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第4話 天国から地獄へ、だけど何度だって這い上がってみせる!
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いつもは侍女の服を着ているセレーナだが、今夜は豪奢な紫色のドレスを着ている。
目元を覆っていた前髪を切り揃え、薄化粧をほどこした彼女は、見違えるほど綺麗になっていた。
(王子に見初められ愛されて美しくなっていくなんて、まるでセレーナが物語の主人公みたいじゃない)
ベアトリスは苦々しい気持ちを抑え、静かに問いかけた。
「セレーナを婚約者に? 殿下は私がいながら、彼女と情を交わしていたと?」
「お前にとやかく言われる筋合いはない。俺は、虐められて神殿の中庭で泣いていたセレーナを慰めてやり、『色々』と相談に乗っていただけだ」
「色々と相談……?」
訝しげな顔をするベアトリス。
フェルナンが右手を挙げ「例の物をこちらに」と合図すると、家臣がテーブルの上に小箱を置いた。
中に入っていたのは、美しい青色のラピスラズリがついた、ベアトリスの母親の形見のネックレス。
母の死後、壊れたチェーンを父がわざわざ腕利きの職人に命じて修繕させた宝物。
化粧箱に入れて大切に保管していたはずなのに、ここにあるということは……。
「セレーナ、まさか貴女が盗んでいたのね。本当に最低……!」
吐き捨てるように言うと、セレーナがいっそう顔をこわばらせる。目に涙を浮かべる彼女を抱きしめながら、フェルナンがこちらを睨みつけてきた。
「ベアトリス、まだ状況が分かっていないようだな。これはただのネックレスではない。身近な者の神聖力を奪い、自分の物にする。違法な闇魔道具──『呪具』だ」
「じゅ……ぐ? お母様の形見が? なにかの間違いでしょう?」
隣を見れば、父も「そんな、馬鹿な」と唖然としている。
「呪具の所持および使用は重罪だ。バレリー伯爵は、呪具購入の罪で爵位剥奪。財産および領地はすべて没収とする。牢へ連れて行け」
「殿下、お待ちを! そのネックレスは断じて呪具ではございません! それは我が妻の形見、娘に呪いの道具を贈る親がどこにおりましょうか!」
「鑑定の結果、これは紛れもなく呪具だと確定している。醜い言い逃れはやめよ、バレリー卿」
「そんな、あり得ない……! 話を聞いてください、殿下!!」
父が騎士に取り押さえられ連行されていく。
「お父様! お父様!!」
必死に手を伸ばすが、騎士に無理やり取り押さえつけられ、ベアトリスも拘束されてしまった。
(なにが起きているのか分からない。まるで悪夢を見ているみたい……)
悪い夢なら、早く覚めて……と願いながら涙を流すベアトリスを、フェルナンは冷ややかに睥睨した。
「まだお前の処遇を述べていないぞ、ベアトリス・バレリー」
「わたしは知らなかったの……まさか、あれが、呪具だったなんて……」
「知らなかったから許されるとでも思ったか、愚か者め。お前は呪具でセレーナから力を盗み、心を傷つけ虐げてきた。己の愚かな悪行の報いをしかと受けるがよい」
「フェルナン殿下、お願いですから、もう一度調査と弁明の機会を……!」
ベアトリスの必死の懇願を、フェルナンは「却下」という一言で拒絶した。
そして「お前には心底失望したよ」と溜息をついた後、無慈悲に告げた。
「ベアトリス・バレリー。この場で、お前との婚約を破棄する。さらに、呪具使用の罪で王都から追放。大鉱山での強制労働を命じる──!」
禁固刑より過酷で辛い強制労働の刑。
しかも追放先は、劣悪で過酷とされる大鉱山の採掘現場。
ベアトリスはもはや叫ぶ気力もなく、抜け殻のように項垂れた。
そこに、今一番耳にしたくない女の声が聞こえてくる。
「あぁ……強制労働だなんて……わたし、ベアトリスが心配です……」
