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【3章】推しとは結婚できません!〜皇女ヴィヴィアンは真実を知る〜
29.エレンとロウソクと願いごと
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隣町での視察を終え、帰路につく頃には、太陽は既に水平線の向こう側に沈みかけていた。
(馬車に乗れば、ヴィヴィアン様は少しは休めるだろうか?)
きっとものすごく疲れただろう。傍から見ていた俺でさえ、とても疲れてしまったのだから。
ゆっくりと休んでほしい。俺が心からそう思ったそのときだった。
「おーーいエレン、護衛は帝都まででいいってさ。ヴィヴィアン様は城に帰る前に寄り道をなさるそうだよ」
護衛騎士の一人と打ち合わせていた先輩が俺にそう教えてくれた。思わぬことに、俺は目を見開く。
「今から寄り道ですか? 帝都に着くのは夜遅くになるのに……というか、危険なのでは?」
ヴィヴィアン様の身体が心配だ。そんなことをして、大丈夫なのだろうか? 俺は顔をしかめてしまう。
「なんでも、今日じゃなきゃ意味がない用事があるんだそうだよ。城に帰っていたら間に合わないんだってさ。言い出したら聞かない方だそうだし、帝都に帰れば警護が手厚くなる。俺たちは気にしなくて大丈夫だよ」
「そうですか……」
俺はため息をつきつつ、ヴィヴィアン様の乗る馬車を見つめた。
***
帝都に着き、ヴィヴィアン様一行と別れたあと、俺たちは魔術師団に向かった。既に勤務時間外のため、同僚の魔術師たちはほとんどが帰宅している。
俺は自分の席に座ると、筆ペンを手に取った。
「なに? おまえ、今から仕事する気? 今日ぐらいは早く帰れって。誕生日だろう?」
先輩が呆れたような表情で口にする。俺はそっと微笑んだ。
「報告書を仕上げておきたいんです。ただの自己満足ですから、先輩は先に帰ってください」
今日の出来事を、ヴィヴィアン様について感じたことを、早く形にしておきたい。先輩は「あんまり遅くなるなよ」と釘を差し、魔術師団をあとにした。
報告書を書き上げると、俺は職場を出た。
(さてと。今から行ってぎりぎりラストオーダーに間に合う……かな?)
ちらりと時計を見遣りつつ、俺はカフェのほうへと足を向ける。
先週もらったシフト表には乗っていなかったし、リリアンはきっと店にはいないだろう。けれど、カプチーノを飲むだけで、俺の一日の疲れが癒えるんじゃないか。嬉しいと感じるんじゃないか。そうすれば、リリアンは喜ぶんじゃないか、なんてことを考える。
(自分の誕生日なんて心底どうでもよかったはずなのに)
今はもう、俺のことを自分よりも大事にしてくれる人がいる。幸せを願ってくれる人がいると知っている。だから俺は、以前よりも自分を大事にする。少しでも自分が嬉しいと思うことをする。
カフェに着くとすぐに「いらっしゃいませ!」という挨拶が返ってきた。
「まあ、エレン様。まさかこの時間からいらっしゃっていただけるなんて……さすがに想像しておりませんでしたわ」
出迎えてくれたのは、先輩がお気に入りのジョアンナという店員だった。いつもならリリアンが出迎えてくれるのに――――一抹の寂しさを覚えつつ、俺は会釈をした。
「すみません、ジョアンナさん。こんな時間に。もうラストオーダーは済みましたか?」
「いいえ! いいえ! 喜んでご提供させていただきます。ですが、あの……少しこちらでお待ちいただけますか?」
「……? はい」
一体どうしたのだろう? ジョアンナが急いで厨房に戻っていく。
それからほんの数秒後のこと、今度はリリアンが厨房からやってきた。
「エレン様⁉ うそうそ! 本当に本当に⁉ エレン様がいらっしゃったの⁉」
「リリアン……今日はシフトに入っていないと思っていたけど、来ていたんだね?」
俺が尋ねればリリアンはコクコクと何度もうなずく。瞳をキラキラと輝かせ、興奮した面持ちだ。
