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第二十四話
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「私を笑いに来たの? エミリア・ネルシュタイン……」
ギロリと私を睨むのは、私の元ご主人様。先日までクラリス・マーティラスはその美貌と気高さで世間から羨望を集めた聖女であったが、既にその面影はなくなっていました。
目の前にいるのは痩せてみすぼらしい女性――。
メーリンガム王国に戻って一年後……。私はメリッサに頼み込まれて再び故郷に戻りました。
何でもクラリスがもう結界を張ることが出来なくなってしまったのだそうです。どんなに脅しても、何をしても彼女は結界術が使えないの一点張りで、メリッサもお手上げなのだとか……。
今まで出来ていた結界術が急に出来なくなるですか……。彼女は何を目論んでそんな事を――。
「笑いませんよ。あなたがどんなに落ちぶれても、私は私なりにあなたに敬意を持ってますから」
「……あ、そう。良いことを教えてあげるわ。私は反省してないの。あんたを罠に嵌めたことも、何もかも。だってそうでしょう? 生まれながらの聖女だった私が下賎なメイドに何したって咎められる世の中が間違えてるんだから」
思ったとおり、クラリスは一年経っても変わっていませんでした。メリッサの手紙にはしおらしくなったと書かれていましたが、私に対する態度は別のようです。
隷属魔法をかけられても、こんな目をされるのですから、彼女のプライドの高さは相当でしょう。
「クラリスさんのそういう所は美点でもありますね。そのプライドを仕事にも持って欲しかったです」
「っさいわね。隷属魔法をかけたからって調子に乗るんじゃないわよ。ムカつくなら、殺してみなさい。この国の聖女は私だけなんだから」
なるほど、自分以外に聖女がいないのだから、私に彼女は殺せないと……。そういうことですか……。
クラリスらしい考えです。少しでも優位に立ちたいみたいですね。
それでは、結界術が使えないというのは――。
「さぁ、どうでしょうね。何故か最近、調子悪くて困ってるのよ」
「あなたを殺すつもりがあるかどうか試したのでしょう? 困ったメリッサさんたちが私を呼ぶまで計算済で……」
そう、クラリスは取引しようとしています。
強靭な自尊心で精神を回復させた彼女は折れない心でここから逆転しようとしているのです。
結界を張る代わりに自由を求めようとしてるのかもしれません。
「とりあえず、生意気な隷属魔法を外しなさい。そして、この監獄から出すように説得してくるの」
はぁ、この人は本当に我儘です。我を通すことに命がけで……。
まぁ、全部知ってましたけど――。クラリスが何を考えてるのかなんて。
「クラリスさん、あなたマーティラス家から勘当されたみたいですね」
「だからどうしたってのよ。あんたには関係ないでしょ?」
「それが大アリなんですよ。マーティラス公爵のところに養子に来ないかと誘われまして」
「はぁ……?」
愕然とした表情のクラリス。そりゃあそうです。自分のアイデンティティが私にそっくり奪われるのですから。
プライドの高い彼女にはこれ以上ない屈辱でしょう。
「私がマーティラス家の人間になれば、あなたは要らなくなる。メーリンガムはノエルさんという巫女が私の結界術を引き継いでますから、安泰ですし。やはり、故郷に戻るのも悪くないと考えを改めようと思ったりして……」
「じゃ、じゃあ、わ、わ、私はもうお払い箱ってこと?」
一瞬で顔色が悪くしたクラリスは泣きそうな声を出します。
どうやら、思った以上に効果はあったみたいですね……。
「そうです。もうクラリスさんは結界が張れないなら必要がないとみなされています。あなたを殺してしまうのは非常に気が引けますが……。これも私の責任です……」
「や、止めて~~! け、け、結界なら張れるから! 私が悪かったから――!」
◆ ◆ ◆
「それは大変でしたね。それで、クラリスさんはその後……?」
「ええ。真面目に働いているみたいですよ。私がマーティラス家に入ることが余程嫌みたいですね」
クラリスはあれから素直にメリッサたちの言うことを聞くようになりました。
私の脅しがショックだったからでしょう。
「それで、エミリアさんは本当にマーティラス家に?」
「行くわけありません。そういう話があったのは事実ですが、興味はありませんでしたから」
というわけで、私は相変わらずメーリンガム王国で巫女として暮らしています。