「散々虐められてきただろうに、そのような慈悲深いことを言うとは、なんて心優しいのだ。君こそ真の聖女だ、セレーナ」
「わたしは誰も、傷ついてほしくないのです……。それに、ベアトリスはわたしの妹ですから」
ベアトリスはたまらず「ハッ」と嘲笑した。
虐められても我慢強く耐え忍び、最終的に悪者を許してしまう健気で優しい女の子。
物語の真の主人公であれば応援できるけれど、現実ではこうもあざとく腹立たしいものなのね。
「被害者ぶるのはやめなさいよ。本当は全部、貴女が仕組んだんじゃないの?」
「そ、そんな……ちがいます……」
セレーナがか細い声で否定する。
ベアトリスは力づくで部屋から連れ出された──。
ろくな弁明の機会も与えられず、移送用の馬車に放り込まれて、それからは悪夢のような強制労働の日々。
第一王子の婚約者から、一夜にして罪人に。
まさに天国と地獄。絵に描いたような転落人生だわ──と、ベアトリスは己の運命を呪った。
噂によると、ベアトリスが追放されてすぐ、バレリー伯爵とベアトリスが起こしたとされる呪具事件が、新聞で大々的に報じられたそうだ。
ほどなくして、見習いだったセレーナは聖女に昇格。
王太子フェルナンとの婚約も本決まりになり、王室から公式声明が発表された。
ベアトリスが『稀代の悪女』として非難される一方、セレーナは『悲劇の真聖女』として国民から神聖視されているという。
使用人として虐げられていた状況から一転、王子に見初められ婚約者にまで上り詰めたセレーナの人生が、舞台劇や本の題材として取り上げられ、人気を博しているのだとか。
(このままじゃ私は、悲劇の聖女様を虐げた【悪女】として、歴史の一頁に刻まれる。汚名を着せられたまま、こんなところで朽ち果てるのは絶対にご免よ!)
なんとしてでも、この強制労働所から出て、王都へ戻らなければ。
そして自分を陥れた者を見つけ、必ず復讐してやる!と、ベアトリスは固く心に誓った。
(墜ちるところまで墜ちたら、あとは這い上がるだけよ)
どこに追放されようとも、踏みつけられようとも、何度だって返り咲いてみせる──!
目元を覆っていた前髪を切り揃え、薄化粧をほどこした彼女は、見違えるほど綺麗になっていた。
(王子に見初められ愛されて美しくなっていくなんて、まるでセレーナが物語の主人公みたいじゃない)
ベアトリスは苦々しい気持ちを抑え、静かに問いかけた。
「セレーナを婚約者に? 殿下は私がいながら、彼女と情を交わしていたと?」
「お前にとやかく言われる筋合いはない。俺は、虐められて神殿の中庭で泣いていたセレーナを慰めてやり、『色々』と相談に乗っていただけだ」
「色々と相談……?」
訝しげな顔をするベアトリス。
フェルナンが右手を挙げ「例の物をこちらに」と合図すると、家臣がテーブルの上に小箱を置いた。
中に入っていたのは、美しい青色のラピスラズリがついた、ベアトリスの母親の形見のネックレス。
母の死後、壊れたチェーンを父がわざわざ腕利きの職人に命じて修繕させた宝物。
化粧箱に入れて大切に保管していたはずなのに、ここにあるということは……。
「セレーナ、まさか貴女が盗んでいたのね。本当に最低……!」
吐き捨てるように言うと、セレーナがいっそう顔をこわばらせる。目に涙を浮かべる彼女を抱きしめながら、フェルナンがこちらを睨みつけてきた。
「ベアトリス、まだ状況が分かっていないようだな。これはただのネックレスではない。身近な者の神聖力を奪い、自分の物にする。違法な闇魔道具──『呪具』だ」
「じゅ……ぐ? お母様の形見が? なにかの間違いでしょう?」
隣を見れば、父も「そんな、馬鹿な」と唖然としている。
「呪具の所持および使用は重罪だ。バレリー伯爵は、呪具購入の罪で爵位剥奪。財産および領地はすべて没収とする。牢へ連れて行け」
「殿下、お待ちを! そのネックレスは断じて呪具ではございません! それは我が妻の形見、娘に呪いの道具を贈る親がどこにおりましょうか!」
