異世界移民となったおっさん、生きるためにダンジョンの片隅でメシ屋を始めたら救世主と呼ばれる

美食とは、文明の停滞に対する最も優雅な反逆である――。
料理の良し悪しを決めるのは腕ではない。知識だ。
なぜ肉に焦げ目をつけると旨くなるのか。なぜ魚の臭みは消えるのか。
その問いに分子の名前で答えられる者だけが、食材の本当の声を聞ける。
アースヴァルに流れ着いたアラフォー社畜のロクジが引いたスキルは、『不純物抽出』。
水の濁りを除く程度の雑用魔法――だが「不純物」の定義権は、術者の頭脳にある。
酸化ヘモグロビンの構造を思い描ける人間が振るえば、最弱のスキルはあらゆる食材の下処理を一瞬で完璧に仕上げる凶器へと化ける。
二年の肉体労働でようやく貯めた開業資金は、奴隷商から虐待されていた獣人の子どもの前を素通りできなかったことで消えた。
マルクスなら「下部構造の崩壊」と呼んだだろう。私はもっと端的に言う――破産、と。
無一文の料理人が竈を組む場所はダンジョンしかなかった。
食材は魔物の肉。千年間「食えない」と信じられてきたもの。
だがフグを最初に口にした日本人に比べれば、可愛いものだ。
やがて一本の串が狂戦士を黙らせ、煙は宮廷の窓辺にまで届くことになる。
私の厨房には看板娘が一人いるだけだ。しかも犬の耳が生えている。
だが歴史上、旨い飯で負けた革命はまだない――。
これは、ハズレスキルと博覧強記で異世界の千年の停滞を胃袋から覆し、救世主と呼ばれた男の記録である。
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