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本編
67:動揺する(2)
『もうっ!どうして騎士団を連れてこないのよ、ハディスちゃんのおバカ。まさか3人で乗り込んできたわけじゃないでしょうねっ!?ちゃんと壁を壊すスイッチの場所教えたでしょう。何してるのよ。本当信じらんないっ』
そう書かれたメモを見たハディスは、深く息を吸い込み、キリッとした顔で静かに吐き出す。
「…父上が動揺している」
「待って、ハディス。俺も動揺している」
何故にオネェ言葉なのか。
衝撃的すぎて内容が頭に入ってこない。
何故姿を隠しているはずなのに3人だとわかるのか、とか、壁のスイッチって何のことなのか、とか、あの一瞬でこの長文をメモに記せるのは流石だな、とか色々思うことはあるのに、それよりもオネェが気になりすぎて頭に入って来ない。
「父は動揺すると内面に隠している女の部分が出てくるんです」
「まさかの事実だ。知りたくなかった」
家ではたまに女装しますよ、というハディスにヘンリーは耳を塞いだ。キャラが渋滞しすぎて脳内がおかしくなりそうだ。
シャロンはそんな彼に、『天才とは往々にして変人であるものです』と言って笑う。ちなみに、長兄ユアンは娼館のSMコースに通うドMらしい。
ヘンリーは隣にいる変人の巣窟、ジルフォード家の2人の顔を見て妙に納得した。
「しかし、スイッチとは何のことでしょうか」
「壁とはあの魔力持ちしか通れない壁のことか?」
ヘンリーとハディスは侯爵からのメモの意味がわからず首を傾げる。
シャロンは怪訝な顔をしながら兄を見た。
「もしかして兄様。お父様からの暗号の手紙、全部解読できていないのでは?」
シャロンの言葉に、3人の空間だけ一瞬時が止まる。
そうしている間に、王は幻術を解き素顔に戻った。そして部屋棚に置いていた首飾りを手に取り、それを首から下げた。
王の動きに気づかない3人は顔を見合わせ、ははっと乾いた笑みを浮かべた。
「…ま、まさかぁ」
「それは流石に…なぁ?」
「ですよねー。すみません。この書き方だと、お父様は地下通路のことも、あの魔力持ちしか通れない壁のことも全部事前に伝えていたつもりにしか見えないし…って思ってしまいました。そんなわけないですよね」
「そうだぞシャロン。そんなわけないないだろう。ハディスがそんなミスするなんて」
「そうそう、ないない。ない…ない…はず…」
考えれば考えるほど自信がなくなってきたハディスは俯いた。
そこにシャロンは、追い討ちをかけるようにもう一度進言する。『父は事前にこの離宮の構造をハディスに伝えていたつもりだったのではないか、そしてその上で助けを求めていたのではないか』と。
「…あー。なんか、その、ごめん」
『解読不可能なところを読み飛ばしても、わかる部分だけつなぎ合わせるとそれっぽい文章になったから間違ってないと思っていた』とハディスは白状した。
武闘派のA級を豪語するこの男に、暗号解読など不可能だったのかもしれない。
「ハディスは帰ったら処刑な」
「…そもそも生きて帰れますかね?」
グダグダすぎて帰れる自信がない。シャロンは遠い目をした。
「しかし、どうしようか。今回の作戦は騎士団ありきのものなんだが…」
「詰んでますよね。かなりピンチです」
3人のうち2人は非戦闘員。そして、さらにそのうちの1人の存在は既にバレている。
騎士団は到着しておらず、ジルフォード侯爵との事前の意思疎通はできていない。
3人は顔を見合わせて笑うしかなかった。
「もう、俺たちだけでやります?プランBに変更しましょう」
親指を立てて自身ありげに提案するハディスに、ヘンリーは顔をしかめる。
「…勝手に変更して、騎士団の方は大丈夫か?」
「わかりませんけど、彼らを待っていれば本当に囮を犠牲にせねばならなくなります。さすがにそうなると後味が悪い」
「俺はそんなに悪くならないぞ」
「ひどっ!?極悪非道!悪魔!」
喚くハディスの口を手で封じると、ヘンリーは申し訳なさそうにシャロンに視線を向ける。
「…仕方がないか。ごめんな、シャロン」
「いえ、私は別に…」
「本当はもう少しスマートに解決する予定だったのに…。体調大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
シャロンは冷や汗をかきつつも、力強く応えた。
***
暗い地下、煉瓦造りの壁の前に取り残されたアルフレッドと騎士団、そして数名の魔術師は息を切らせながら必死に壁を壊していた。
(この先にシャロンがいる。早く合流しなければ…)
彼女のそばには腕の立つ魔術師であるハディスがいると頭ではわかっていても、何が起きているか把握できていないこの離宮で彼女と離れることは耐え難い。万が一のことを考えると胸が苦しくなる。
アルフレッドは自分が守りたいと、そう強く思った。
「もう少しだ。頑張ろう」
「はい…」
酸素が薄くなってきた地下で、ひたすら煉瓦造りの壁を壊す騎士にアルフレッドは励ましの声をかける。
もうあと一息という感じなのに中々崩れない壁が、皆のストレスになっていた。
「…団長、新しい剣を買うのは経費で落ちますか」
「大丈夫だ。なんとしても承認させる。いっそ特別手当も出してもらおう」
騎士団は元々、ヘンリーの依頼でこの件に噛んでいるだけで、本来なら管轄外の業務だ。
アルフレッドは力こぶを作り、「任せておけ」と皆に約束した。
特別手当という言葉にやる気を復活させた騎士達は気合いを入れ、再び剣を握る。
その時、1人の騎士がポツリと呟いた。
「あれ?ここのレンガだけ素材が微妙に違う…」
彼が見つけたのは先程、シャロン達が見つけたレンガとは別のもの。
不用意に触るなとアルフレッドが注意する前に、彼はそれに触れてしまった。
その瞬間、ゴロゴロゴロと大きな音を立てて壁が崩れた。
足元に散らばる粉々のレンガを呆然と眺める一同。
「…もしかして、俺たちのした事って無駄ってことですか?」
「言うな。泣きたくなる」
騎士団とハディスの部下は深くため息をつき、壊れた壁の向こう側へと足を踏み出した。
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