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3. 王子様の目覚め

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「あぁ、俺はまた眠ってしまったのか……」

マスターは目を覚まして開口一番にそう呟くと、頭を振りかぶりながらゆっくりと上体を起こした。

まさか本当に目を覚ますとは思っていなかった。

予想だにしなかった展開に、アイリスはその場で固まってしまった。
対照的にブレインは、固まってしまっているアイリスを押しのけて、歓喜の声を上げながらマスターの元へ駆け寄ったのだった。

「殿下!!お目覚めになられたのですね!!」
「ルカスか。心配かけたな。それで、今回はどれだけ寝ていた?二日か?三日か?」
「いえ殿下、それが……」

ブレインはナイトと顔を見合わせると、状況を全く分かっていないマスターに、驚愕の事実を伝えたのだった。

「ほんの一刻……十分も経っておりません……」

ブレインからのその回答に、王太子は一瞬言葉に詰まったが、直ぐに嬉しそうな顔をすると興奮気味に聞き直した。
「何?!それは本当か!!」
「は……はい……」
「そ……そうか、月の花を手に入れなくても呪いは解けたのか!!」
「そうなります……かね?」

これまでのアイリス達のやり取りを一切知らない王太子は、ただ自分が短い時間で強制的な眠りから覚めたという事実に、心から喜んでいた。
しかし、何をした事で彼が目を覚ましたかを知っているブレインは、喜ぶ殿下を前に歯切れ悪く答えるしかなかった。

「ところで、俺は仮面を付けてたはずだが、何故外れてしまっているんだ?」
ふと、マスターは自分の顔に手を当てて、正体を知られないようにと付けていた仮面が外れている事に気がついたのだった。

「それ……は……、……倒れられた時に外れてしまったのです。」
「そうか……。それでは、彼女に顔を見られてしまったな。」
ブレインの説明は歯切れが悪かったが、それでも彼の説明に納得すると、王太子はこの場にいる第三者であるアイリスに目をやった。

アイリスは今まで静かに側に立って、黙って彼らのやり取りを見守っていたのだが、急に王太子とパチリと目が合った事で一気に血の気が引いて、慌てて頭を下げたのだった。

「いいえ、私は何も見ておりませんし、見たとしても一晩寝たら綺麗さっぱり忘れます!」
アイリスは必死に自己弁護をしながら頭を下げ続けて、自分は何も見ていないし何も知らないと、繰り返した。自己保身にはこれしか無いのだ。

そして頭を下げ続けていると、不意に誰かがポンッとアイリスの肩に触れたので、彼女はゆっくりと顔を上げるとそこにはブレインが立っていたのだった。

「今までの事は他言無用です。分かっていますね?」
仮面でどんな表情でそう言ったのかは分からないが、その低く落ち着いた声のトーンからは何とも言えない圧を感じられて、アイリスは黙ったまま、コクコクと頷いて、自分は絶対に他言しない事をアピールした。
少し涙目だったかもしれない。

そんなアイリスの怯えた様子に、彼女が自分の正体に驚いて萎縮しているのだと勘違いをしたマスターはブレインを退かせると、自身で優しくアイリスに話しかけたのだった。

「アイリス嬢、すまない、突然の事でビックリしただろう?」
「え…えぇ、まぁ……」
「私は急に眠ってしまうという奇妙な呪いをかけられていたのだが、どうやらこの森の魔力のお陰でその呪いは解けたみたいだ。ここまで案内してくれて有難う。」
「あっ、いえ……えっと……」

どう答えていいのか、呪いが解けたのは森の魔力ではなくアイリスがした口付けがきっかけだったかも知れない事を言わなくていいのか、アイリスは困ったようにチラリとブレインの方を盗み見ると、彼はフルフルと首を横に振っている。
余計な事は言うなということだ。

「お、お役に立てたのなら光栄です……」
アイリスはブレインの意を汲んで、何も言わずに深々と頭を下げた。

麗しの王太子殿下に口付けをしたなどと本人に知られては、不敬罪を言い渡されてしまうかもしれないと、内心怯えながらその事実は伏せる事にしたのだった。

(あれは口付けではなく、ちょっと唇が触れただけで人助けの為の行為だったのよ。そうよ、口付けなどでは断じて無いわ……)