「どうぞこちらへ! ぜひぜひ、ゆっくりしていってくださいね!」
リリアンはそう言って、俺を特等席へ連れて行ってくれた。
店内には他の客はおらず、シンと静まり返っている。いわば貸切状態だ。
「悪かったね、こんな時間に。もう店じまいの準備を――――片付けをしていたんだろう?」
「いえいえ! 片付けなんてとんでもない! 今が佳境と言いましょうか……!」
「佳境?」
「はい! あの、エレン様は甘いもの、お好きですよね? 何度かご注文もいただきましたし、食べれますよね?」
リリアンが突拍子もないことを尋ねてくる。目を丸くしながら「好きだよ」と答えたら、彼女はパッと瞳を輝かせた。
「よかった! お飲み物はいつもどおり、カプチーノでよろしいですか?」
「うん。それで」
「かしこまりました! それでは少々お待ちください!」
リリアンが厨房に戻っていく。俺は静かに彼女の後ろ姿を見送った。
(今日は忙しい一日だったな……)
書類仕事や訓練とはまた違った疲労感――――けれどそれは、とても心地がよい。
ヴィヴィアン様のいろんな一面が見れたし、リリアンにも会えたし、これからお気に入りのカプチーノを飲むことができるし、文句なしに最高の誕生日だ。他にはもうなにもいらない――――そんなふうに思ったときだった。
唐突に店内が真っ暗になる。ビックリして振り返ったら、ろうそくのほのかな明かりが目に映った。
「リリアン……」
「エレン様、お誕生日おめでとうございます!」
リリアンがテーブルの上にケーキを置く。俺の歳の数――――19本のロウソクが並んだケーキだ。目頭が熱くなって、俺は思わず目を背けた。
「リリアン、これ……」
「実はエレン様のお誕生日を自分なりにお祝いしたくて、ケーキを作っていたんです。まさかエレン様が来てくださるとは思ってなかったから、デザインとかフルーツとか、もっとこだわればよかったってちょっぴり後悔しているんですけど」
バツの悪そうな表情を浮かべ、リリアンが微笑む。俺は大きく首を横に振った。
「そんなことない。嬉しい……すごく嬉しいよ」
少しでも気を抜いたら、涙が零れ落ちそうだった。
「ささ、エレン様。願いごとを思い浮かべて。ロウソクを吹き消してください!」
リリアンに促され、俺は静かに目をつぶる。
(俺の願いごと)
ずっとこの子と――――リリアンと一緒にいたい。
それが実現可能な夢なのかどうかはわからない。けれど、リリアンの笑顔をずっと隣で見ていたいと、そう願いながら火を吹き消した。
「改めまして、お誕生日おめでとうございます、エレン様! 本当に本当におめでとうございます!」
リリアンが笑う。俺は嬉しくてたまらなかった。
「ありがとう、リリアン」
「お礼を言うのはこちらのほうです! だって、エレン様が生まれてきてくださった今日というこの日が、わたしにとって一年で一番大切な日なんですもの! 一緒にお祝いできてよかった! おめでとうって直接言えて本当によかった! エレン様、生まれてきてくださって、本当にありがとうございます!」
ふとみれば、リリアンは涙を流して泣いていた。
可愛い。本当に、誰よりも可愛い。あの涙を直接拭ってやれたらいいのに。
ケーキを切り分けるリリアンを見つめていると、俺はふとあることに気づいた。
「あれ? 今日はいつもとリボンの色が違うんだね」
「あっ、これですか?」
ふと視線を上げてみれば、いつもとリボンの色が違う。いつもは藤色の髪留めをしていることが多いのに、今日は赤地にレースのあしらわれた愛らしいリボンだ。リリアンにしては珍しい――――けれど、妙に既視感がある。
(いつだろう?)
密かに首をひねる俺に、リリアンはふふっと小さく笑った。
「可愛いでしょう? 実はこれ、小さな女の子にプレゼントしてもらったんですよ! わたし、その子の気持ちがとっても嬉しくって! 大事にしようと思ってるんです」
「プレゼント……」
(あっ……!)
