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3-4 お祖母様の知恵袋
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邸宅に戻ったギルベルトは、クラウディアの就寝準備を整え、早々に寝かしつけるよう侍女たちに命令した。
デビュタントのパーティからこんな真っ青な顔でクラウディアが帰宅するなど侍女たちは予想だにしていなかったが、余計な詮索はせず、ドレスを脱がし、化粧を落として、浴室へ案内した。
暖かなお湯に浸かったクラウディアは緊張が解けていくのを感じたが、兄が何と言おうともデビュタントでの出来事が悲しかった。
デビュタントで倒れるなどと醜態をさらしてしまったことも辛かったが、大切な兄たちや王子たちを危険に巻き込んだ自分が許せなかった。
デビュタントで舞い上がり、警戒を怠るなど最悪の失態だ。
あまつさえ、怯えてシルヴェスターやギルベルトの背に隠れるなど……
「覚えていなさい。パウル=ハインツ・フォン・ウェンデル。私は貴方の好きな様にはさせない。
絶対にこの借りは返して見せますわ」
そこまで決意すると、ようやくクラウディアの頬に赤みが戻ってきた。
お湯から上がって、侍女たちに就寝準備をしてもらうと、クラウディアは早々に寝台にもぐりこんだ。
だが、すぐには寝られず、どうやってウェンデルをとらえるか、魔術を練るのだった。
◆ ◆ ◆
ギルベルトは玄関から一番近い応接間へ入ると、そこで両親が帰宅するのを待っていた。
遅い時間に申し訳ないが、祖母のマルレーネにも起きてきてもらった。
両親が帰宅すると、すぐにギルベルトは今日の一件を話して聞かせた。
「クラウディアに媚薬を盛る……?」
王妃同様母も祖母もその話には顔色を一気に青ざめさせた。
「何もなかったのよね!? ディアは無事なのよね!?」
母のビルギットが取り乱しギルベルトに詰め寄ると。ギルベルトは真剣な顔で頷いた。
「ディアがいち早く用意されているお茶に毒が入れられていること、またそのお茶を用意した女官たちがウェンデルによって精神操作されていることに気が付きましたから。ディアも我々も無事です」
「そう……」
母も祖母も大きく息をつくとソファにもたれかかった。
「それで?ギルはこの一件をどう対処するつもりだね?今頃王太子殿下も国王夫妻に同じことを話していると思うが」
「ウェンデルをとらえられるとしたら、大広間の一件でのみです。控室の件はディアの感が全てでウェンデルがやったという証拠がない。
確かに毒物は検出されましたが、それも女官たちのせいにして白を切るつもりでしょう」
「普通に考えればそうだがね。だが陛下が大人しく手をこまねいているとも思えない。大広間の件だけで、家宅捜索まで踏み込むだろう」
「そこまでやれますか?せいぜい、王宮での魔術の無断使用で魔術封じの首輪をつけて貴族牢に放り込むのが関の山と思っておりましたが」
「魔術の標的になったのは誰だい?王太子に王子2人、陛下の従兄弟である私の息子と娘が4人。これだけの王族と準王族が手をかけられそうになって黙っている陛下ではないさ。
シェーンメツラー公爵やグローネフェルト公爵もウェンデルの好き勝手やりたい放題には相当頭にきているから、喜んで協力すると思うよ。
まあ、陛下が直接陣頭指揮を取るのか、王太子殿下に任せるかは分からないけどね」
「シルなら、自分がやると言いそうですね。なら、私もウェンデルをとらえる方法を考えなければならない」
「そうだね。どちらにしても、ウェンデルの闇魔術が厄介だ」
「お祖母様、闇魔術に対抗する何かいい方法をご存じありませんか?」
マルレーネは「そうねぇ……」と首を傾げると、
「クラウディアを前面に出して、あの娘の6属性魔術で、ウェンデルを消し炭にしてしまうのなんてどうかしら?」
口調は非常におっとりしているが、言っていることはこの上なく物騒だ。
「母上…」
「お祖母様……」
「消し炭にしたいのは山々ですがね、さすがにそこまではできないでしょう。なんとか魔力封じに協力してもらうだけで、あとは騎士団の仕事です。
それに、自分の魔術でいくらウェンデルと言えど人一人消し炭にしたとなったら、ディアの精神が心配です」
「あら、ディアはそこまで弱くないわよ。ねぇ、ビルギット」
