泥濘の聖域 〜 澱みと濁流 〜
天正二年、長島。
雨が止んだ。それは、織田の鉄砲が再び「火」を噴く合図だった。
周囲を囲むのは、美しくさえある鉄と逆茂木の檻。逃げ場はない。
泥濘が兵の足を呪いのように掴み、死臭が混じった風が水路を撫でる。
坊官は、その絶望を冷徹な数字に置き換えていた。
残存兵力、食糧、矢じりの数。そして、これから失われる命の「割合」。
「私は、勝つと思っていない」
ふなは血に染まった水路を漕ぎ、重蔵は熱を失った炉で矢を打ち、かわは絶望に狂いゆく民を観察する。
英雄もいなければ、救済もない。あるのは、巨大な暴力に摩耗されていく肉の音だけだ。
歴史が「根切り」と呼んだ、凄惨な消耗戦の記録。
その最深部で、坊官はひとり筆を執る。
包囲網を、呪わしき理で解体するために。
泥濘の聖域外伝
カクヨム:長島異聞録 ―― あるいは、泥濘の流路
https://kakuyomu.jp/works/2912051600145715300
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