既視感があって当然だ。なぜならこれは、先ほどヴィヴィアン様が街で女の子にもらったものと同じだった。
まるで、欠けていたパズルのピースが見つかったときのように、いろんなことが腑に落ちていく。
訓練中の熱視線、ヴィヴィアン様から魔術師団に寄せられた多額の寄付、贈り主のわからない誕生日プレゼント。俺への愛情で構築されたこのカフェと、それからリリアン。すべては一つに繋がっていたんだって。
「そうか……」
全部、君だったんだね――――本当はそう言って抱きしめたかった。口づけてしまいたかった。愛しくて、たまらなくて、涙が零れ落ちた。
「よかったね。似合っているよ、とてもとても。すごく可愛い」
本当に、心から彼女のことを可愛いと思う。リリアンは真っ赤に頬を染めながら「ありがとうございます!」と口にした。
「さ、エレン様。どうぞ召し上がってください! 元々が自己満足の作品なので、ちょっと申し訳ないんですけど」
リリアンはそう言って自信なさげに俺の顔をうかがう。俺は一口ケーキを口に運び、すぐに唇をほころばせた。
「リリアン、美味しいよ。このケーキ、これまで食べた料理のなかで一番美味しい」
――――美味しくないはずがない。
公務から帰ってきたばかりで疲れているだろうに、リリアンが――――ヴィヴィアン様が心を込めて作ってくださったものだから。俺を想って作ってくれたケーキだから。そこにどれだけの愛情が込められているのか、考えるだけで込み上げてくるものがある。
スポンジとクリームの甘さが、いちごの甘酸っぱさが、自分が今抱いている感情とよく似ている気がして、俺は胸が熱くなった。
「よかった! エレン様に食べていただけて本当に嬉しいです!」
「リリアンも一緒に食べよう? というか、一緒に食べてほしい。俺のこと、お祝いしてよ。元々そのつもりだったんだろう? ……そうしてくれたら、俺はもっと嬉しい」
俺がそうお願いをしたら、リリアンは頬を真っ赤に染める。それから彼女は「はい!」って幸せそうに微笑んだ。
(ああ、もうダメだ。これは誤魔化しようがない)
好きだ。リリアンの――――ヴィヴィアン様のことが、どうしようもなく愛しい。
この瞬間、ロウソクに込めた俺の願いごとは、確固たるものへと変わっていた。
(馬車に乗れば、ヴィヴィアン様は少しは休めるだろうか?)
きっとものすごく疲れただろう。傍から見ていた俺でさえ、とても疲れてしまったのだから。
ゆっくりと休んでほしい。俺が心からそう思ったそのときだった。
「おーーいエレン、護衛は帝都まででいいってさ。ヴィヴィアン様は城に帰る前に寄り道をなさるそうだよ」
護衛騎士の一人と打ち合わせていた先輩が俺にそう教えてくれた。思わぬことに、俺は目を見開く。
「今から寄り道ですか? 帝都に着くのは夜遅くになるのに……というか、危険なのでは?」
ヴィヴィアン様の身体が心配だ。そんなことをして、大丈夫なのだろうか? 俺は顔をしかめてしまう。
「なんでも、今日じゃなきゃ意味がない用事があるんだそうだよ。城に帰っていたら間に合わないんだってさ。言い出したら聞かない方だそうだし、帝都に帰れば警護が手厚くなる。俺たちは気にしなくて大丈夫だよ」
「そうですか……」
俺はため息をつきつつ、ヴィヴィアン様の乗る馬車を見つめた。
***
帝都に着き、ヴィヴィアン様一行と別れたあと、俺たちは魔術師団に向かった。既に勤務時間外のため、同僚の魔術師たちはほとんどが帰宅している。
俺は自分の席に座ると、筆ペンを手に取った。
「なに? おまえ、今から仕事する気? 今日ぐらいは早く帰れって。誕生日だろう?」
先輩が呆れたような表情で口にする。俺はそっと微笑んだ。
「報告書を仕上げておきたいんです。ただの自己満足ですから、先輩は先に帰ってください」
今日の出来事を、ヴィヴィアン様について感じたことを、早く形にしておきたい。先輩は「あんまり遅くなるなよ」と釘を差し、魔術師団をあとにした。
報告書を書き上げると、俺は職場を出た。
(さてと。今から行ってぎりぎりラストオーダーに間に合う……かな?)