「ええ、お義母様。ディアには国王陛下、もしくはお父様から命令が下ったら、6属性魔術を使って何としても敵を倒せと教育しておりますからね。ディアも当代一の魔術師としてそこは理解しているはずですよ」
この事実には、シュタインベック家当主で父のウーヴェもギルベルトも衝撃を受けた。
「母上もビルギットもディアにそんな教育を施したと言うのかね?」
「……なんてことを」
「そうやって貴方方に任せていては、ディアの6属性魔術が宝の持ち腐れになるだけですからね」
「自由に魔術を操れることが結果としてディア自身の身を守ることになります」
「魔術とともに精神も鍛えねば、筆頭公爵家の長女であり、当代一の魔術師と言う自分の立場に耐えきれなくなりますからね。
今は王家に年頃の女性がいませんから、ディアに準王族としてのお役目が課せられる可能性だってあるのですよ。
そこまで見越して教育するのは当たり前でしょう」
母と祖母のさも当然という様子にウーヴェとギルベルトは言葉も出なかった。
母と祖母のクラウディアに対する教育が厳しいのは知っていたが、まさか敵を倒せなどと教育しているとは……
頭を抱えたギルベルトが再度祖母に尋ねた。
「ディアを前面に出さずにウェンデルの魔術を封じられる方法をご存じありませんか?」
「……そうねぇ」
マルレーネが首を傾げると
「そういえば、昔王宮の図書室で「魔石に魔術を溜め込める」と書かれた書物を見たことがあるわね。そうとう古い書物でしたけど。
例えば、魔石に結界魔術を込めて、その魔石の魔力を光属性を持たない人間が解放しても結界魔術が発動すると言ったようにね」
と話した。
「本当ですか!?」
「さぁ、本当かどうかは分からないわ。魔獣の少なくなった今、魔石などそうそう拝めるものでもないわ。
私だって書物を読んだだけで、実験したわけではないのですから。
東の山脈の中腹に魔石の採れる鉱脈があると記載されている書物も見たことがありますけど、こちらも眉唾物ね。
だいたいあの山脈の中腹までなんて人間が辿り着けるはずがないのですから。」
「他には!?他には何かないのですか!?もっと現実的な方法が……」
マルレーネは深くため息をついた。
「私に聞くばかりではなく、自分で調べることをなさいな。
とはいえ、今回は時間もないでしょうし、私の知っていることを教えてあげますけどね。
……あとは、硬度の高い宝石…例えばダイヤモンドなんかは魔石の代用として魔力を溜め込めると言うのも読んだことがあるわね。
ただ、本来の魔石に魔力を溜め込む方法より威力は落ちると。
ねえ、どれもこれも仮説ばかりで王族や王宮関係者で実際に試した者がいるわけではないのよ。それこそウェンデルならやりかねないかもしれませんけどね」
「そうですか……」
ギルベルトが項垂れると、「だから言ったでしょう」とマルレーネは追い打ちをかけた。
「そんなできるかどうか分からないことを実験している暇も、あるか分からない鉱脈を探しに行く暇もないでしょう。
もたもたしていたら、ウェンデルが証拠品を処分してしまう可能性の方が高くなりますよ。
ですから、クラウディアを前面に出すのが良いと言ったのです」
「クラウディアなら自分で自分の身を守ることができましてよ。貴方方はクラウディアを溺愛するあまり、あの娘を甘く見過ぎですわ」
母親にもそう断言されて、ギルベルトは益々項垂れた。隣で父親も同様の状態となっている。
「だいたい、今日の出来事にしても、皆を守ったのはクラウディアではないですか。その後魔力切れを起こして倒れてしまったのですから、心配する気持ちは分かりますけどね」
「あの娘に魔術を教えられる師などおりませんわ。基礎はともかく、ちょっと凝った魔術となると王宮の魔術師でもお手上げです。
クラウディアは家や王宮の図書室に通って、独学で様々な魔術を覚えたのですよ。
ですから、ひょっとしたら効率が良くない面もあるのでしょうね。だからすぐに魔力切れを起こしてしまうのです」
「クラウディアが魔力切れを起こさない範囲で、あの娘にウェンデルの魔力を抑え込んでもらい、その隙に騎士団が取り押さえるのが一番現実的じゃないのかしらね」
母と祖母にそう断言されてしまい、もうギルベルトに反論の余地も無かった。
「分かりました。シルは嫌がるでしょうが、クラウディアに協力してもらう方向で考えます」
