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2章
【閑話】王宮錬金術師採用試験会場にて(後編)
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外で待っていた兄の手を引き、初めの会場に戻る。
誰もいないと思っていた会場にはたった一人、男の人がいた。彼もビビアンと同じで、途中で脱落した錬金術師なのだろうか。
たくさんの錬金アイテムに囲まれながらあっちにふらふらこっちにふらふら。何かを求めて彷徨っているようだ。
ビビアンも同じように錬金アイテムを楽しもうと、好きなように歩き回る。
特に気に入ったのは、三次試験のお題のランプである。
一次試験の前には気にならなかったが、かなりの数が並んでいる。それに自分も作ったばかりだからこそ、他の誰かが作ったランプに見入ってしまうのだ。
並ぶランプはかなり個性的なものからシンプルなものまで。形も吊り下げタイプや街灯のようなもの、ベッドサイドに置くもの、間接照明などいろいろ。
「兄ちゃん見て、これすっげえ綺麗。中が何枚も層になってる」
「じいちゃんが持ってるジゼルのランプにそっくりだ」
「な! そういえばジゼルと会えた?」
ランプから視線を上げず、兄の方の成果を尋ねる。
けれど兄は「あー」と歯切れが悪そうだ。
「何かあった?」
「たまたま出かけているところだったらしくてさ、会えなかったんだ」
「残念」
「まぁこっちも連絡して行った訳じゃないから仕方ないんだが。女将さんと親父さんには挨拶して、手紙とお土産渡してきた。そしたらお土産持たせてくれてさ。ジゼルが作ってる飴だって」
飴というワードに反応したビビアンは勢いよく振り返る。
兄が持っていたのはビビアンが欲していたものと一緒だった。違う包装の飴も入っているけれど、葉っぱもいくつか見える。
「あ、それ! 俺が欲しかったやつ」
「そうなのか? 錬金飴って言って、少し変わった効果があるらしい。なんで知ってたんだ?」
「じいちゃんが食べてた。それに、三次試験で前に座った子が食べててさ」
「へぇ~。じいちゃん、持ってたんだ」
「でも分けてくれないよ。すぐ部屋に持って帰っちゃってさ、すっっっっっげえ美味いんだと思う」
「ランプだけじゃなくて飴まで作れるなんてな~。ジゼルって子、本当に凄いのな。女将さん達も褒めてたし」
しみじみと呟きながら兄弟でキャンディボトルを眺める。
どこにでも売ってそうな形の瓶だが、目の前に置かれた錬金アイテムと比べても透明度がまるで違う。ジゼルの瓶は水に入れたら見えなくなってしまいそうなほど。
ポーション用の瓶を作るビビアンには、これほどの純度の高いガラスを作る難しさがよく分かる。厚みもほどほどで、それでいて軽いのだ。
祖父が目をかける理由が分かった気がする。同時に自分の実力を思い知る。ビビアンはまだまだ王宮錬金術師とジゼルの足下にも及ばない。
錬金術師というものは思ったよりもずっとずっと奥が深い。
そう思うと、世界が今までよりも輝いて見える。
「兄ちゃん、帰ろう。帰って、錬金術をもっと学ばないと」
いろんなものが作りたい。
沸き上がる衝動が抑えきれず、兄の手を引く。
近くで見ていた騎士も微笑ましいものを見るような目を向け、出口へと案内しようと一歩大きく踏み出した。その時だった。
「ちょっと待て」
会場内で一人、錬金アイテムを見ていた男が立ち塞がった。
「え?」
「君達が言ったジゼルとは、錬金術師 ジゼル=スターウィンのことか?!」
目の下に真っ黒いクマを作った男からは威圧感が溢れている。先ほど会場の外で騒いでいた大人達とは比べものにならない。
恐喝するためのものではなく、身体から自然に溢れ出す王者の風格というべきか。ビビアンの手をぎゅっと握ってくれる兄の身体も強ばっている。
「えっと、フルネームまではちょっと……。俺もよく彼女のことを知らないので」
「で、そのジゼルは今どこにいるんだ!」
「どこって、宿屋ですけど……」
「どこの」
「王都の市場の近くの、夫婦が経営している小さな宿屋です」
