ 隣に座るんですか、エレン様⁉)
既に腰かけたあとで反対側に座り直すわけにもいかないし、かといってこのままだとわたしが酸欠になる。エレン様がこっちを見ている気配がするし(ドキドキして確認できないけど!)、このままでは死あるのみだ。
「あの、エレン様」
「ん? どうかした?」
「ちょっと近すぎじゃない? このままだとコーヒーが飲みづらい気がするなぁ、なんて……」
ダメだ。皇女のくせに威厳ゼロ。もっとハッキリ喋らなきゃって思ってるのに、エレン様の前では上手にできない。
「コーヒー、飲みたいですか?」
キョトンとした表情でエレン様が尋ねてくる。心底驚いている様子だ。
別に喉が渇いているわけじゃないし、コーヒーを飲みたいかって言われると答えは否だ。だけど「いいえ」と答えそうになったところで、わたしはゴクリと言葉を飲み込んだ。
「……飲みたい、な。せっかく用意してもらったし、エレン様が普段どんなものを飲んでるか知りたいし」
本当は胸がいっぱいで、喉をとおりそうな気がしない。だけど、こう答えないときっと、ずっとこのままな気がする。
「そうか。それじゃあ、このまま一緒にいただこうか」
だけど、それでもエレン様は動かなかった。わたしの前にカップを差し出し、持ち上げるよう促してくる。
「あの、エレン様……」
「ほら、このままでも飲めるだろう?」
おかしい。離れるどころか、さっきよりも距離が狭まっている。これじゃ絶対に肘が当たっちゃう。
「いや、だけど近すぎて」
ダメだ。言った側からさらに距離を詰められてしまった。
深呼吸を一つ。わたしは諦めることに決めた。
「――――本題に移りましょう。エレン様はどうして、わたしと結婚しようと思ったの?」
かくなる上は時間との勝負だ。最短で話が済むよう、わたしは質問を投げかける。
「何故? 当然、ヴィヴィアン様が可愛いと思ったからです」
「かっ⁉ ……嘘ですよね⁉」
投げたのは直球なのに、かえってきたのは変化球だった。
どうしよう、ものすごく手強い。話を長引かせようとしているのだろうか――――相手はエレン様だと言うのに、ついついそんなことを勘ぐってしまいたくなる。
「嘘なんてつきませんよ。それとも、ヴィヴィアン様は俺のことを嘘つきだと思っているのですか?」
「いいえ、まったく! 高潔なエレン様は嘘なんてつきません! つくはずがないんですけど……」
だって、信じられないんだもの。わたしが可愛い? そんな馬鹿な。自分で言うのもなんだけど、こんなに可愛げのない女はそういないと思う。偉そうだし、男勝りだし、ガツガツしているし。まあ、そうなるように育てられたんだけど。
「あなたは誰よりも可愛いですよ。俺が言うんだから間違いありません」
「は……」
エレン様がわたしを撫でる。愛しげにそっと瞳を細めて。
(破壊力、とんでもないんですけど!)
わたしは思わず天を仰ぐ。
最近すごく思うのよ。前世のわたしは一体どんな徳を積んだのだろう? 一体どんな死に方をしたんだろう? って。絶対に答えは出ないのに、そんなことを必死で考え続けている。
だって、どう考えたっておかしいんだもの。
エレン様がわたしのことを可愛いって! だからわたしと結婚したいって言うなんて。
目がなにかにやられた――――なんて考えるのは非常に失礼だけど! そう考えないと納得できない。まさかがすぎる。
「エレン様、一体誰に騙されているんですか?」
こんな甘やかしムード、一秒たりとも耐えられない。単刀直入に自分の考えを口にする。
「騙されている? 誰が?」
「エレン様が。よーーく思い出してください。わたしを可愛いと思うように、誰かから暗示をかけられた覚えはない? ここ最近、変な人と知り合いになったりとか」
わたしはエレン様を見つめつつ、眉間にぐっと皺を寄せた。
日頃からエレン様の交友関係は把握するよう努めている。エレン様にとって大切な人は、わたしにとっても大切な人だからだ。
だけど、彼らとエレン様が実際になにを話しているのかまではわからないし、もしかしたら、わたしの知らないうちに国家レベルの陰謀が企てられているのかもしれない。エレン様を皇室のメンバーに加えたいと思っている誰かがいて、エレン様の心理操作をしているのかも……。
「ないですよ。俺、そういう暗示にはかからないたちですし、怪しい人間にはそもそも近づきません。自分から交友関係を広げようというタイプでもありませんし」
「……本当に?」
「もちろん」
エレン様はためらいなくうなずいたあと、そっと首を傾げる。思わず守ってあげたくなるような純粋無垢な表情だ。
「でもでも、エレン様はお優しいから、話を聞いているうちに或いはってこともあるかもしれないじゃない? 世の中にはいい人の皮を被ったたくさん悪い人がいるんだもの! エレン様はあまりにもいい人だから、そういう人にまで公平に接してしまうだけで」
「俺、案外疑り深いですよ? 割と慎重なほうですから、腹に一物のある人間はすぐに気づきます。それに、人を見る目はあるつもりなんですが」
エレン様はそう言って、わたしのことをよしよしと撫でる。不覚にも、またドキドキしてしまった。
「ただ、そうですね……強いて言うなら――――」
「強いて言うなら⁉ なに⁉」
ようやく思い当たる節が出てきたのだろうか? わたしは思わず身を乗り出す。
「俺はヴィヴィアン様に騙されているのかもしれません」
本当なら、豆の産地とか、ティーカップが去年の誕生日にわたしが贈ったものだってこととか、美味しそうなお茶菓子のこととか、そういうことに思いを馳せたいところなのだけど、わたしは今それどころじゃない。エレン様との物理的距離が近すぎるからだ。
