あの時の答えあわせを

江藤 香琳

文字の大きさ
7 / 19
2章

その知らせは突然に

しおりを挟む
深夜23時。

夜が深まってもなお、ニューヨークの街の喧騒がかすかに聴こえてくる。

ラースは、寝室のダークグリーンのカーテンを開けて星空を眺めようと目を凝らすが、高層ビルの人工的な光に遮られ、星空ははっきりと見えない。

外の空気を吸いたくなって、紺のガウンのまま客室のバルコニーに出て、目をつぶり、ゆっくりと深呼吸する。

(この空気、この街並みが、なんだか好きだ)

ここは、マンハッタンのミッドタウンの中心部、5番街イースト59thストリートに面する高級コンドミニアムホテル。

ラースは次回作の思索に耽るため、4週間の滞在場所にこのホテルを選んでいた。

ここは、ニューヨーク近代美術館やメトロポリタン美術館、セントラルパークにも歩いていける場所にあり、滞在先で暮らすように過ごせる気兼ねなさが気に入っているのだ。

今日は手づくりの夕食を済ませ、シャワーを浴びて後は寝るだけなのだが、気持ちが昂ぶってすんなり眠れそうにない。

(このとても寒い日に、軽装で外に出るんじゃなかった。バカだな。はやく部屋に入ろう)

2月のニューヨークは氷点下になる日が多く、まだまだ春の兆しはみえない。

ラースは、極寒のバルコニーから足早に寝室に戻る。いつもならしないような行動を、今日はとってしまう。だけど、それもしょうがない。

ふと、時計を見上げ、日本に想いを馳せる。

日本時間は、今何時だ?

(もうすぐ、郁に知らせが入るはず。ふふっ、会ったときどんな顔するかな、楽しみだな)


なぜならー



日本時間13時45分。東京。

「えっ、俺が、ラース•ニールセン企画展の主担当になるんですか!?  高瀬さんの担当案件でしたよね?  どうして!」

今のところ人生史上最大の驚きに、郁は思わず前のめりになる。

「伊原、顔近いって。逆に俺がびっくりしただろ。まぁ、座って聞いてくれ」

高瀬の言葉で、郁はヘナヘナと椅子に座りなおす。

「どうしてもなにも。先方がそれをお望みだからさ。仲畑課長の許可は取ってあるし、俺がサブにつくから心配すんな」

「いらいやいや、そーいうことではなくてですね……」

「なにが心配なんだ? 経験を積めるまたとないチャンスじゃないか」

「ぜひ、やりたいです。ただ、先方はなぜ俺を知っていたんでしょう?  俺はラース•ニールセンさんと接点はありません」

「んー、彼いわく、日本に留学していたときの知人がここにいると聞いて、それが伊原だから主担当にしてほしいとな。その代わり、最高の企画展になるのは保証すると言ってたぞ。来期の目玉アーティストにそこまで言われちゃーな。本当のところは、本人に聞いてみろ」

「お、おれ、学生時代の記憶は何もありません……」

高瀬にウソをついてしまったがために、なんだかやましい気持ちで小声になってしまった。

「伊原が忘れているだけで、彼はお前のことを知っていたんだから、少しは接点があったんじゃないか?  何がともあれ、引き受けてくれてありがとな。んじゃ、この件の今後の流れは別途レクチャーするから、この話はひとまず終わりにして、打ち合わせの本題に入るぞ」

「はい……」



その後の打ち合わせは、全く集中できなかった。資料に目を通しても、読み込めずにちんぷんかんぷんだった。

それもそのはず、ラース•ニールセンというワードで、すべてが吹っ飛んだのだから。



帰路につく時間帯になると、空はすでに暮色に包まれていた。

郁は、商店街で買った今晩の惣菜の入ったビニール袋をぶら下げて歩きながら、物思いに耽っていた。

(8年ぶりか…もう会うこともないと思っていたのに。ラースの帰国前、気まずい別れ方をしたのに、なんでまた俺なの?)

またとない大抜擢は、普通なら大喜びしていただろうが、高瀬の説明も腑に落ちない。

(どうして? なにを考えてるの?何をしたいの、ねぇ、ラース!)

今日でこの情報量なら、明日はどんな日になるのだろう。これからを思うと、心がかき乱される。

(早く帰って、今日はゆっくりしたい)

郁はそれだけを考えて、家路を急いだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

《完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む

木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。 その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。 燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。 眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。 それが妹の名だと知っても、離れられなかった。 「殿下が幸せなら、それでいい」 そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。 赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎月影 / 木風 雪乃

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

数百年ぶりに目覚めた魔術師は年下ワンコ騎士の愛から逃れられない

桃瀬さら
BL
誰かに呼ばれた気がしたーー  数百年ぶりに目覚めた魔法使いイシス。 目の前にいたのは、涙で顔を濡らす美しすぎる年下騎士シリウス。 彼は何年も前からイシスを探していたらしい。 魔法が廃れた時代、居場所を失ったイシスにシリウスは一緒に暮らそうと持ちかけるが……。 迷惑をかけたくないイシスと離したくないシリウスの攻防戦。 年上魔術師×年下騎士

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

処理中です...