婚約破棄されて5年。元婚約者が「運命に従って結婚しよう」と連絡してきましたけど意味がわかりません。

6

ボウマン伯爵家に引き渡されたバリントンは監禁された。
バリントンは信用できず思い通りにならないことは周知の事実。
余計なことを仕出かされないためには必要なことだった。

監禁されたバリントンは自由を失ったが質素なものとはいえ食べるものには困らない。
野宿していた頃を懐かしむ。自由だったあの頃を。飢えや寒さに耐えることもあったあの頃を。
だがバリントンは過去を懐かしむことはあっても未来に向かって生きることを選ぶ。
この程度の試練を乗り越えられなくて何が運命だ、と。
セリーナを必ず救い出さなければならない、と。

バリントンの目は死んでいない。



バリントンの様子を見に訪れたボウマン伯爵はバリントンの目を見て油断ならないと気を引き締める。
どうしてこうなってしまったのか、と後悔する。
だが、一縷の望みに賭けて反省を促す。

「お前は自分が何を仕出かしたのか理解していないのか！」
「セリーナと結ばれる運命だ。それが運命なのだから従うほかないだろう？」
「マティス夫人はもう結婚されているのだ。お前は諦めるしかないのだぞ？」
「俺は5年間かけて答えを見つけたんだ。やっと運命の相手だと確信できたんだ。俺にはセリーナ以外は考えられない」
「お前という奴は…」

怒鳴ろうが説得を試みようが、やはりバリントンには無駄だと理解し、ボウマン伯爵は深い溜め息をついた。
他人を変える難しさを実感し、己の無力さを痛感した。
これ以上バリントンに何を言おうが無駄だと判断した。



ボウマン伯爵はバリントンの処遇について夫人と話した。

「もう諦めたほうが良さそうだ。残念なことだがな。だがこれ以上他家に迷惑をかけるようではボウマン家が滅ぶかもしれん。それにバリントンのせいでバーニィの将来まで台無しにすることは避けなくてはならん」
「あなた…。わたしくはもう覚悟を決めました。だから家の存続を優先してください。バリントンはどうしてこうなってしまったのでしょうね…」
「すまない…」

ボウマン伯爵夫人の涙にボウマン伯爵もただ寄り添い慰めることしかできなかった。
不幸中の幸いなのはバーニィという次男がいたことである。
現在学園で寮生活を送っているが問題を起こすようなことはない。
将来性を考えればバーニィが家督を継ぐべきだ。

バリントンを自由にさせればどのような問題を起こすのか予測不能。
バリントンを廃嫡しようがボウマン家は滅びない。
将来性のあるバーニィのこともある。
時に非情な決断を下すのも貴族の宿命。
親心よりも貴族として家を守らなくてはならない。

「謝罪と賠償、そして今後のことをマティス侯爵家とティアニー子爵家と相談せねばな…」

どれだけ責任を追及されるのかを考えたボウマン伯爵は気が重く目の前が暗くなるように思えた。
バリントンは自分のせいで両親がどれだけ苦しんでいるのか考えることもなかった。



バリントンの処遇が決まった。正しくはボウマン伯爵がどうするのか答えを出した。

謝罪や賠償はバリントンが今後仕出かすかもしれないことに比べれば小さな問題だ。
もしバリントンがまた他家に迷惑をかけたらボウマン家にとって致命傷になる。
そうならないよう完全に防ぐには病死してもらうしかない。
更生する見込みがないならどうすべきかは明らかだ。
それなのに決断を下せずにいるのは親心からだ。

覚悟を決めたはずなのに、いざとなると決断できない。
ただ命令を下すだけで全て片付くのに。

ボウマン伯爵家が壊滅することは絶対に避けなくてはならない。バーニィの未来のためにも。



ボウマン伯爵は命令を下した。
ボウマン伯爵家当主として、親の責任として、未来ある子のために。



その晩、バリントンに豪華な食事が振る舞われた。
久しく口にしていない、貴族らしい豪勢な料理。
野宿生活では口にできなかった味わいに違和感を覚えつつも、食べられるときに食べるという原則を忘れないバリントンは完食した。
この生活がどれだけ続こうとも体調を崩すわけにはいかない。セリーナを迎えに行ける日のためにも。

（今は幸せな夢を見て良しとするか。まあセリーナと結婚してからの日々に比べれば全然大したことないけどな）



その夜、バリントンは目覚めることのない眠りについた。