諦めたようにギルベルトがそう言うと、母と祖母が「よくできました」とばかりに頷いたのだった。
デビュタントのパーティからこんな真っ青な顔でクラウディアが帰宅するなど侍女たちは予想だにしていなかったが、余計な詮索はせず、ドレスを脱がし、化粧を落として、浴室へ案内した。
暖かなお湯に浸かったクラウディアは緊張が解けていくのを感じたが、兄が何と言おうともデビュタントでの出来事が悲しかった。
デビュタントで倒れるなどと醜態をさらしてしまったことも辛かったが、大切な兄たちや王子たちを危険に巻き込んだ自分が許せなかった。
デビュタントで舞い上がり、警戒を怠るなど最悪の失態だ。
あまつさえ、怯えてシルヴェスターやギルベルトの背に隠れるなど……
「覚えていなさい。パウル=ハインツ・フォン・ウェンデル。私は貴方の好きな様にはさせない。
絶対にこの借りは返して見せますわ」
そこまで決意すると、ようやくクラウディアの頬に赤みが戻ってきた。
お湯から上がって、侍女たちに就寝準備をしてもらうと、クラウディアは早々に寝台にもぐりこんだ。
だが、すぐには寝られず、どうやってウェンデルをとらえるか、魔術を練るのだった。
◆ ◆ ◆
ギルベルトは玄関から一番近い応接間へ入ると、そこで両親が帰宅するのを待っていた。
遅い時間に申し訳ないが、祖母のマルレーネにも起きてきてもらった。
両親が帰宅すると、すぐにギルベルトは今日の一件を話して聞かせた。
「クラウディアに媚薬を盛る……?」
王妃同様母も祖母もその話には顔色を一気に青ざめさせた。
「何もなかったのよね!? ディアは無事なのよね!?」
母のビルギットが取り乱しギルベルトに詰め寄ると。ギルベルトは真剣な顔で頷いた。
「ディアがいち早く用意されているお茶に毒が入れられていること、またそのお茶を用意した女官たちがウェンデルによって精神操作されていることに気が付きましたから。ディアも我々も無事です」
「そう……」
母も祖母も大きく息をつくとソファにもたれかかった。
「それで?ギルはこの一件をどう対処するつもりだね?今頃王太子殿下も国王夫妻に同じことを話していると思うが」
「ウェンデルをとらえられるとしたら、大広間の一件でのみです。控室の件はディアの感が全てでウェンデルがやったという証拠がない。
確かに毒物は検出されましたが、それも女官たちのせいにして白を切るつもりでしょう」
「普通に考えればそうだがね。だが陛下が大人しく手をこまねいているとも思えない。大広間の件だけで、家宅捜索まで踏み込むだろう」
「そこまでやれますか?せいぜい、王宮での魔術の無断使用で魔術封じの首輪をつけて貴族牢に放り込むのが関の山と思っておりましたが」
「魔術の標的になったのは誰だい?王太子に王子2人、陛下の従兄弟である私の息子と娘が4人。これだけの王族と準王族が手をかけられそうになって黙っている陛下ではないさ。
シェーンメツラー公爵やグローネフェルト公爵もウェンデルの好き勝手やりたい放題には相当頭にきているから、喜んで協力すると思うよ。
まあ、陛下が直接陣頭指揮を取るのか、王太子殿下に任せるかは分からないけどね」
「シルなら、自分がやると言いそうですね。なら、私もウェンデルをとらえる方法を考えなければならない」
「そうだね。どちらにしても、ウェンデルの闇魔術が厄介だ」
「お祖母様、闇魔術に対抗する何かいい方法をご存じありませんか?」
マルレーネは「そうねぇ……」と首を傾げると、
「クラウディアを前面に出して、あの娘の6属性魔術で、ウェンデルを消し炭にしてしまうのなんてどうかしら?」
口調は非常におっとりしているが、言っていることはこの上なく物騒だ。
「母上…」
「お祖母様……」
「消し炭にしたいのは山々ですがね、さすがにそこまではできないでしょう。なんとか魔力封じに協力してもらうだけで、あとは騎士団の仕事です。
それに、自分の魔術でいくらウェンデルと言えど人一人消し炭にしたとなったら、ディアの精神が心配です」
「あら、ディアはそこまで弱くないわよ。ねぇ、ビルギット」
「ええ、お義母様。ディアには国王陛下、もしくはお父様から命令が下ったら、6属性魔術を使って何としても敵を倒せと教育しておりますからね。ディアも当代一の魔術師としてそこは理解しているはずですよ」
