恐怖旅館〜帰れない五人〜
プロローグ「その旅館は、地図にない」
夏。
大学二年生の黒波咲音(くろなみ さきね)は、四人の友人と山と海に囲まれた小さな町へ旅行に来ていた。
目的はただの観光。海を見て、名物料理を食べて、旅館に泊まる。何も特別なことのない、楽しい旅行になるはずだった。
駅を出た五人は、予約した旅館へ向かって歩き始めた。
「咲音、こっち!」
「待ってよ!」
スマートフォンの地図では、旅館まで徒歩十五分。しかし十五分歩いても、それらしい建物は見えてこない。
「……おかしくない?」
咲音が地図を確認する。現在地は目的地のすぐ近く。なのに、旅館がない。
「電話してみようよ」
電話をかけても誰も出ない。
そのとき――
カラン……。
山道の奥から風鈴の音が聞こえた。
五人が振り返る。
そこには、古い木造の旅館が建っていた。
「……え?」
さっきまで何もなかったはずなのに。
看板には『黒灯旅館』と書かれている。住所も予約した場所と一致していた。
五人は安心して旅館へ入った。
受付にいた女将は、咲音の顔を見るなり一瞬だけ表情を変えた。
「……黒波?」
「はい」
「……そうですか」
女将はそれ以上何も言わず、五人を二階の和室へ案内した。
夕食を食べ、温泉に入り、楽しい時間を過ごす。
午後十一時。
部屋の明かりが消えた。
咲音が眠りかけた、そのとき――
……ペタ。
廊下から足音が聞こえた。
……ペタ。
足音は部屋の前で止まる。
コン……。
襖が一度だけ叩かれた。
「……誰?」
返事はない。
もう一度。
コン……。
その瞬間、すぐ隣から声がした。
「咲音」
「……!」
四人の友人は眠っている。
しかし、全員が目を閉じたまま笑っていた。
そして四人の口から、同じ言葉が漏れる。
「五人じゃないよ」
咲音の背筋が凍る。
すると襖の向こうから女将の声がした。
「お客様。絶対に、襖を開けないでください」
「……どうして?」
沈黙のあと、女将は震える声で答えた。
「今、廊下にいるのは……五人ですから」
咲音は息を呑んだ。
部屋の中にいるのは、自分を含めて五人。
ならば、廊下にいる五人は誰なのか。
その瞬間、襖の向こうから五つの声が響いた。
「咲音」
「開けて」
「一緒に帰ろう」
咲音は震えながら口を押さえた。
五人はまだ知らなかった。
この旅館には、絶対に破ってはいけないルールがある。
『夜に自分の名前を呼ばれても、絶対に返事をしてはいけない』
そのルールを破ったとき、何が起こるのかを――。
【第1話「五人目」へ続く】
夏。
大学二年生の黒波咲音(くろなみ さきね)は、四人の友人と山と海に囲まれた小さな町へ旅行に来ていた。
目的はただの観光。海を見て、名物料理を食べて、旅館に泊まる。何も特別なことのない、楽しい旅行になるはずだった。
駅を出た五人は、予約した旅館へ向かって歩き始めた。
「咲音、こっち!」
「待ってよ!」
スマートフォンの地図では、旅館まで徒歩十五分。しかし十五分歩いても、それらしい建物は見えてこない。
「……おかしくない?」
咲音が地図を確認する。現在地は目的地のすぐ近く。なのに、旅館がない。
「電話してみようよ」
電話をかけても誰も出ない。
そのとき――
カラン……。
山道の奥から風鈴の音が聞こえた。
五人が振り返る。
そこには、古い木造の旅館が建っていた。
「……え?」
さっきまで何もなかったはずなのに。
看板には『黒灯旅館』と書かれている。住所も予約した場所と一致していた。
五人は安心して旅館へ入った。
受付にいた女将は、咲音の顔を見るなり一瞬だけ表情を変えた。
「……黒波?」
「はい」
「……そうですか」
女将はそれ以上何も言わず、五人を二階の和室へ案内した。
夕食を食べ、温泉に入り、楽しい時間を過ごす。
午後十一時。
部屋の明かりが消えた。
咲音が眠りかけた、そのとき――
……ペタ。
廊下から足音が聞こえた。
……ペタ。
足音は部屋の前で止まる。
コン……。
襖が一度だけ叩かれた。
「……誰?」
返事はない。
もう一度。
コン……。
その瞬間、すぐ隣から声がした。
「咲音」
「……!」
四人の友人は眠っている。
しかし、全員が目を閉じたまま笑っていた。
そして四人の口から、同じ言葉が漏れる。
「五人じゃないよ」
咲音の背筋が凍る。
すると襖の向こうから女将の声がした。
「お客様。絶対に、襖を開けないでください」
「……どうして?」
沈黙のあと、女将は震える声で答えた。
「今、廊下にいるのは……五人ですから」
咲音は息を呑んだ。
部屋の中にいるのは、自分を含めて五人。
ならば、廊下にいる五人は誰なのか。
その瞬間、襖の向こうから五つの声が響いた。
「咲音」
「開けて」
「一緒に帰ろう」
咲音は震えながら口を押さえた。
五人はまだ知らなかった。
この旅館には、絶対に破ってはいけないルールがある。
『夜に自分の名前を呼ばれても、絶対に返事をしてはいけない』
そのルールを破ったとき、何が起こるのかを――。
【第1話「五人目」へ続く】
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