魔の紋章を持つ少女

垣崎 奏

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後日譚

12.二回目の結婚式

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「え、ルーク…、お前…」
「なんでしょうか、チャールズ国王様」

 二回目の結婚式当日。新郎新婦の控室となっている王宮の神殿横の小部屋に、国王夫妻とジョンが式前の挨拶にやってきた。結婚式の直前に髪を切ったから、王宮関係者は誰もルークが髪型を変えたことを知らなかった。驚いている幼馴染を前に、あえてその呼び方をしてやった。

「…私がエリザベスと婚約する前に、その髪型になってなくてよかったよ」
「もっと直接褒めたらどうなのよ。両目、見せられるようになったのね、ルーク」
「ミアのおかげです、エリザベス王妃様」
「あら、今日はかしこまって行くの?」
「いや、もう崩しますよ、見たい顔は見れたので」

 ミアはルークと顔を合わせないよう、部屋の奥の衝立の内側に居る。着飾ったミアの姿を見たいのは山々だが、ここは我慢する。本来、結婚式とはこういうものだ。

 エリザベスが、使用人から荷物を受け取って、ルークの許可を取って奥へ進んでいった。今日のために、ミアに内緒で準備を進めてもらったものだ。衝立の向こうから、声がする。

「これ、身に着けて式に出なさい」
「え…!」
「そのまま、全てミアの物よ。お礼は、ルークに」
「…っ」
「あ、泣いちゃだめよ、せっかくお化粧もしてるんだから」

 エリザベスが戻ってくる。その顔を見る限り、ミアはルークからの贈り物を喜んでくれたらしい。

「へえ、粋なことをするのだな」
「まあ、妻の喜びそうなところは押さえているつもりですよ」
「ですって、チャールズ」
「……」

 苦虫を噛み潰したような顔をするチャールズを見て、ルークは思わず笑ってしまう。この人は、本当に今日、ルークたちを祝福に来たのかと問いたくなる。

 そのルークの柔らかい笑顔に、チャールズをはじめ、エリザベスやジョン、周囲に居る着付けを手伝ったエリザベスの使用人たちも、驚くこととなった。

 前髪をすっきりさせ、チャールズのような目元の見える髪型になっただけだが、この笑顔が、もし貴族の夜会に出て婚約者を探していたらと思うと、エリザベスはぞっとした。

 貴族令嬢の良い的だし、貴族子息は見向きもされないだろう。さっきちらっと見たミアも、長めの前髪を分けて流して、目が見える髪型をしていた。このふたりが、夜会で並び立つ時が来ると思うと、武者震いがする。さぞ、貴族社会のいい刺激になるだろう。

「…ところで、ルーク」
「はい、なんでしょうか、師匠」
「本当に、私が最初に見ていいんだな?」
「ええ、分かって頼んでいますよ?」
「いや、それならいいんだ」

 前回の結婚式は、神殿の中央に転移してきたところから始まった。雰囲気も何もないまま、ただ初夜を迎えるための儀式として済ませたに過ぎない。

 今回は、出席者は少ないものの、きちんとした結婚式の式次第に則って進めることにしたのだ。そのための、ミアの父親役をジョンに頼んだ。どうやらジョンは、ミアの花嫁姿を最初に見ることになるのを、気にしているらしい。

「ミアが綺麗なのは分かってますからね」
「ルーク、酒でも入ってるのか?」
「いえ、素面ですよ、もちろん。ただ、浮足立っているのは認めます」

 チャールズが何かを言いかけて、エリザベスに小突かれて口を噤んだ。おそらく、前回の結婚式の様子を思い出したのだろう。

 チャールズは知らないかもしれないが、エリザベスには、前回の結婚式の記録魔術を見てもらった。あまりに緊張していたルークを気遣ってくれたのか、エリザベスは何も言わず、ミアの宝飾具の手配を進めてくれた。