なんなんだ、この男は。
相手を訝しみつつも、無言でいることもできず、彼女に通じる情報を口にしてしまう。
「あの、ジゼルがどうかしたんですか?」
「ジゼルは……彼女は俺にとってなくてはならない存在だ」
「えっと……」
「早く会いたい。一晩でも早く、彼女を見つけなければ……」
目の前の男の目は徐々に虚ろになっていく。
ゆっくりと騎士の方に視線を向ければ、彼は困ったように頬を掻いていた。男の素性を知っているようだ。
ビビアン達に「少し待っててください」と小さく頭を下げる。
意味が分からず、兄弟の頭には大量のはてなマークが浮かぶ。けれど少ししてから入ってきた人を見て、目を丸くした。
「遅くなってすまない!」
「宮廷錬金術師長さん?」
「君、このお方をお連れするように」
「待て。俺はまだジゼルの正確な場所を聞いていない!」
「私が聞いておきますので、あなたはお戻りになられてください。彼女に王宮錬金術師になる意思がない今、こちらが急いても仕方がないでしょう」
「……そうか。君たちも、驚かせて悪かったな」
宮廷錬金術師長とのやりとりを見る限り、男はかなり身分の高い人なのだろう。
そんな相手が他国の平民相手にすんなりと謝り、騎士と共に出て行った。
いきなり詰め寄られたことにも驚いたが、男の素直さにも驚かされた。
何が起こったのか理解できぬまま、ビビアンは兄の手を握り続ける。
「すまなかった。寝不足のせいで冷静さを欠いていただけで、普段は立派な方なのだ。身分も私が保証する」
「は、はぁ……」
「それで、錬金術師 ジゼルは今、どこにいるのだろうか。正確な場所を教えて欲しい」
「知って、どうするんですか」
「詳しくは私が決めることではないが、宮廷錬金術師としてスカウトをするか、生産依頼を出す形になるだろうな」
「でも今日、大規模な採用試験を行ったばかりですよね?」
「ああ、国内外から優秀な錬金術師がたくさん集まった。けれど彼女は別格だ。彼女のガラスと同等のレベルのものを作れる錬金術師は、王宮錬金術師の中にも受験者の中にもいない。使用者への気持ちがどこまでも真っ直ぐに伸びていて、見ているだけで澄んだ気持ちにさせてくれる。……私は、彼女の作ったランプがもう一度見たい」
彼の語った気持ちには、ビビアンも覚えがあった。兄もそうだ。
ジゼルのランプは綺麗なだけではない。それを知っているからこそ、求める気持ちも痛いほどよく分かる。
「……彼女と宿屋の夫婦に迷惑をかけないと約束してくれるなら」
王宮錬金術師長相手に不遜にも思える言葉を前置きに、兄は宿屋の地図を書いた。
感謝すると何度も頭を下げられ、外まで見送りまでしてもらった。
本来の予定では試験が終わり次第、馬車乗り場に行くつもりだった。だが予定を変更して、兄弟揃って宿屋に向かう。今回のことを宿屋の夫婦に話しておかねばと思ったのだ。
「勝手に教えてしまい、すみませんでした」
「ごめんなさい」
途中で買った手土産を差し出しながら、何度もペコペコと頭を下げる。
けれど宿屋の夫婦は元気に笑い飛ばした。
「宿屋の場所を教えて何が悪いってんだ」
「何にも気にすることはないさ。変な相手だったらあたしらがジゼルを守るだけだよ」
「親父さん、女将さん……」
「それより帰りの馬車の時間って大丈夫なのかい? てっきりもうとっくに乗ったものかと思ってたけど」
「こいつが思ったより長く残ってて。えっと、ギリギリ……大丈夫そうです!」
「そうか。ならよかった。気をつけて帰るんだぞ」
「ありがとうございます」
最後に深々と頭を下げ、二人で宿屋を後にする。
外に出てすぐ、ビビアンは葉っぱ柄の包みに入った飴を口に入れた。
数種類のハーブが口いっぱいに広がる、少し大人な味だ。早く成長したいと願う今のビビアンの気持ちにピタリとはまって、思わず頬が緩んだ。
「兄ちゃん。俺、今日来てよかった」
「そうか。とりあえずしっかり歩け。馬車に間に合わなくなる」
「はぁい」
行きと同様、ビビアンは兄に引っ張られながら歩く。