この事実には、シュタインベック家当主で父のウーヴェもギルベルトも衝撃を受けた。
「母上もビルギットもディアにそんな教育を施したと言うのかね?」
「……なんてことを」
「そうやって貴方方に任せていては、ディアの6属性魔術が宝の持ち腐れになるだけですからね」
「自由に魔術を操れることが結果としてディア自身の身を守ることになります」
「魔術とともに精神も鍛えねば、筆頭公爵家の長女であり、当代一の魔術師と言う自分の立場に耐えきれなくなりますからね。
今は王家に年頃の女性がいませんから、ディアに準王族としてのお役目が課せられる可能性だってあるのですよ。
そこまで見越して教育するのは当たり前でしょう」
母と祖母のさも当然という様子にウーヴェとギルベルトは言葉も出なかった。
母と祖母のクラウディアに対する教育が厳しいのは知っていたが、まさか敵を倒せなどと教育しているとは……
頭を抱えたギルベルトが再度祖母に尋ねた。
「ディアを前面に出さずにウェンデルの魔術を封じられる方法をご存じありませんか?」
「……そうねぇ」
マルレーネが首を傾げると
「そういえば、昔王宮の図書室で「魔石に魔術を溜め込める」と書かれた書物を見たことがあるわね。そうとう古い書物でしたけど。
例えば、魔石に結界魔術を込めて、その魔石の魔力を光属性を持たない人間が解放しても結界魔術が発動すると言ったようにね」
と話した。
「本当ですか!?」
「さぁ、本当かどうかは分からないわ。魔獣の少なくなった今、魔石などそうそう拝めるものでもないわ。
私だって書物を読んだだけで、実験したわけではないのですから。
東の山脈の中腹に魔石の採れる鉱脈があると記載されている書物も見たことがありますけど、こちらも眉唾物ね。
だいたいあの山脈の中腹までなんて人間が辿り着けるはずがないのですから。」
「他には!?他には何かないのですか!?もっと現実的な方法が……」
マルレーネは深くため息をついた。
「私に聞くばかりではなく、自分で調べることをなさいな。
とはいえ、今回は時間もないでしょうし、私の知っていることを教えてあげますけどね。
……あとは、硬度の高い宝石…例えばダイヤモンドなんかは魔石の代用として魔力を溜め込めると言うのも読んだことがあるわね。
ただ、本来の魔石に魔力を溜め込む方法より威力は落ちると。
ねえ、どれもこれも仮説ばかりで王族や王宮関係者で実際に試した者がいるわけではないのよ。それこそウェンデルならやりかねないかもしれませんけどね」
「そうですか……」
ギルベルトが項垂れると、「だから言ったでしょう」とマルレーネは追い打ちをかけた。
「そんなできるかどうか分からないことを実験している暇も、あるか分からない鉱脈を探しに行く暇もないでしょう。
もたもたしていたら、ウェンデルが証拠品を処分してしまう可能性の方が高くなりますよ。
ですから、クラウディアを前面に出すのが良いと言ったのです」
「クラウディアなら自分で自分の身を守ることができましてよ。貴方方はクラウディアを溺愛するあまり、あの娘を甘く見過ぎですわ」
母親にもそう断言されて、ギルベルトは益々項垂れた。隣で父親も同様の状態となっている。
「だいたい、今日の出来事にしても、皆を守ったのはクラウディアではないですか。その後魔力切れを起こして倒れてしまったのですから、心配する気持ちは分かりますけどね」
「あの娘に魔術を教えられる師などおりませんわ。基礎はともかく、ちょっと凝った魔術となると王宮の魔術師でもお手上げです。
クラウディアは家や王宮の図書室に通って、独学で様々な魔術を覚えたのですよ。
ですから、ひょっとしたら効率が良くない面もあるのでしょうね。だからすぐに魔力切れを起こしてしまうのです」
「クラウディアが魔力切れを起こさない範囲で、あの娘にウェンデルの魔力を抑え込んでもらい、その隙に騎士団が取り押さえるのが一番現実的じゃないのかしらね」
母と祖母にそう断言されてしまい、もうギルベルトに反論の余地も無かった。
「分かりました。シルは嫌がるでしょうが、クラウディアに協力してもらう方向で考えます」
諦めたようにギルベルトがそう言うと、母と祖母が「よくできました」とばかりに頷いたのだった。
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