<呪街戦記シリーズ>【SPELL CURSE】

2XXX年、呪いにより変貌した東海道。特に名古屋は〈呪街都市〉と化し、妖と化した人々や呪われた住民が跋扈する犯罪都市と化した。そんな中で探偵業を営む柩 颯一郎は、自身も呪いを背負いながら、厄介な依頼に巻き込まれていく。彼の「言霊遣い」の呪いが、時に事件を解決し、時に新たな厄介事を引き寄せる。物語は、個別の事件解決を通して、呪街都市の深層と、東海道を覆う呪いの根源に迫っていく。
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