ちらりと時計を見遣りつつ、俺はカフェのほうへと足を向ける。
先週もらったシフト表には乗っていなかったし、リリアンはきっと店にはいないだろう。けれど、カプチーノを飲むだけで、俺の一日の疲れが癒えるんじゃないか。嬉しいと感じるんじゃないか。そうすれば、リリアンは喜ぶんじゃないか、なんてことを考える。
(自分の誕生日なんて心底どうでもよかったはずなのに)
今はもう、俺のことを自分よりも大事にしてくれる人がいる。幸せを願ってくれる人がいると知っている。だから俺は、以前よりも自分を大事にする。少しでも自分が嬉しいと思うことをする。
カフェに着くとすぐに「いらっしゃいませ!」という挨拶が返ってきた。
「まあ、エレン様。まさかこの時間からいらっしゃっていただけるなんて……さすがに想像しておりませんでしたわ」
出迎えてくれたのは、先輩がお気に入りのジョアンナという店員だった。いつもならリリアンが出迎えてくれるのに――――一抹の寂しさを覚えつつ、俺は会釈をした。
「すみません、ジョアンナさん。こんな時間に。もうラストオーダーは済みましたか?」
「いいえ! いいえ! 喜んでご提供させていただきます。ですが、あの……少しこちらでお待ちいただけますか?」
「……? はい」
一体どうしたのだろう? ジョアンナが急いで厨房に戻っていく。
それからほんの数秒後のこと、今度はリリアンが厨房からやってきた。
「エレン様⁉ うそうそ! 本当に本当に⁉ エレン様がいらっしゃったの⁉」
「リリアン……今日はシフトに入っていないと思っていたけど、来ていたんだね?」
俺が尋ねればリリアンはコクコクと何度もうなずく。瞳をキラキラと輝かせ、興奮した面持ちだ。
「どうぞこちらへ! ぜひぜひ、ゆっくりしていってくださいね!」
リリアンはそう言って、俺を特等席へ連れて行ってくれた。
店内には他の客はおらず、シンと静まり返っている。いわば貸切状態だ。
「悪かったね、こんな時間に。もう店じまいの準備を――――片付けをしていたんだろう?」
「いえいえ! 片付けなんてとんでもない! 今が佳境と言いましょうか……!」
「佳境?」
「はい! あの、エレン様は甘いもの、お好きですよね? 何度かご注文もいただきましたし、食べれますよね?」
リリアンが突拍子もないことを尋ねてくる。目を丸くしながら「好きだよ」と答えたら、彼女はパッと瞳を輝かせた。
「よかった! お飲み物はいつもどおり、カプチーノでよろしいですか?」
「うん。それで」
「かしこまりました! それでは少々お待ちください!」
リリアンが厨房に戻っていく。俺は静かに彼女の後ろ姿を見送った。
(今日は忙しい一日だったな……)
書類仕事や訓練とはまた違った疲労感――――けれどそれは、とても心地がよい。
ヴィヴィアン様のいろんな一面が見れたし、リリアンにも会えたし、これからお気に入りのカプチーノを飲むことができるし、文句なしに最高の誕生日だ。他にはもうなにもいらない――――そんなふうに思ったときだった。
唐突に店内が真っ暗になる。ビックリして振り返ったら、ろうそくのほのかな明かりが目に映った。
「リリアン……」
「エレン様、お誕生日おめでとうございます!」
リリアンがテーブルの上にケーキを置く。俺の歳の数――――19本のロウソクが並んだケーキだ。目頭が熱くなって、俺は思わず目を背けた。
「リリアン、これ……」
「実はエレン様のお誕生日を自分なりにお祝いしたくて、ケーキを作っていたんです。まさかエレン様が来てくださるとは思ってなかったから、デザインとかフルーツとか、もっとこだわればよかったってちょっぴり後悔しているんですけど」
バツの悪そうな表情を浮かべ、リリアンが微笑む。俺は大きく首を横に振った。
「そんなことない。嬉しい……すごく嬉しいよ」
少しでも気を抜いたら、涙が零れ落ちそうだった。
「ささ、エレン様。願いごとを思い浮かべて。ロウソクを吹き消してください!」
リリアンに促され、俺は静かに目をつぶる。
(俺の願いごと)