(隣⁉ 隣に座るんですか、エレン様⁉)
既に腰かけたあとで反対側に座り直すわけにもいかないし、かといってこのままだとわたしが酸欠になる。エレン様がこっちを見ている気配がするし(ドキドキして確認できないけど!)、このままでは死あるのみだ。
「あの、エレン様」
「ん? どうかした?」
「ちょっと近すぎじゃない? このままだとコーヒーが飲みづらい気がするなぁ、なんて……」
ダメだ。皇女のくせに威厳ゼロ。もっとハッキリ喋らなきゃって思ってるのに、エレン様の前では上手にできない。
「コーヒー、飲みたいですか?」
キョトンとした表情でエレン様が尋ねてくる。心底驚いている様子だ。
別に喉が渇いているわけじゃないし、コーヒーを飲みたいかって言われると答えは否だ。だけど「いいえ」と答えそうになったところで、わたしはゴクリと言葉を飲み込んだ。
「……飲みたい、な。せっかく用意してもらったし、エレン様が普段どんなものを飲んでるか知りたいし」
本当は胸がいっぱいで、喉をとおりそうな気がしない。だけど、こう答えないときっと、ずっとこのままな気がする。
「そうか。それじゃあ、このまま一緒にいただこうか」
だけど、それでもエレン様は動かなかった。わたしの前にカップを差し出し、持ち上げるよう促してくる。
「あの、エレン様……」
「ほら、このままでも飲めるだろう?」
おかしい。離れるどころか、さっきよりも距離が狭まっている。これじゃ絶対に肘が当たっちゃう。
「いや、だけど近すぎて」
ダメだ。言った側からさらに距離を詰められてしまった。
深呼吸を一つ。わたしは諦めることに決めた。
「――――本題に移りましょう。エレン様はどうして、わたしと結婚しようと思ったの?」
かくなる上は時間との勝負だ。最短で話が済むよう、わたしは質問を投げかける。
「何故? 当然、ヴィヴィアン様が可愛いと思ったからです」
「かっ⁉ ……嘘ですよね⁉」
投げたのは直球なのに、かえってきたのは変化球だった。
どうしよう、ものすごく手強い。話を長引かせようとしているのだろうか――――相手はエレン様だと言うのに、ついついそんなことを勘ぐってしまいたくなる。
「嘘なんてつきませんよ。それとも、ヴィヴィアン様は俺のことを嘘つきだと思っているのですか?」
「いいえ、まったく! 高潔なエレン様は嘘なんてつきません! つくはずがないんですけど……」
だって、信じられないんだもの。わたしが可愛い? そんな馬鹿な。自分で言うのもなんだけど、こんなに可愛げのない女はそういないと思う。偉そうだし、男勝りだし、ガツガツしているし。まあ、そうなるように育てられたんだけど。
「あなたは誰よりも可愛いですよ。俺が言うんだから間違いありません」
「は……」
エレン様がわたしを撫でる。愛しげにそっと瞳を細めて。
(破壊力、とんでもないんですけど!)
わたしは思わず天を仰ぐ。
最近すごく思うのよ。前世のわたしは一体どんな徳を積んだのだろう? 一体どんな死に方をしたんだろう? って。絶対に答えは出ないのに、そんなことを必死で考え続けている。
だって、どう考えたっておかしいんだもの。
エレン様がわたしのことを可愛いって! だからわたしと結婚したいって言うなんて。
目がなにかにやられた――――なんて考えるのは非常に失礼だけど! そう考えないと納得できない。まさかがすぎる。
「エレン様、一体誰に騙されているんですか?」
こんな甘やかしムード、一秒たりとも耐えられない。単刀直入に自分の考えを口にする。
「騙されている? 誰が?」
「エレン様が。よーーく思い出してください。わたしを可愛いと思うように、誰かから暗示をかけられた覚えはない? ここ最近、変な人と知り合いになったりとか」
わたしはエレン様を見つめつつ、眉間にぐっと皺を寄せた。
日頃からエレン様の交友関係は把握するよう努めている。エレン様にとって大切な人は、わたしにとっても大切な人だからだ。
だけど、彼らとエレン様が実際になにを話しているのかまではわからないし、もしかしたら、わたしの知らないうちに国家レベルの陰謀が企てられているのかもしれない。エレン様を皇室のメンバーに加えたいと思っている誰かがいて、エレン様の心理操作をしているのかも……。
「ないですよ。俺、そういう暗示にはかからないたちですし、怪しい人間にはそもそも近づきません。自分から交友関係を広げようというタイプでもありませんし」
「……本当に?」
「もちろん」
エレン様はためらいなくうなずいたあと、そっと首を傾げる。思わず守ってあげたくなるような純粋無垢な表情だ。
「でもでも、エレン様はお優しいから、話を聞いているうちに或いはってこともあるかもしれないじゃない? 世の中にはいい人の皮を被ったたくさん悪い人がいるんだもの! エレン様はあまりにもいい人だから、そういう人にまで公平に接してしまうだけで」
「俺、案外疑り深いですよ? 割と慎重なほうですから、腹に一物のある人間はすぐに気づきます。それに、人を見る目はあるつもりなんですが」
エレン様はそう言って、わたしのことをよしよしと撫でる。不覚にも、またドキドキしてしまった。
「ただ、そうですね……強いて言うなら――――」
「強いて言うなら⁉ なに⁉」
ようやく思い当たる節が出てきたのだろうか? わたしは思わず身を乗り出す。
「俺はヴィヴィアン様に騙されているのかもしれません」
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