けれどもう高い建物に視線を奪われることはない。記憶の中に刻まれた錬金アイテムと自分のアイディアを組み合わせながら、どんなものを作るのか考えるので忙しいのだ。
誰もいないと思っていた会場にはたった一人、男の人がいた。彼もビビアンと同じで、途中で脱落した錬金術師なのだろうか。
たくさんの錬金アイテムに囲まれながらあっちにふらふらこっちにふらふら。何かを求めて彷徨っているようだ。
ビビアンも同じように錬金アイテムを楽しもうと、好きなように歩き回る。
特に気に入ったのは、三次試験のお題のランプである。
一次試験の前には気にならなかったが、かなりの数が並んでいる。それに自分も作ったばかりだからこそ、他の誰かが作ったランプに見入ってしまうのだ。
並ぶランプはかなり個性的なものからシンプルなものまで。形も吊り下げタイプや街灯のようなもの、ベッドサイドに置くもの、間接照明などいろいろ。
「兄ちゃん見て、これすっげえ綺麗。中が何枚も層になってる」
「じいちゃんが持ってるジゼルのランプにそっくりだ」
「な! そういえばジゼルと会えた?」
ランプから視線を上げず、兄の方の成果を尋ねる。
けれど兄は「あー」と歯切れが悪そうだ。
「何かあった?」
「たまたま出かけているところだったらしくてさ、会えなかったんだ」
「残念」
「まぁこっちも連絡して行った訳じゃないから仕方ないんだが。女将さんと親父さんには挨拶して、手紙とお土産渡してきた。そしたらお土産持たせてくれてさ。ジゼルが作ってる飴だって」
飴というワードに反応したビビアンは勢いよく振り返る。
兄が持っていたのはビビアンが欲していたものと一緒だった。違う包装の飴も入っているけれど、葉っぱもいくつか見える。
「あ、それ! 俺が欲しかったやつ」
「そうなのか? 錬金飴って言って、少し変わった効果があるらしい。なんで知ってたんだ?」
「じいちゃんが食べてた。それに、三次試験で前に座った子が食べててさ」
「へぇ~。じいちゃん、持ってたんだ」
「でも分けてくれないよ。すぐ部屋に持って帰っちゃってさ、すっっっっっげえ美味いんだと思う」
「ランプだけじゃなくて飴まで作れるなんてな~。ジゼルって子、本当に凄いのな。女将さん達も褒めてたし」
しみじみと呟きながら兄弟でキャンディボトルを眺める。
どこにでも売ってそうな形の瓶だが、目の前に置かれた錬金アイテムと比べても透明度がまるで違う。ジゼルの瓶は水に入れたら見えなくなってしまいそうなほど。
ポーション用の瓶を作るビビアンには、これほどの純度の高いガラスを作る難しさがよく分かる。厚みもほどほどで、それでいて軽いのだ。
祖父が目をかける理由が分かった気がする。同時に自分の実力を思い知る。ビビアンはまだまだ王宮錬金術師とジゼルの足下にも及ばない。
錬金術師というものは思ったよりもずっとずっと奥が深い。
そう思うと、世界が今までよりも輝いて見える。
「兄ちゃん、帰ろう。帰って、錬金術をもっと学ばないと」
いろんなものが作りたい。
沸き上がる衝動が抑えきれず、兄の手を引く。
近くで見ていた騎士も微笑ましいものを見るような目を向け、出口へと案内しようと一歩大きく踏み出した。その時だった。
「ちょっと待て」
会場内で一人、錬金アイテムを見ていた男が立ち塞がった。
「え?」
「君達が言ったジゼルとは、錬金術師 ジゼル=スターウィンのことか?!」
目の下に真っ黒いクマを作った男からは威圧感が溢れている。先ほど会場の外で騒いでいた大人達とは比べものにならない。
恐喝するためのものではなく、身体から自然に溢れ出す王者の風格というべきか。ビビアンの手をぎゅっと握ってくれる兄の身体も強ばっている。
「えっと、フルネームまではちょっと……。俺もよく彼女のことを知らないので」
「で、そのジゼルは今どこにいるんだ!」
「どこって、宿屋ですけど……」
「どこの」
「王都の市場の近くの、夫婦が経営している小さな宿屋です」
なんなんだ、この男は。
相手を訝しみつつも、無言でいることもできず、彼女に通じる情報を口にしてしまう。
「あの、ジゼルがどうかしたんですか?」
「ジゼルは……彼女は俺にとってなくてはならない存在だ」