ずっとこの子と――――リリアンと一緒にいたい。
それが実現可能な夢なのかどうかはわからない。けれど、リリアンの笑顔をずっと隣で見ていたいと、そう願いながら火を吹き消した。
「改めまして、お誕生日おめでとうございます、エレン様! 本当に本当におめでとうございます!」
リリアンが笑う。俺は嬉しくてたまらなかった。
「ありがとう、リリアン」
「お礼を言うのはこちらのほうです! だって、エレン様が生まれてきてくださった今日というこの日が、わたしにとって一年で一番大切な日なんですもの! 一緒にお祝いできてよかった! おめでとうって直接言えて本当によかった! エレン様、生まれてきてくださって、本当にありがとうございます!」
ふとみれば、リリアンは涙を流して泣いていた。
可愛い。本当に、誰よりも可愛い。あの涙を直接拭ってやれたらいいのに。
ケーキを切り分けるリリアンを見つめていると、俺はふとあることに気づいた。
「あれ? 今日はいつもとリボンの色が違うんだね」
「あっ、これですか?」
ふと視線を上げてみれば、いつもとリボンの色が違う。いつもは藤色の髪留めをしていることが多いのに、今日は赤地にレースのあしらわれた愛らしいリボンだ。リリアンにしては珍しい――――けれど、妙に既視感がある。
(いつだろう?)
密かに首をひねる俺に、リリアンはふふっと小さく笑った。
「可愛いでしょう? 実はこれ、小さな女の子にプレゼントしてもらったんですよ! わたし、その子の気持ちがとっても嬉しくって! 大事にしようと思ってるんです」
「プレゼント……」
(あっ……!)
既視感があって当然だ。なぜならこれは、先ほどヴィヴィアン様が街で女の子にもらったものと同じだった。
まるで、欠けていたパズルのピースが見つかったときのように、いろんなことが腑に落ちていく。
訓練中の熱視線、ヴィヴィアン様から魔術師団に寄せられた多額の寄付、贈り主のわからない誕生日プレゼント。俺への愛情で構築されたこのカフェと、それからリリアン。すべては一つに繋がっていたんだって。
「そうか……」
全部、君だったんだね――――本当はそう言って抱きしめたかった。口づけてしまいたかった。愛しくて、たまらなくて、涙が零れ落ちた。
「よかったね。似合っているよ、とてもとても。すごく可愛い」
本当に、心から彼女のことを可愛いと思う。リリアンは真っ赤に頬を染めながら「ありがとうございます!」と口にした。
「さ、エレン様。どうぞ召し上がってください! 元々が自己満足の作品なので、ちょっと申し訳ないんですけど」
リリアンはそう言って自信なさげに俺の顔をうかがう。俺は一口ケーキを口に運び、すぐに唇をほころばせた。
「リリアン、美味しいよ。このケーキ、これまで食べた料理のなかで一番美味しい」
――――美味しくないはずがない。
公務から帰ってきたばかりで疲れているだろうに、リリアンが――――ヴィヴィアン様が心を込めて作ってくださったものだから。俺を想って作ってくれたケーキだから。そこにどれだけの愛情が込められているのか、考えるだけで込み上げてくるものがある。
スポンジとクリームの甘さが、いちごの甘酸っぱさが、自分が今抱いている感情とよく似ている気がして、俺は胸が熱くなった。
「よかった! エレン様に食べていただけて本当に嬉しいです!」
「リリアンも一緒に食べよう? というか、一緒に食べてほしい。俺のこと、お祝いしてよ。元々そのつもりだったんだろう? ……そうしてくれたら、俺はもっと嬉しい」
俺がそうお願いをしたら、リリアンは頬を真っ赤に染める。それから彼女は「はい!」って幸せそうに微笑んだ。
(ああ、もうダメだ。これは誤魔化しようがない)
好きだ。リリアンの――――ヴィヴィアン様のことが、どうしようもなく愛しい。
この瞬間、ロウソクに込めた俺の願いごとは、確固たるものへと変わっていた。
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