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指導パート2 〜その1〜

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 翌日、俺は黒サロンを巻いて再びコンシェルジュの店内に立っていた。

「えー、今日はもう一度白峰にお声がけを頑張ってもらいたいと思います」

「……」

 目の前にいる人物からの反応はない。
 あれおかしいな、俺ってもしかしてマネキン相手に喋ってる?

 ここは服屋じゃないはずなんだけどなー、なんて一瞬現実逃避しかけてしまうも、憂鬱とはいえ白峰のことはどうにかしないといけないので俺は意識を再び正気へと戻す。

「白峰、苦手なのはわかる。わかるけどここで働く以上は接客は避けて通れない道なんだぞ」

「……わかってるわよ」

 渋々といった具合に返事を返す白峰。俺はそんな彼女の態度を見て「はあ」と息を漏らした。
そこまで人と関わるのが嫌いなくせに白峰がどうしてここでバイトをしようと思ったのかがやはりまったくわからない。まったくわからないけど……。

 でもそれは俺の理解が足りてないからか。

 ふと頭の中に昨日の親父の言葉がよぎり、俺は言い出しかけた言葉をぐっと飲み込んだ。
 ここでいつものようにあーだこーだと接客について指導してしまったら、きっと親父にまた笑われてしまうことだろう。
 そう思った俺は小さく息を吸い込むと、目の前にいる相手のことを理解しようと唇を開く。

「そういや、白峰ってどうしてここで働こうと思ったんだ?」

 いつもとは違う話題を口にした為か、白峰が少し意外そうな表情を浮かべる。

「……別に理由なんてないわよ」

 素っ気ない口調でそう言い返してきた後、白峰は「どうせ家にいてもやることがなかったから」とそんな言葉を付け足した。
 けれどもその少し伏せたまつ毛と逸らした視線から、そこに何か理由があることは何となくだけど直感的にわかった。

 ここは相手のことを理解する為にもう一歩踏み込んでみるべきかどうか……。

 俺がそんなことを悩んでいると、今度はカランカランと鈴の音が鳴ってガラス扉が開く。

「こんにちは」

 木漏れ日のような柔らかな声音と共にお店にやってきてくれたのは、常連の安藤さんだった。
 俺はすぐさま「いらっしゃいませ」と笑顔で挨拶を返すと、安藤さんがニコリと微笑んだ後きょろきょろと辺りを見回す。

「もしかして茜ちゃんは今日お休みかな?」

「はい、学校の用事があるみたいで」

 安藤さんからの質問に、俺は咄嗟にそう答えた。
 実際のところアイツは小テストの結果が悪かったらしく補習を受けているらしいのだが、そんな恥ずかしいことを素直に言ったら後でめちゃくちゃ怒られるだろうからここでは言わないでおこう。

 茜よ、俺に感謝しろよ。なんてことを思っていたら、「ちょっと色々と見せてもらうね」と言って安藤さんは店内をゆっくりと歩き始めた。

 安藤さん、今日も素敵だなぁ。

 モスグリーンのワンピースを上品に着こなして優雅に店内を歩く歳上の女性を眺めながら、ついそんなことを思ってしまう。
 いつも周りにいる女の子たちがトゲトゲしくてうるさい子が多いせいか、やはり落ち着きと包容力がある女性は魅力的だと思います、はい。

 出来ることならこのまま俺が話しかけて安藤さんとさらにお近づきになりたいところではあるのだが、これは白峰の接客スキルを鍛える良いチャンスだとピンと気づいた。

「よし、今度は白峰が安藤さんに声を掛けてみるか」

「え?」

 どうやら自分は話しかけなくても良いと思っていたのか、俺の背後で気配を消していた白峰が驚いたような声を漏らす。

「そんなに驚くことないだろ。べつに俺が話したからって白峰が話しかけたらいけない決まりなんてないんだし」

 俺はそう言うと白峰の瞳を真っ直ぐに見つめる。昨日みたいに初めてこのお店にきたお客さんに声を掛けるよりも、常連さんに声を掛けるほうが心理的ハードルはずっと低くなる。それに相手が安藤さんなら、白峰が多少愛想が悪くても優しく受け入れてくれるだろう。

 これはナイスな作戦だなとニヤリと笑みを浮かべると、「白峰」と俺は再び声をかけた。

「自分がどんな風に話しかけられたら心地良いかイメージして、あとは笑顔でいれば大丈夫だ」

「……」

 俺の言葉を聞いて何を思ったのか、白峰は無言のままこちらを見つめ返してきた後、今度は諦めるように小さくため息をついた。
 そして雑貨の棚を眺めている安藤さんの方へと近づいていくと、その唇を静かに開いた。
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