 やはり、女性にとっては一大事となる結婚式だ。できる限り、ミアに似合う形で着飾って欲しい。

「失礼いたします。皆様、会場へご移動をお願いします」
「ミア、先に行くよ」
「うんっ」

 神父の準備が整ったようだ。何も声をかけないのもおかしいし、少し声を張ってから、ミアとジョンを残して控室を出た。

 残されたミアは、衝立の中の狭い空間に立てかけられた鏡を見る。自分が、自分じゃないみたい。あの紋章が顔の半分を覆っていたのが、もう何年も前のことのように感じられる。

 こうして堂々と、顔を見せられる日が来るなんて。きっと、ルークがエリザベスに頼んでいてくれた、この宝冠や宝飾具がなくても、ミアは泣きそうになっていただろう。

「…ミア、出られるか?」
「はい、よろしくお願いします」

 ジョンの腕を貸してもらい、立ち上がった。慣れない靴を履いているため、歩きながら魔術をかけ、技巧はそのままに、ミアの足に合うように変形させる。

「違和感なく魔術を使えるようになったものだな」
「ありがとうございます」

 扉の目の前に来て、一度立ち止まる。この扉が開いた先に、ルークが待っている。

「…ルークは、ミアに会ってから変わったのだ」
「そう、ですか?」
「断言する。これからも私の一番弟子をよろしく頼んだ」
「はい」


 ☆


 王宮所属の音楽隊が奏でる中、扉が開くのを待つ。緊張はするが、心地良いもので、前回とは比べ物にならないくらい、すでに満たされている。今日の主役が、これから連れてこられるというのに。

 音楽が途切れ、扉が開いたその視線の先で、ルークとミアは互いを認識した。それぞれ目を見開いて、互いの普段との差に驚いているのだから、チャールズにとっては面白くて仕方ないが、エリザベスが睨んでくるので、必死に押し殺していた。

 ジョンに先導され、ルークの元へとミアが進んでくる。ジョンと合わせるように一礼をした後、ルークはミアの手を引いた。毎日見ているミアが、こんなに綺麗だとは。普段から美人だと思っていたが、やはり相応しい格好をすれば、眩しいくらいに美しい。その手が、少し震えているのも、気付かないわけがなかった。

 誓いの言葉を伝え合った後、ミアと向かい合い、指輪の交換を行う。すでに、ふたりともが今日は指輪をしていない。ミアの左手を取り、今までも指輪が嵌まっていたその薬指へ、グリーンの石の埋め込まれた指輪を滑らせた。ミアにも、ヘーゼルの石が埋め込まれた指輪を滑らせてもらった。

 これで、結婚式でやりたかったことはひとつ完了した。写真に関しては、王家専属の写真家を借りているから、勝手に撮られているとは思うが、現像されるまでは分からないのが難点だ。

 そしてやってきた、誓いの口付け。これは、ミアの希望がチャールズによって式のやり直しとなってから、ルークが個人的にやり直したいと思えるようになった部分だ。散々チャールズに指摘され、何も言わせないくらいのキスを見せてやろうと思っていた。

 ミアと改めて向かい合って、その緊張具合を見ると、そんなことを思っている余裕は消えていった。この高揚感は、もう二度と味わえない。

 ヴェールを上げて、少し伏し目だったミアと目が合う。化粧のおかげで、いつもよりはっきりとした顔立ちのミアは、やっぱり美人だ。どうしても、我慢できなくなって、ルークは結界を張った。音を遮断するだけで、強力なものではない。

「ミア」
「はい」
「…愛してる。ずっと傍にいて」

 驚いた表情のミアから言葉を出させないように、腰を引き寄せて唇を奪った。結界が解ける感覚は、ミアにももちろん分かるし、返事を期待しているわけでもないのが、それで分かるだろう。

 触れるだけのキスが、こんなに長く感じるとは。離れてミアを見ると、真っ赤で、目には涙が溜まっていた。必死に、涙を流さないように耐えているようにも見える。笑いかけると、ミアが手を伸ばしてきたから、まだ式は終わっていないが、そのまま抱き上げてやる。

「連れて行ってやったらどうだ、そのまま」

 そんなチャールズの声が聞こえて、参列者の三人と神父に会釈をしてから、ルークはミアを抱きかかえたまま、王宮内客室に転移した。
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