今さら故郷に戻るなんて考えていません。
こちらに来て色々とありましたが、私は今――幸せです。
ギロリと私を睨むのは、私の元ご主人様。先日までクラリス・マーティラスはその美貌と気高さで世間から羨望を集めた聖女であったが、既にその面影はなくなっていました。
目の前にいるのは痩せてみすぼらしい女性――。
メーリンガム王国に戻って一年後……。私はメリッサに頼み込まれて再び故郷に戻りました。
何でもクラリスがもう結界を張ることが出来なくなってしまったのだそうです。どんなに脅しても、何をしても彼女は結界術が使えないの一点張りで、メリッサもお手上げなのだとか……。
今まで出来ていた結界術が急に出来なくなるですか……。彼女は何を目論んでそんな事を――。
「笑いませんよ。あなたがどんなに落ちぶれても、私は私なりにあなたに敬意を持ってますから」
「……あ、そう。良いことを教えてあげるわ。私は反省してないの。あんたを罠に嵌めたことも、何もかも。だってそうでしょう? 生まれながらの聖女だった私が下賎なメイドに何したって咎められる世の中が間違えてるんだから」
思ったとおり、クラリスは一年経っても変わっていませんでした。メリッサの手紙にはしおらしくなったと書かれていましたが、私に対する態度は別のようです。
隷属魔法をかけられても、こんな目をされるのですから、彼女のプライドの高さは相当でしょう。
「クラリスさんのそういう所は美点でもありますね。そのプライドを仕事にも持って欲しかったです」
「っさいわね。隷属魔法をかけたからって調子に乗るんじゃないわよ。ムカつくなら、殺してみなさい。この国の聖女は私だけなんだから」
なるほど、自分以外に聖女がいないのだから、私に彼女は殺せないと……。そういうことですか……。
クラリスらしい考えです。少しでも優位に立ちたいみたいですね。
それでは、結界術が使えないというのは――。
「さぁ、どうでしょうね。何故か最近、調子悪くて困ってるのよ」
「あなたを殺すつもりがあるかどうか試したのでしょう? 困ったメリッサさんたちが私を呼ぶまで計算済で……」
そう、クラリスは取引しようとしています。
強靭な自尊心で精神を回復させた彼女は折れない心でここから逆転しようとしているのです。
結界を張る代わりに自由を求めようとしてるのかもしれません。
「とりあえず、生意気な隷属魔法を外しなさい。そして、この監獄から出すように説得してくるの」
はぁ、この人は本当に我儘です。我を通すことに命がけで……。
まぁ、全部知ってましたけど――。クラリスが何を考えてるのかなんて。
「クラリスさん、あなたマーティラス家から勘当されたみたいですね」
「だからどうしたってのよ。あんたには関係ないでしょ?」
「それが大アリなんですよ。マーティラス公爵のところに養子に来ないかと誘われまして」
「はぁ……?」
愕然とした表情のクラリス。そりゃあそうです。自分のアイデンティティが私にそっくり奪われるのですから。
プライドの高い彼女にはこれ以上ない屈辱でしょう。
「私がマーティラス家の人間になれば、あなたは要らなくなる。メーリンガムはノエルさんという巫女が私の結界術を引き継いでますから、安泰ですし。やはり、故郷に戻るのも悪くないと考えを改めようと思ったりして……」
「じゃ、じゃあ、わ、わ、私はもうお払い箱ってこと?」
一瞬で顔色が悪くしたクラリスは泣きそうな声を出します。
どうやら、思った以上に効果はあったみたいですね……。
「そうです。もうクラリスさんは結界が張れないなら必要がないとみなされています。あなたを殺してしまうのは非常に気が引けますが……。これも私の責任です……」
「や、止めて~~! け、け、結界なら張れるから! 私が悪かったから――!」
◆ ◆ ◆
「それは大変でしたね。それで、クラリスさんはその後……?」
「ええ。真面目に働いているみたいですよ。私がマーティラス家に入ることが余程嫌みたいですね」
クラリスはあれから素直にメリッサたちの言うことを聞くようになりました。
私の脅しがショックだったからでしょう。
「それで、エミリアさんは本当にマーティラス家に?」
「行くわけありません。そういう話があったのは事実ですが、興味はありませんでしたから」
というわけで、私は相変わらずメーリンガム王国で巫女として暮らしています。
今さら故郷に戻るなんて考えていません。
こちらに来て色々とありましたが、私は今――幸せです。
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