「鑑定の結果、これは紛れもなく呪具だと確定している。醜い言い逃れはやめよ、バレリー卿」
「そんな、あり得ない……! 話を聞いてください、殿下!!」
父が騎士に取り押さえられ連行されていく。
「お父様! お父様!!」
必死に手を伸ばすが、騎士に無理やり取り押さえつけられ、ベアトリスも拘束されてしまった。
(なにが起きているのか分からない。まるで悪夢を見ているみたい……)
悪い夢なら、早く覚めて……と願いながら涙を流すベアトリスを、フェルナンは冷ややかに睥睨した。
「まだお前の処遇を述べていないぞ、ベアトリス・バレリー」
「わたしは知らなかったの……まさか、あれが、呪具だったなんて……」
「知らなかったから許されるとでも思ったか、愚か者め。お前は呪具でセレーナから力を盗み、心を傷つけ虐げてきた。己の愚かな悪行の報いをしかと受けるがよい」
「フェルナン殿下、お願いですから、もう一度調査と弁明の機会を……!」
ベアトリスの必死の懇願を、フェルナンは「却下」という一言で拒絶した。
そして「お前には心底失望したよ」と溜息をついた後、無慈悲に告げた。
「ベアトリス・バレリー。この場で、お前との婚約を破棄する。さらに、呪具使用の罪で王都から追放。大鉱山での強制労働を命じる──!」
禁固刑より過酷で辛い強制労働の刑。
しかも追放先は、劣悪で過酷とされる大鉱山の採掘現場。
ベアトリスはもはや叫ぶ気力もなく、抜け殻のように項垂れた。
そこに、今一番耳にしたくない女の声が聞こえてくる。
「あぁ……強制労働だなんて……わたし、ベアトリスが心配です……」
「散々虐められてきただろうに、そのような慈悲深いことを言うとは、なんて心優しいのだ。君こそ真の聖女だ、セレーナ」
「わたしは誰も、傷ついてほしくないのです……。それに、ベアトリスはわたしの妹ですから」
ベアトリスはたまらず「ハッ」と嘲笑した。
虐められても我慢強く耐え忍び、最終的に悪者を許してしまう健気で優しい女の子。
物語の真の主人公であれば応援できるけれど、現実ではこうもあざとく腹立たしいものなのね。
「被害者ぶるのはやめなさいよ。本当は全部、貴女が仕組んだんじゃないの?」
「そ、そんな……ちがいます……」
セレーナがか細い声で否定する。
ベアトリスは力づくで部屋から連れ出された──。
ろくな弁明の機会も与えられず、移送用の馬車に放り込まれて、それからは悪夢のような強制労働の日々。
第一王子の婚約者から、一夜にして罪人に。
まさに天国と地獄。絵に描いたような転落人生だわ──と、ベアトリスは己の運命を呪った。
噂によると、ベアトリスが追放されてすぐ、バレリー伯爵とベアトリスが起こしたとされる呪具事件が、新聞で大々的に報じられたそうだ。
ほどなくして、見習いだったセレーナは聖女に昇格。
王太子フェルナンとの婚約も本決まりになり、王室から公式声明が発表された。
ベアトリスが『稀代の悪女』として非難される一方、セレーナは『悲劇の真聖女』として国民から神聖視されているという。
使用人として虐げられていた状況から一転、王子に見初められ婚約者にまで上り詰めたセレーナの人生が、舞台劇や本の題材として取り上げられ、人気を博しているのだとか。
(このままじゃ私は、悲劇の聖女様を虐げた【悪女】として、歴史の一頁に刻まれる。汚名を着せられたまま、こんなところで朽ち果てるのは絶対にご免よ!)
なんとしてでも、この強制労働所から出て、王都へ戻らなければ。
そして自分を陥れた者を見つけ、必ず復讐してやる!と、ベアトリスは固く心に誓った。
(墜ちるところまで墜ちたら、あとは這い上がるだけよ)
どこに追放されようとも、踏みつけられようとも、何度だって返り咲いてみせる──!
応援ありがとうございます!
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