そして、自己保身の為にアイリスは自分のファーストキスを無かったことにしようと、一人頭を下げながら心の中で必死に言い訳を続けていた。


「アイリス嬢、頭を上げて。そんなにかしこまらなくていいから。」
「は……はい……」

殿下に促され、アイリスはおずおずと顔を上げた。
目の前には端麗な彼の顔があって、この顔に口付けをしたのかと思うと、アイリスは急に恥ずかしくなり思わず目を伏せてしまったが、その行動も、アイリスが王太子に萎縮しているのだと彼に勘違いさせたのだった。

「あぁ、アイリス嬢。迷惑をかけたね。必要以上に貴女を怯えさせたくないんだ。私がここへ来た事は他言無用だけれども、貴女が忘れると言うならばそれを信じるし、こちらとて特に何もしないよ。」
「はい、忘れます!直ぐに忘れます!!あっ……でも……」
アイリスはハッとしてチラリとブレインの方を見た。
「私は何も覚えておりませんが、寄付のお話だけは忘れないでくださいね。」
こちらが綺麗さっぱり忘れたとしても、そちらには忘れてもらっては困るのだった。

「寄付?ルカス、なんの話しだ?」
「……今回の件の口止め料として、サーフェス領へ寄付をする事になったんです。」
「あぁ、成程。……わかった。王城に戻ったら早速手配しよう。」
「お心遣い感謝いたします。」

アイリスがそう言って王太子殿下に向かって恭しく礼をすると、殿下は「それくらい当然だ」と、微笑みながら答えたのだった。

(王太子殿下が話のわかる人で良かったわ。)
彼から、色良い返事をもらえたことでアイリスはホッと胸を撫で下ろした。

貴族社会の間でも口約束は反故されてしまう事は多かったのだが、殿下は自分が知らぬところで部下が勝手か決めた約束をちゃんと守ってくれると仰ったのだ。

この短いやり取りで、アイリスは彼に王族の風格と、部下を信頼する心と、目下の者への優しさを感じとったのだった。

我が国の王太子殿下は、器が大きくて噂通りよく出来た人らしい。比べるのもおこがましいが、オーレーン男爵のドラ息子とは真逆のような人だなと思ってしまった。



「では、私達はそろそろ帰るとするよ。今すぐ帰れば夜には王城につけるだろうし。アイリス嬢、案内有難う。本当に色々と迷惑をかけたね。」
「いえ、とんでもございません。」

月の花が今すぐに咲かない事が分かり、殿下も眠りから覚めたので、森での用が無くなった三人は帰城の準備を始めていた。

殿下は仮面を付け直してアイリスに向き合うと、彼女に労いと謝罪の言葉をかけて、それから、別れの挨拶を口にしたのだった。

「こんな慌ただしいお忍びの訪問では無くて、もっとゆっくり、堂々とサーフェス領を見て回りたかったが、残念だが時間がない。ここは綺麗な森だね、改めて訪れるとしよう。その時は、また案内をお願いするよ。」

この彼の言葉に、アイリスは驚いて少し目を丸くした。日差しもあまり入らない薄暗く鬱蒼としたこの森を、綺麗と称したのだ。それが例えお世辞であったとしても、アイリスは嬉しかった。毎日手をかけて大切にしていたこの森が褒められたのだから。

「まぁ。何もない古い森ですが、美しいと言って貰えて光栄ですわ。いつでもお待ちしております。」

そう言ってアイリスは自然と笑みが溢れた。王太子殿下とその取り巻きには、早くこの場を去って欲しいという気持ちでいっぱいであったが、この森を美しいと言ってくれた殿下に、ゆっくりと森を見て欲しいと言う気持ちにも嘘偽りはなかったのだ。

(まぁ、でももうお会いすることもきっとないでしょうけどね……)


こうしてアイリスは森の外まで王太子一行を笑顔で見送ると、彼らは、挨拶もそこそこに嵐のように慌ただしく去っていったのだった。
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