「えっと……」
「早く会いたい。一晩でも早く、彼女を見つけなければ……」
目の前の男の目は徐々に虚ろになっていく。
ゆっくりと騎士の方に視線を向ければ、彼は困ったように頬を掻いていた。男の素性を知っているようだ。
ビビアン達に「少し待っててください」と小さく頭を下げる。
意味が分からず、兄弟の頭には大量のはてなマークが浮かぶ。けれど少ししてから入ってきた人を見て、目を丸くした。
「遅くなってすまない!」
「宮廷錬金術師長さん?」
「君、このお方をお連れするように」
「待て。俺はまだジゼルの正確な場所を聞いていない!」
「私が聞いておきますので、あなたはお戻りになられてください。彼女に王宮錬金術師になる意思がない今、こちらが急いても仕方がないでしょう」
「……そうか。君たちも、驚かせて悪かったな」
宮廷錬金術師長とのやりとりを見る限り、男はかなり身分の高い人なのだろう。
そんな相手が他国の平民相手にすんなりと謝り、騎士と共に出て行った。
いきなり詰め寄られたことにも驚いたが、男の素直さにも驚かされた。
何が起こったのか理解できぬまま、ビビアンは兄の手を握り続ける。
「すまなかった。寝不足のせいで冷静さを欠いていただけで、普段は立派な方なのだ。身分も私が保証する」
「は、はぁ……」
「それで、錬金術師 ジゼルは今、どこにいるのだろうか。正確な場所を教えて欲しい」
「知って、どうするんですか」
「詳しくは私が決めることではないが、宮廷錬金術師としてスカウトをするか、生産依頼を出す形になるだろうな」
「でも今日、大規模な採用試験を行ったばかりですよね?」
「ああ、国内外から優秀な錬金術師がたくさん集まった。けれど彼女は別格だ。彼女のガラスと同等のレベルのものを作れる錬金術師は、王宮錬金術師の中にも受験者の中にもいない。使用者への気持ちがどこまでも真っ直ぐに伸びていて、見ているだけで澄んだ気持ちにさせてくれる。……私は、彼女の作ったランプがもう一度見たい」
彼の語った気持ちには、ビビアンも覚えがあった。兄もそうだ。
ジゼルのランプは綺麗なだけではない。それを知っているからこそ、求める気持ちも痛いほどよく分かる。
「……彼女と宿屋の夫婦に迷惑をかけないと約束してくれるなら」
王宮錬金術師長相手に不遜にも思える言葉を前置きに、兄は宿屋の地図を書いた。
感謝すると何度も頭を下げられ、外まで見送りまでしてもらった。
本来の予定では試験が終わり次第、馬車乗り場に行くつもりだった。だが予定を変更して、兄弟揃って宿屋に向かう。今回のことを宿屋の夫婦に話しておかねばと思ったのだ。
「勝手に教えてしまい、すみませんでした」
「ごめんなさい」
途中で買った手土産を差し出しながら、何度もペコペコと頭を下げる。
けれど宿屋の夫婦は元気に笑い飛ばした。
「宿屋の場所を教えて何が悪いってんだ」
「何にも気にすることはないさ。変な相手だったらあたしらがジゼルを守るだけだよ」
「親父さん、女将さん……」
「それより帰りの馬車の時間って大丈夫なのかい? てっきりもうとっくに乗ったものかと思ってたけど」
「こいつが思ったより長く残ってて。えっと、ギリギリ……大丈夫そうです!」
「そうか。ならよかった。気をつけて帰るんだぞ」
「ありがとうございます」
最後に深々と頭を下げ、二人で宿屋を後にする。
外に出てすぐ、ビビアンは葉っぱ柄の包みに入った飴を口に入れた。
数種類のハーブが口いっぱいに広がる、少し大人な味だ。早く成長したいと願う今のビビアンの気持ちにピタリとはまって、思わず頬が緩んだ。
「兄ちゃん。俺、今日来てよかった」
「そうか。とりあえずしっかり歩け。馬車に間に合わなくなる」
「はぁい」
行きと同様、ビビアンは兄に引っ張られながら歩く。
けれどもう高い建物に視線を奪われることはない。記憶の中に刻まれた錬金アイテムと自分のアイディアを組み合わせながら、どんなものを作るのか考えるので忙しいのだ。
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